奇跡?脅威?
ユリウスを助けた少女は、大きな声を張り上げながら人々が必要以上にプリマヴェーラに近付かないように両手を広げながら歩いていた。
と、その時、少女の視線がユリウスたちがいる宿屋の方へと向く。
「――っ!?」
少女と目が合ったと思ったユリウスは、反射的に窓から身を隠す。
「……ちょっと、なにやっているのよ!」
すると、突然のユリウスの奇行に、セシルが訝しげに眉をひそめる。
「もしかして、誰か怪しい奴でもいたの?」
「い、いや……そうではないんだが」
何と言ったらいいかわからず、ユリウスは困惑したように頬をかく。
自分でもどうして咄嗟に身を隠してしまったのかわからなかったのだ。
それでも敢えて言うならば、こうした方が良いと直感したということだが、それをセシルに上手く説明する自信がなかった。
そうこうしている間にも少女の姿は人混みの中に消えてしまう。
それを確認したユリウスは、何事もなかったかのように元の位置に戻り、再び周囲の観察を始める。
「もう、何なのよ一体……」
何も語らないユリウスに、セシルは不服そうに頬を膨らませるが、仕事をしてくれるならこれ以上は何も言うことはないと、自分も監視の仕事に戻ることにした。
「皆様こんにちは。私はプリマヴェーラ・ユースティアです」
壇上に上がったプリマヴェーラがローブの裾を掴んで優雅に一礼すると、広場に集まった観客たちが一斉に沸き立つ。
そんな観客たちにプリマヴェーラが笑顔で応えていると、舞台の袖から小さな子供を抱いた母親がやって来る。
「聖女様! どうか、どうか息子を救って下さい!」
必死な様子の母親は、泣きながら自分の子供が意識を失った状況を話し出す。
母親によると、意識を失っている子供は躾と称して、日頃から酒に溺れたごくつぶしの父親に過剰な暴力を振るわれていたという。ある日、仕事から帰宅した母親が子供の声が聞こえないことに気付き、捜したところ、ベッドの上で微動だにしない我が子を発見したという。
「私はどうなっても構いません。ですが……どうか……どうかこの子だけは……」
「わかりました。それはさぞ苦労したのでしょうね」
プリマヴェーラは泣きじゃくる母親をどうにか宥めながら、右手の薬指に嵌められた指輪に口付けをする。
すると、指輪から緑色の光が溢れ出し、意識を失っている子供へと移って、淡い光を放つ。
自分の子供が優しい光に包まれるのを見て、母親は涙を流しながら子供が目を覚ますように祈り続けた。
「…………いつ見ても綺麗ね」
プリマヴェーラの紋章兵器から放たれる光を見ながら、セシルがうっとりとしたように呟く。
「凶悪な力を持つ紋章兵器が多い中、プリマヴェーラの紋章兵器ほど美しく、素晴らしい力を持った紋章兵器はないと思わない?」
うっとりとした表情で、セシルはユリウスへと同意を求めるが、
「……ユリウス?」
「…………」
話を振られたユリウスは、驚きに目を見開いたまま固まっていた。
(これは一体、どういうことだ?)
ユリウスは今、混乱の極みにいた。
怪しい奴がいるかどうか見張るため、引き続き左目の紋章兵器を使っていたのだが、プリマヴェーラが紋章兵器を使った途端、彼女が持つ紋章兵器が赤く光り出したのだ。
赤い光が出るということは、あの力はユリウスにとって脅威になるということだ。
だが、紋章兵器を通さないで見ると、他の者が見ているものと同じ、優しい緑色の光に包まれる子供が見えた。
やがて緑色の光は収縮していき、光が消えると子供が目を覚まし、感極まった母親を抱き合う。
瞬間、広場は奇跡を目の当たりにした観客たちの歓声に包まれる。
その後も次々と現れる怪我人や病人を、プリマヴェーラは指輪の紋章兵器を使って次々と癒していく。
その度にユリウスは、左目の紋章兵器を通して見てみたが、指輪から漏れ出る光は、常に赤い色をしていた。
その光が意味するところの真意はわからないが、湧き出た疑問を、そのままにしておけるユリウスではなかった。




