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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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異変

 ――翌日、路地裏でユリウスと邂逅し、プリマヴェーラの傍付きとして世話をしていた少女は、陽も暮れてパロマの街に静寂が訪れた頃を見計らうと、黒ずくめの格好をして仲間たちがいる地かの処刑場を目指していた。


「……あれ?」


 地下への入口が見えるところまでやって来たところで、何やらいつもと雰囲気が違うことに、少女はすっぽり被った頭巾の下で眉を顰める。

 まるで入口を隠すように積まれたいくつもの木箱を避けながら進むと、中から同じように黒ずくめの格好をした仲間が荷物を持って現れたので、何があったのかを聞いてみる。


「あ、あの……何かあったのですか?」

「実はこの場所を捨てることになったんだ」

「ええっ!? どうしてですか?」

「昨日の夜、聖女様の付き添いできた女騎士に、この場所を知られてしまったんだ。中は見られなかったようだが、万が一を考えて移動することにしたんだよ」

「移動って……当てはあるのですか?」

「それはこれから……だろうな。それについても、後で聖女様からお話があるそうだ」

「そう……ですか」


 聖女様がお決めになったことなら、自分たちに意見を述べる権限はない。

 聞くところによると、聖女様は自分たちのために、わざわざ滞在日数を一日伸ばしてまで、危険を知らせてくれたという。

 そんな聖女様に感謝こそすれ、文句を言ったら罰が下るだろう。

 少女はそう結論付けると、自分も荷物の運び出しを手伝うと言って地下へと降りていった。



 パロマの街の地下にある処刑場は、プリマヴェーラの紋章兵器マグナ・スレストに生贄を与え、奇跡の力を復活させるために造られたもので、生贄を捕らえることに協力すると約束することの代わりに、街の発展に尽力してもらったのだった。


 当初、街の発展の為とはいえ、犯罪者、もしくはそれに近しい者を捕らえることに誰もが難色を示した。

 また、目の前でプリマヴェーラが捕らえた者を紋章兵器の贄とするのを見て、自分たちはとんでもない過ちを犯してしまったと思う者もいた。

 だが、生贄の代償によって助かった者たちの笑顔を見て一人、また一人と考えを改め、今ではここにいる全員がプリマヴェーラの考えに賛同していた。


 この街の町長の一人娘である少女もまた、プリマヴェーラの考えに賛同し、街を巡回しては不埒な行いをする者を見つけ、時には自らが囮になることで何人もの男たちを葬って来た。

 これまで、男たちを捕らえて処刑するところを誰かに見られたことはなかった。

 各々が注意深く行動し、完璧な連携を取ることで上手く本質から目を逸らさせ、隣人にすらその正体を悟らせることはなかった。だが、今回、今まで完璧に隠し通してきた秘密がたまたまやって来た余所者に露見しそうになり、移動することになってしまった。


「……本当、厄介なことになったな」


 一抱えもある木箱を運びながら、少女は昨日の夜、やって来たという女騎士の姿を想像して愚痴を零す。

 これが市井の者であったならば、口封じのための抹殺してしまえばいいのだが、生憎と相手は、プリマヴェーラの兄であるファルコに仕える騎士であった。

 下手に彼女に手を出したら、彼女の敵を討つためにそれこそ大勢の騎士がなだれ込んで来るだろう。

 そうなれば最悪の場合、この街そのものが地図上から消えてしまうかもしれない。もしかしたら、自分たちだけはプリマヴェーラが守ってくれるかもしれないが、再び生贄を用意するための処刑場を設けるには、膨大な時間がかかるだろう。

 面倒だが、ここは尻尾を巻いて逃げるのがが最善策。


「…………はぁ、仕方ないんだよね」


 それしか道がないのだと少女は割り切り、残る荷物を次々と運び出していった。



 全ての荷物を処刑場から運び出し終えると、地下へと続く通路と階段は、人一人がようやく通れるほどの幅しか残らなかった。

 木箱の中身は主に捕まえた犯罪者たちを拘束し、処刑するために使う道具や、死体を処理するための道具、そして、死体を運ぶ時に使う袋や棺桶等だった。

 積み上げられた荷物の山を見て満足そうに頷いた少女は、仲間たちと一緒に空となった処刑場に戻って一息つく。


「ふぅ……それで、聖女様はいつ来るのかしら?」

「こちらの作業が完了する頃にいらっしゃると仰っていたから、もうそろそろだと思う」

「そう……」


 仲間から報告を聞いた少女は、処刑場の奥にあるもう二つの扉を見やる。

 二つの扉の内の一つは、自分たちが使う街の外へと続く扉。死体となった犯罪者たちを捨てに行くために使うものだった。

 だが、こちらの扉は証拠隠滅のために既に潰してあり、街の外にてこの地下通路を発見しても、ここへと辿り着くことはできない。

 そしてもう一つは、プリマヴェーラが寝泊まりしている迎賓館へと続いている。

 こちらは、少女たち側からは開けることができない扉となっており、彼女たちが自由にプリマヴェーラを訪問することはできないようになっていた。


 だが、そんな些細なことを少女たちは気にも留めない。


 何故なら、自分たちこそが聖女様に仕える由緒正しい使徒であり、彼女の剣、盾となって命果てるまで付き従うことが至上命題であり、彼女のプライベートに関わるような恐れ多いことを望んでいるわけではないからであった。

 といっても、少女も黒ずくめの格好こそしているが年頃の女性。普通の女の子として、プリマヴェーラと食事をしたリ、買い物に出かけることに全く興味がないわけではない。

 だからいつか……この世から悪が滅びて、人々に真の幸せが訪れる日が来たら、勇気を出してプリマヴェーラを誘ってみようと密かに決意する。


 そんなまだ見ぬ夢想の世界に少女が浸っていると、


「な、なあ……なんか焦げ臭くないか?」


 仲間の一人がそんなことを言い出す。


「…………」


 その言葉に少女は室内を見渡してみるが、既にもぬけの殻となっている室内には、仲間が言うような異変は見られない。



 そう……室内に異変はなかった。



 だが、


「おい、煙だ! 扉から煙が入って来てる」

「おいおい、嘘だろ……」


 異変に気付いた仲間たちが次々と悲痛な叫び声を上げる中、少女もようやく異変の正体に気付く。

 扉の隙間から黒い煙が次々となだれ込んできて、室内を覆い尽くそうとしていたのだ。


「クソッ、一体何がどうなっているんだ!」


 すると、仲間の一人が扉へと張り付いて勢いよく扉を開ける。


「…………嘘」


 扉の外の光景を見た少女は、顔から一斉に血の気が引くのを自覚する。



 そこは既に、灼熱の地獄へと化していたのだ。

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