軍師としての力
森の中を進撃していたリーアン王国の兵士たちは、動揺が隠せないでいた。
ミグラテール王国は、数の不利を補うために主戦場を森の中にした。そう思っていたのにも拘わらず、森の中には一人の兵士はおろか、斥候の一人も発見できなかったのだ。
「おい、このままじゃ森を抜けちまうぞ」
「連中、そうなったら勝てるとでも思っているのか?」
「まあ、待て。もしかしたら何処かに罠があったり、物陰に敵が潜伏しているやもしれん。決して気は抜くなよ」
兵士たちが騒ぎ出すと、その度に部隊長が気を引き締め直し、慎重に、油断することなく進撃を続けた。
だが、どれだけ注意を払っても、聞こえるのは木々の葉が擦れる音ばかりで、人影は疎か、野生動物の姿すら碌に見つけられず、一行はとうとう森の出口が見えるところまでやって来た。
「……あれは?」
そこまでやって来たところで、兵士たちはようやく戦うべき相手の姿を見ることになるのであった。
ミグラテール王国の兵士たちは、広大な森を前に横に広く展開していた。
一番前には長い槍と盾を構えた重装歩兵が三列の厚みを持って固め、リーアン王国の兵士たちが来るのを待ち構える。
その後ろでは、丘の上に陣取った弓兵が自分たちの弓の調子を確かめながら、緊張した面持ちで待機していた。
「……来たみたいだね」
ユリウスからの報告により、どれぐらいで相手が来るのかを知っていたが、改めて敵を目視したファルコは、緊張で息を飲む。
ここから先は、純粋な命のやり取り。実戦経験がないわけではないが、こうして軍と軍がぶつかるような大規模な戦いを指揮するのは、ファルコにとって生まれて初めてだった。
だが、ここで狼狽えるような愚を再び犯すようなことはしない。
森の中から次々と現れる敵国の兵士たちを睨みながら、ファルコは大きく息を吸って大声で命令を飛ばす。
「総員、迎撃準備!」
その言葉に、重装歩兵たちが一斉に手にした槍を掲げ、弓兵は弓に矢を番えて敵が来るのを待ち構える。
鼓舞するように大声を上げ、勢いよく突撃してくる敵兵の迫力に、ファルコは思わず隣に立つユリウスに目をやる。
「……ユリウス」
「まだだ、もっと敵を惹きつけるんだ」
一方、ユリウスは紋章兵器を行使しして戦場を全体を見渡しながらタイミングを計っていた。
そして、敵兵の先頭が重装歩兵の数メートル手前まで来たところで、
「ファルコ!」
「わかった。弓兵、放て!!」
ユリウスからの指示を受けて、すかさずファルコが弓兵へと指示を飛ばす。
ファルコの声が聞こえると同時に、弓兵が一斉に指示された位置に向かって弓を射る。
放たれた矢は、今にも接敵しそうな最前列の敵……ではなく、その後方、森から出てきた歩兵に向かって降り注ぐ。
暗く、長い森をようやく抜けた途端、容赦なく降り注ぐ矢の雨に、数多くのリーアン王国の兵士たちが倒れていく。
それと同時に、敵兵の第一波が重装歩兵と衝突する。
リーアン王国の兵士たちの攻撃の殆どは、重装歩兵が持つ大盾に阻まれ、後ろに控えていた別の重装歩兵の槍に貫かれて倒れていく。
だが、それはリーアン王国側も想定していること。第一波が跳ね返されようとも、第二波、第三波と続けざまに行うことで、強固な防御に少しずつ穴を開けていくはずだった。
しかし、その第二波の攻撃は、ブレットを中心とした弓兵の矢によって甚大な被害を被っており、間髪入れずの攻撃を仕掛けることができない。
その間に、重装歩兵たちは敵の死体を捨て、怪我をした者、武具に不具合が出た者を下がらせ、その穴をすぐさま埋めて態勢を整える。
続いてやって来た第三波の攻撃に対しても、完璧な連携をみせて防ぎ、第四波は弓の攻撃で削り取る。
途中、リーアン王国側から弓兵による攻撃が仕掛けられるが、丘の上にいる弓兵たちまでは届かず、丘の下にいる重装歩兵は待機している仲間たちが体を張って矢を防ぎ、防衛に専念できるようにしていた。
「ブレット、四時の方向、森の中に向かって一斉掃射。第五と第六だけでいい」
「わかった。任せて!」
ユリウスの指示に、ブレットは弓兵の部隊の一部に指示を出して矢を放つ。
矢の雨は森に吸い込まれるだけで、どれだけの戦果を上げたのかわからないが、敵からの矢がパタリと止んだので、戦果は上々の様だった。
「ハハッ、凄いよ。ユリウス」
ユリウスの指示に従って矢を放つだけで、面白いように敵が減っていくことに、ブレットはここが戦場であることも忘れて快活に笑う。
事実、相手には甚大な被害を与えているにも拘らず、こちらの被害は微々たるもので、死者に至っては相手の一パーセント以下といっても過言ではなかった。
これは、アイディールアイズの右目の空から見下ろす力によって、相手の位置が手に取るようにわかるというのもに、左目の脅威を見る力で弓矢の攻撃個所を的確に指示で斬ることが大きかった。
さらに、森の前に陣取ったことで、重装歩兵の脅威となる騎馬兵はおらず、必然的に歩兵同士の争いになったことも大きかった。
相手が撃てる手を限定させ、こちらは最大限の効果が期待出来る対処法を用いる。簡単だが、実現させることはかなり難しいことをユリウスはいとも簡単にやってみせたのだった。
「見ろ。敵が逃げていくぞ!」
すると、全く戦果が上がらないことにこれ以上の戦闘は無駄だと判断したのか、リーアン王国側が撤退をはじめる。
それを見たユリウスは、ファルコと目を合わせると大きく頷く。
「行くぞ。徹底的に奴等を叩く」
「わ、わかった。しかし、負傷者はどうするんだ? 見方は勿論、敵にもまだ生きている奴がいるだろう」
「それについては問題ない」
ユリウスは顎で後方を示しながら唇の端を吊り上げる。
「負傷者は、我等が聖女様が適切に処置してくださるさ」
「……ああ、そういやそうだったな」
ユリウスの言葉の意味を察したファルコが思わず苦笑する。
負傷者の処置。そのためにプリマヴェーラを連れてきたのであり、彼女が望んだことでもあった。
「わかった。それじゃあ急いで追撃に出るとしよう」
ファルコはしかと頷くと、部下たちに指示を出すために去っていく。
プリマヴェーラが作業しやすいように、ここから一刻も早く立ち去らなければならない。
残された者が、どのような末路を辿るかは考えたくはなかった。




