朝日の誓い
(さて……)
ヴィオラが立ち去った後のユリウスは、大分冷静になっていた。
どうやらヴィオラは、プリマヴェーラに対して何やらやらかしたようなので、先ずはそれを会話の切り口として進めていくことにする。
「あ~、その……プリマヴェーラ様?」
「は、はひっ!? なんでしょう?」
声をかけた途端、飛び跳ねるように声を裏返して返事をするプリマヴェーラに、ユリウスは苦笑しながら話しかける。
「落ち着いてください。その、ヴィオラが……姉が何か失礼なことをしたようで、申し訳ありません」
「い、いえ、気にしないで下さい」
ユリウスが頭を下げると、プリマヴェーラは益々恐縮したように慌て出す。
「そ、その、別にヴィオラ様が何か悪いことをしたわけじゃないんです。ただ……」
「わかります。おそらく僕が怪我をした時、かなり強引に治療を強要したのですね?」
「い、いえ……その…………すみません」
最後は殆ど聞こえないような小さな声で、プリマヴェーラが呟く。
「で、ですが!」
だが、すぐさま顔を上げたプリマヴェーラは、ユリウスの目を真っ直ぐ見据えて力強く話し出す。
「あの時のヴィオラ様の行動は、全てユリウス様のことを思っての行動だったとわかっています。その……さっきはちょっと驚いてしまったのですが、ああいう態度はもう最後にしてみせます」
(ああいう態度? ああ、さっきのか……)
ユリウスはヴィオラに話しかけられ、酷く動揺していたプリマヴェーラの姿を思い出す。
確かにあのような態度を日常でも見せられては、城の他の人たちからあらぬ疑いをかけられない。
まだ城に来て日が浅く、全員が決してユリウスたちに好意的な印象を持っていない今は、そういった厄介ごとは持ちこみたくない。
そう言う意味では、こちらから何かしらのアクションを起こさなくてもプリマヴェーラの方から改めてくれるのは渡りに船だった。
「……ええ、そうしてもらえると、僕も姉も助かります。僕にできることがあれば、喜んで協力させていただきますので、何でも仰って下さい」
「ユリウス様……」
プリマヴェーラは感極まったように目を潤ませると、ユリウスの手を取って嬉しそうに上下に振る。
「はい、その時はぜひともよろしくお願いいたします」
「お任せください」
ユリウスは力強く頷きながら、プリマヴェーラとのファーストコンタクトは決して悪くなかったな、と自画自賛していた。
話が一段落ついたところで、ユリウスは気になっていたことをプリマヴェーラに質問する。
「ところで、プリムローズ様はどうしてここに?」
「どうして、とは?」
「いえ、集合時間にはまだ時間がありますし、護衛も連れずに城門の外に出るなんて……大丈夫なんですか?」
「……本当はいけないことなんですけどね」
「プリマヴェーラ様?」
「ユリウス様たちが外にいるからいいでしょっ? って、衛兵の方に無理を言って外に出してもらいました」
そう言ってプリマヴェーラはバツが悪そうに笑う。
どうやらプリマヴェーラは自室で出かける支度をしていた時、城の外へ出ていくユリウスたちの姿を確認したので、世話をしてくれるメイドたちの隙を突いて抜け出してきたらしい。
「そういうわけですので、何かあったらわたくしのこと、守ってくださいね?」
「まあ流石にないと思いますが…………わかりました。お任せください」
実力的にはその辺の子悪党相手にも劣るユリウスだが、その目に入った紋章兵器の力があれば、不審人物を見つけることなど容易い。
こんな早朝、しかも城の目の前という位置で万が一が起きる可能性は限りなく低いだろうが、用心するに越したことはないとユリウスはひっそりと右目の力を発動させておく。
ユリウスが周囲に不審人物がいないかどうかを確認していると、プリマヴェーラがユリウスの先ほどの質問に答える。
「わたくしがここに来たのは、おそらくユリウス様と同じだと思います」
「僕と?」
「はい、出かける前に、どうしても見ておきたかったんです」
そう言ってプリマヴェーラは街の方に目を向ける。
「わたくし、ここから見る景色がお気に入りなんです。特に……ほら」
「あっ……」
その声に反応して目を向けると、調度、山の向こうから今日という日の始まりを告げる陽が姿を現すところだった。
朝日が顔をのぞかせると、まるで世界に色が灯るかのように薄暗闇が晴れ、色鮮やかな自然の緑と華やかな街が姿を現す。
「おお…………」
鮮やかに世界が塗り替えられていく様を見て、ユリウスも思わず感嘆の声を上げる。
「フフッ、どうです。綺麗だと思いませんか?」
「……ええ、凄いですね」
ユリウスは自分が先程、街を見て呟いた怨み言をすっかり忘れて、呆然と目覚めていく世界を眺める。
確かにこれなら、わざわざ城を抜け出してまで見たいと思うプリマヴェーラの気持ちもわかるというものだった。
ユリウスは朝日が昇っていく様子を見ながら、ちらりとプリマヴェーラの様子を見やる。
薄暗闇の中でも十分過ぎるほどの存在感のあったプリマヴェーラのアッシュブロンドは、陽光を受けてキラキラと光輝き、まるでこの世のものとは別世界の……妖精や幻獣といった神話の世界から飛び出して来たような美しさがあった。
「…………」
もはや神々しいといっても過言ではないプリマヴェーラの様子に、ユリウスはすっかり見惚れてしまっていた。
(僕はこれから彼女を……)
自分の操り人形にするため、彼女の厚い信頼を勝ち得ていかなければならない。
(でも……)
そういった損得勘定を抜きにしても、この気高く美しい少女を守りたい。そう思う自分がいることに少なからず驚いていた。
とにかく今は、全力で今日の任務に挑もう。ユリウスはプリマヴェーラの横顔を眺めながら、そう心の中で決心する。
すると、そんなユリウスの視線に気付いたのか、プリマヴェーラはユリウスへと視線を向ける。
「…………どうかしました? わたくしの顔に何かついていますか?」
「あっ、いえ、なんでも……ないです」
まさか視線が合うとは思わなかったユリウスは、慌てて視線を逸らし、プリマヴェーラと視線を合わせないように天を仰ぐ。
「んん?」
不自然に視線を逸らすユリウスに、プリマヴェーラは不思議そうに小首を傾げていたが、ユリウスはその後も決してプリマヴェーラと目線を合わせようとはしなかった。




