世界を見る瞳
「これが、我がインスレクト家が覇王から譲り受けた紋章兵器だ」
「…………なんだこりゃ」
箱を受け取った頭目は、思ったより小さな箱に怪訝な表情を浮かべ、箱の中身を見ていよいよ訳が分からないと首を捻る。
箱から出てきたのは、これといった光源がないにも拘らず青白い光を放つ小さな球体だった。もう一つの箱を空けると、そこには赤く光る同じサイズの球体があった。
頭目はそのうちの一つ、青白く光る球体を指でおそるおそる突きながらユリウスに尋ねる。
「おい、こりゃ一体なんだ。本当にこんなのが一騎当千といわれる紋章兵器なのか?」
「ああ、それはアイディールアイズ。『世界を見る瞳』と呼ばれる正真正銘、本物の紋章兵器だよ。自身の眼と入れ替えることで力を発揮する我がインスレクト家が覇王の軍師として異例の出世を果たせた要因となった代物だ」
「自身の眼と……」
「入れ替えるだって!?」
ユリウスの説明を聞いた山賊たちがにわかに騒ぎ出す。
彼等の目論見では、ユリウスから紋章兵器を奪いさえすれば、それを使えばどうにかして山賊から上の立場へと成り上がれると考えていたようだった。
それが、誰かの目を犠牲にしなければならないとわかった途端、誰もが自分が犠牲になるのを嫌い、誰が紋章兵器を身につけるかで口論に発展し出す始末だった。
山賊たちの喧々囂々といった叫び声を聞きながら、ユリウスは頃合いだなと思い、頭目へと話しかける。
「ふぅ、君たちに自分の目を犠牲にする覚悟なんてないだろう? だからそれは、僕が付けるよ」
「あん、何言ってんだ。都合のいいこと言って、俺たちをたぶらかすつもりだろう」
「心配しなくてもその紋章兵器は、ただ、世界がよく見えるようになるだけだ。君たちの誰かがつけたところで、うまく使いこなせるとは思えないんだけどね」
「このガキ、言わせておけば……」
ユリウスの挑発的な物言いに、頭目は額に青筋を立てるが、
「…………チッ、だがお前の言うことももっともだな」
すぐに冷静さを取り戻すと、手にしていた紋章兵器をユリウスに差し出す。
「ほらよ、そんなに言うならお前がそれを身につけろ。ただし、それを身につけた以上、俺たちの言うことには全て従ってもらうぞ。もし、怪しい動きをしようものなら……」
「きゃっ!?」
頭目が手を上げると、男たちがあっという間にヴィオラを組み伏せ、首筋に刃の欠けたシミターを突き付ける。
「ヴィオラ! おい、何をするんだ」
「保険だよ、保険。もし、お前が妙な真似をしたらこの女を殺す。その後でお前を殺して紋章兵器を奪ってやるから覚悟するんだな」
「…………わかったよ」
ユリウスは大きく嘆息してその場に膝を付くと、二つの紋章兵器、アイディールアイズを目の前に置く。
どの道逃げ道なんてないのだ。ここで紋章兵器を身につける以外に生きる術がないのならば、どんな試練だって乗り越えてみせる。
ユリウスがちらりとヴィオラを見やると、彼女は目に涙を一杯浮かべながらも、決して目を逸らさずに自分を見てくれていた。
(ヴィオラ、今後は僕が守る番だからね)
心の中でそう呟いたユリウスは、大きく深呼吸を一つすると、自分の目へと手を伸ばす。
「…………」
だが、その手が目を貫くことはなかった。
紋章兵器を付けなければ殺されてしまうとわかっていても、すんでのところで恐怖が体を強張らせ、手を動かすことができなかった。
自分の目を抉り出すという行為がどれだけ異常なことかを考えれば、ユリウスの反応は当然だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
怖い、逃げ出したい。だが、それでもやらなければならない。そんな決意と恐怖が入り交じった感情に押し流され、ユリウスの目から涙が溢れ出す。
「もういいです。おやめください殿下!」
恐怖で真っ青になっているユリウスを見兼ねてヴィオラが悲鳴にも似た叫び声を上げるが、
「うるせぇ! 邪魔するんじゃねぇよ!」
「あぐっ!?」
男の一人に顔を、さらには腹を殴られて黙らされる。
「ヴィオラ!?」
「おっと、動くなよ。お前はさっさとそれを付けるんだ。俺たちはそんなに気が長い方じゃない。あんまり遅いとうっかりこの姉ちゃんを殺しちまうかもな」
「わ、わかった。わかったからヴィオラには手を出すな!」
ユリウスは焦ったように叫ぶと、震える右手をどうにか左手で補佐しながら、自分の右目へと持って行く。
「はぁ……はぁ…………はぁ……」
(やるんだ。僕がヴィオラを守るんだ)
生き残るためにも、自分の国を襲った連中に、今ここで自分たちを取り囲んでいる薄汚い山賊たちに復讐するためにも、紋章兵器の力は必要なんだ。
ユリウスは今日死んでしまった大切な家族、両親、バドとペトル、仲良くしてくれた城の人々、そして姉のイデアの姿を思い出し、それらを奪った憎い奴等を必ず殺すと誓いを立てると、
「わあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
叫び声を上げながら自分の右目に指を突き立てた。




