路地裏にて
ユリウスはセシルを伴って再び路地裏へとやって来た。
昼間来た時も十分不気味な場所ではあったが、夜の帳が降りた後では、心身を鍛えても尻込みしてしまうほどの言い知れない不気味さがあった。
そこかしこにある死角から何かが飛び出してくるのではないかという恐怖に、セシルは思わず前を行くユリウスの陰に隠れながら小さな声で呟く。
「さ、流石にこれは……ちょっと怖いと思わない?」
「さあな、僕は別に何とも思わないな」
以前、山賊に監禁されていた山小屋は窓の一つもなく、昼夜問わず真っ暗闇だった。蠟燭の僅かな明かりはあったが、それでも何も見えない状況で過ごした時間の方が圧倒的に長かったので、目を凝らせば何処に何があるのかわかるというのは恐怖を覚えるほどではなかった。
ユリウスは尻込みするセシルを無視して路地裏をどんどん進み、少女と初めて出会った場所へと辿り着く。
周りに誰もいないことを確認したユリウスは、周辺を注意深く観察する。
あの時は少女を助けなければという想いで周りをよく見なかったが、こうして改めてみると、狭い路地が続く中で、そこだけはちょっとした広場のようになっていた。
そして、あちこちに置かれた木箱。ちょっと押してみると、簡単に動かせることから中身は空だということがわかる。
「ふむ……」
それらを確認したユリウスは、ある結論に至る。
この空間は意図して作られたものだ、と。
どうしてこのような場所が造られたかの結論を出すのは早計かもしれないが、何となく全貌は見えてきたような気がしてきた。
「となると次は……あそこだな」
ユリウスは小さく呟くと、次の目的地に向けて歩き出す。
次にやって来たのは、紋章兵器の反応から男たちが消えたところだ。
そこは一見すると何の変哲もない狭い路地に過ぎないが、人より夜目が効くユリウスは、地面の違和感に気付き、その場にしゃがみ込む。
「……どうしたの、何かあったの?」
遅れてやって来たセシルが、地面を丹念に調べているユリウスに気付き、自信も隣にしゃがみ込んで地面を見る。
「――っ、これって血?」
「おそらくな」
よく見なければわからないが、ユリウスがなぞる指の先には二つの小さな血だまりがあり、ここで何者かが襲われたという明確な証拠が残っていた。
「どうしてこんなところに血が……」
「その答えはそこにありそうだな」
セシルの疑問に、ユリウスは自分の左右の壁を指差す。
そこには、建物の構造の関係で出来たと思われる隙間があった。
だが、ユリウスが言った意味が理解できないのか、セシルは頭に疑問符を浮かべながら尋ねる。
「この隙間が何なの? 言われてみれば不自然な場所にあるような気もするけど、これと血と何の関係あるの」
「単純な話だ。この隙間に潜めば、ここを通る人間に不意を討てるということだ」
「そりゃそうだけど……何のために?」
「さあな、それはわらない」
残っている血の量から、例の二人がここで殺された可能性は低いだろうから、何処かへ運んだものと思われる。
一体何の目的で女性とその仲間が男たちを襲って連れ去ったのかはわからないが、大の男二人をそう遠くまで運べるとは思えなかった。
「おそらくこの近辺に何かしらの施設があるはずだ。それを探すぞ」
「う、うん、わかった」
セシルは大きく頷くと、再び路地裏へと取って返した。
路地裏をさらに奥へと進んだユリウスたちは、ほどなくしてそれを発見する。
「……あれだな」
そう呟くユリウスの視線の先には、地下へと続く入り口があった。
入り口の前には見張りの男が二人立ち、周囲を警戒するように立っており、あの中にいかにもな秘密が隠されていることが伺えた。
「……どうするの?」
男たちに見つからないように注意しながら、セシルが声を潜めて話す。
「ここまで来たのは良いけど、荒事を起こすわけにはいかないわよ」
「わかってる」
ユリウスたちは、プリマヴェーラから明日までおとなしくしているようにと厳命されている。
ここで問題を起こせば、プリマヴェーラからの信用を完全に失い、二度と彼女の護衛を任されることはないだろう。
それは、この任務を与えてくれたファルコからの信用を裏切ることでもあり、ユリウスとしても問題を起こすわけにはいかなかった。
「そう……だな」
ユリウスはこの場をどう切り抜けるかの策を考えると、セシルに指示を出す。
「……よし、おい。悪いがちょっとそこに立ってくれ」
「どうするの?」
特に何の疑問も抱くことなく、セシルが指示した場所に立つのを確認したユリウスは、
「こうするのさ」
そう言うと、セシルのお尻を容赦なく蹴り飛ばした。




