乱される心
それから程なくして陽が山から完全に姿を現し、街の方から人の営みの声が聞こえ始める。
すっかりいつもの姿を取り戻した街の様子を見て、ユリウスは隣に立つプリマヴェーラに話しかける。
「そろそろ出発の時間ですかね?」
「そうですね……」
時計と言う時刻を正確に刻む道具を個人で持っていないので、明確に何時に集合ということは決めてはいないが、夜が明けたらすぐさま出発ということは伝えてあるので、セシルたちが来るのが時間の問題と思われた。
「あ~、いたっ!」
すると、朝の目覚めとしては些か元気が良すぎる声が響き渡り、ユリウスは思わず顔をしかめる。
「こらっ、ユリウス!」
そんな露骨に嫌そうな顔をするユリウスに、形の良い眉を上げ、怒りを露わにしたセシルが駆けてきた勢いそのままにまくし立てる。
「ちっとも姿を見せないから心配で城の中を散々探したのに、まさか外に出ているなんて聞いてないわよ!」
「聞いてないって……そりゃ、言っていないからな」
「そういうことを言ってるんじゃないのよ! 今回の任務は、プリマヴェーラ様の護衛なの! それなのに、プリマヴェーラ様のお迎えしないで外に出るなんて……」
「待った!」
「待ったって何よ! 今は私が話している最中でしょ……」
「いいから僕の話を聞け!」
ユリウスは強引にセシルの話を打ち切ると、一歩身を引いて自分の陰に隠れてセシルから見えていなかった人物が見えるようにしてやる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
セシルの顔を見たプリマヴェーラは、深々とお辞儀をして挨拶する。
「あ…………あ………………」
まさかの人物に不意打ちのように挨拶をされたセシルは、思考が追いついていないのか目を白黒させながら口をパクパクと開閉させるだけで、碌に言葉を紡ぐこともできないようだった。
そんな混乱状態に陥っているセシルの肩を、ユリウスは、ポンと軽く叩いて諦観したように嘆息する。
「……というわけだ」
「――っ、ちょっ!?」
肩を叩かれて現実に返って来たセシルは、ユリウスの首根っこを掴んで抱き寄せると、プリマヴェーラに聞こえないように小声でユリウスに問いただす。
「ちょっと、何でここにプリマヴェーラ様がいるのよ」
「何でって……」
セシルに何と言って説明したものかとユリウスは考える。
プリマヴェーラがここに来たのは、自室からユリウスたちが外に行くのが見えたからだと言っていた。そのことを素直にセシルに言ってしまったら、結局、プリマヴェーラを置いて先に城の外に出たことを怒られてしまう。
だが、下手に嘘を吐いて、それが嘘だとバレてしまうことの方がもっと深刻なダメージを負うことをユリウスは既に知っている。
だからここは、嘘ではない範囲で真実をはぐらかして伝えることにする。
「その……」
「その?」
「…………日の出、だそうだ」
「はぁ?」
「日の出が見たいって言うからさ」
「プリマヴェーラ様が?」
厳密に言えば違うのだが、ユリウスは思った方向にセシルを誘導できたと、内心でほくそ笑みながら頷く。
「そういうことだ。何だったらプリムローズ様に直接確認してくれ」
「……いいえ、その必要はないわ」
ユリウスの目論見通り、セシルはあっさりと引き下がる。
だが、すぐには解放してくれず、ユリウスの手を取ったセシルはゆっくりと、小さな子供に言い聞かせるように話す。
「そういう理由なら仕方ないけど、、次からは移動する前に一言、私じゃなくてもいいから、誰かに相談して」
「はいはい、わかって……」
「これは真面目な話なの!」
適当に相槌を打つユリウスを遮るように、セシルが大声を出す。
声に驚いたユリウスがセシルの顔を見やると、彼女の大きな碧眼の瞳と目が合う。
「いい?」
何処か泣いているようにも見える真剣な表情のセシルは、絞り出すような声で静かに話す。
「これは命令じゃなくてお願い。何か想定外のことが起こったら、必ず誰かにその情報を共有するようにして……私たち、仲間でしょ?」
「…………」
「……どうしたの?」
「いや……」
臆面もなく仲間と言われ、思わず面食らってしまった。とは言えないユリウスは、恥ずかし気に頬をかきながらぶっきらぼうに答える。
「……わかった。約束する」
「本当?」
「本当だよ……何かあった時は、必ず君かブレットに報告する。その……あ~、何だ…………僕たち、仲間なんだろ?」
気恥ずかしい台詞に、ユリウスはセシルの顔をまともに見ることができずに目を逸らす。
ユリウスの返答を受けて、セシルは暫く呆然とユリウスの顔を見ていたが、
「うん、約束だからね」
やがて快活な笑みを浮かべて頷くと、プリマヴェーラに準備が整った旨を伝えるために彼女の下へ向かう。
(……やれやれ)
去っていくセシルの背中を見ながら、ユリウスは小さく嘆息する。
ここに来てから、何だかペースを乱されることばかりだ。
自分の頭の中は、復讐を遂げることでいっぱいのはずなのに、ここの連中はそんな自分の後ろ暗い気持ちを無視してどんどん中に入り込んでくる。
厄介なのは、それが押しつけがましい嫌らしいものではなく、自然体から出た純粋な好意からの行動だということだった。
下心が透けて見えるのならば無下にもできるのだが、向けられる好意まで蔑ろにすることは、今後の展望に支障をきたすので望ましくない。
前にファルコが述べていたように、ここに所属している連中は、家名や家柄など一切関係のない、実力のみで厳選された猛者たちだということだ。
彼等の力は、必ずや自分の復讐の力となる。
だからこそ多少は、連中の戯言に付き合ってやることも悪くはない。
「ほら、ユリウス。何をボーっとしてるの。さっさと来なさい」
「わかってるよ。今、行く」
そう、戯言に付き合ってやることも悪くはない。ユリウスはそう独白しながら仁王立ちしてこちらを見ているセシルの下へと駆けて行った。




