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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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もう一つの評価

 明日は夜明けと共に出発するということなので、これ以上余計な体力を使わされたら明日の任務に支障が出ることは避けられない。

 そう言った意味では、ファルコに呼びだされてセシルの地獄のような訓練から解放されたのは僥倖だった。


(ここの連中は、体力馬鹿ばかりだからな……)


 誰かに遭遇して絡まれてしまう前に、ユリウスはとっとと自室に戻ることにした。


 現在、ユリウスが住居としているのは、アクイラ城の象徴ともいえる天を貫く尖塔、その内の一つ、南に位置するその中でも一際高く大きい塔だった。

 誰にも会わないように、紋章兵器の力を使って自身が住む塔までやって来たユリウスは、木の扉を抜けて中へと入る。

 息を切らしながら石でできた螺旋状の階段を上がり、最上段にある扉を抜ける。


「ただいま戻ったよ」

「は~い」


 声を上げながら部屋の中へ入ると、すぐさま返事が返って来て、パタパタという足音が聞こえ、エプロン姿のヴィオラが現れる。


「ああ、ユリウス。おかえりなさい」

「ただいま、ヴィオラ。そうだ、今日は報告したいことがあるんだ」

「…………」

「ヴィオラ?」


 ユリウスが問いかけるが、ヴィオラは両手を広げたまま不満そうな顔をしている。


「あっ……えっと……」


 ヴィオラの反応に、ユリウスは引き攣った笑みを浮かべる。

 こういう場合、どう対応したらいいのかわかっているのだが、それをすべきがどうかを悩んでいるのだった。

 すると、動かないユリウスにヴィオラが落胆したように大きく肩を落として寂しそうに呟く。


「…………はぁ、ユリウスはもう、私のことなんか心底どうでもいいんですね」

「ち、違うよ。ただ、その……恥ずかしくて…………」

「何を仰います。別に誰かに見られているわけでもありませんから、気にしなくてもいいではないですか」

「そ、それはそうだけど……」

「だったらいつもみたいにして下さい。さあ!」


 そう言ってヴィオラは再び両手を広げる。


「……わかった」


 こうなったヴィオラは、梃子でも動かすことはできない。

 ユリウスは観念すると、両手を広げているヴィオラを抱き寄せ、頬を合わせるキスを左右一回ずつ行う。


「これでいいかい?」

「はい、ありがとうございます。お蔭で元気が出ました」


 ヴィオラは感謝の意を表すように自分からユリウスを抱きしめ、穏やかに微笑む。


「さあ、食事の用意をしていますから先ずはご飯にしましょう。お話しはその後で伺います」

「あ、うん、わかった」


 跳ねるように喜びを表すヴィオラの背中を見ながら、ユリウスは自分の顔が非情に赤面していることを自覚する。

 無事に帰って来たことを報告するためにヴィオラと抱擁を交わすのは、霧の山賊団にいた頃からやっていたことなのだが、生活環境が変わり、周りの人間関係にも変化ができると、今まで当たり前のようにやって来たことが普通ではなかったのだと気付くことはままある。

 ユリウスとヴィオラの関係は姉弟という関係ということにしているが、周囲から見れば、ユリウスたちの関係は、とてもただの姉弟には見えないという。

 実際に姉がいたユリウスとしても、ヴィオラのスキンシップの多さはやや過剰な気もするが、それを指摘しても先程のように拗ねられてしまうので、結局最後はヴィオラの言われるままになっていた。

 今の自分たちの関係が普通じゃないのは、ユリウスも重々承知していた。

 だが、


「ん? ユリウス、どうしましたか?」


 部屋の入り口から一歩も動こうとしないユリウスに、ヴィオラから声がかかる。


「さあ、早くご飯にしましょう。せっかく用意したご飯が冷めてしまいますよ」


 慈母のような穏やかな笑みを浮かべ、手招くヴィオラを見てユリウスもまた笑顔を浮かべる。


「あっ、うん……すぐに行くよ」


 せっかくヴィオラが普通の笑顔を見せてくれるようになったのだ。

 まだ恥ずかしいという気持ちはあるが、もう少し……後、もう少しだけ今の関係のままでもいいかもしれないとユリウスは思った。


 今日の夕食は、鶏肉とトマトを煮詰めた料理と、パンとサラダ、それとジャガイモを裏ごしして作った冷製スープだった。

 窓一つない山奥のログハウスでは、考えられないような豪勢な食事に舌鼓を打ちながら、ユリウスはファルコから受けた仕事の内容をヴィオラに話した。


「ファルコはプリマヴェーラ姫に対して気をつけろって言ってたけど、ヴィオラはどう思う?」

「どう……とは?」

「深い意味はないよ。ただ、ちょっと聞いておきたくてね」


 ユリウスがナルベによって重傷を負わされた時、ヴィオラは残った一人を八つ裂きにしてプリマヴェーラに助けを求めたというから、少なくともユリウスよりはプリマヴェーラとコンタクトを取ったはずだった。


「だから教えて欲しい。ヴィオラから見て、プリマヴェーラ姫はどう映った?」

「そう……ですね」


 ユリウスからの質問に、ヴィオラは小首を傾げて暫く考えた後、


「考え過ぎだと思いますよ」


 あっけらかんとそう言ってのけた。


「そ、そうなのか?」

「おそらくファルコ様は、プリマヴェーラ様にユリウスを取られたくないだけですよ」

「で、でも……ファルコはそれを自覚した上で気をつけろと念を押してきたんだぞ?」

「ええ、ですからそれが考え過ぎなんです。私が見た限りでは、プリマヴェーラ様にユリウスをどうこうできるような裏は持ち合わせていませんよ」

「そう……なの?」

「そうなのです。ですから余計な心配はせずに、大船に乗ったつもりでどっしりと構えてお仕事に行ってきてください」

「あ、ああ……」


 はっきりとそう断じられてしまっては、ユリウスとしては頷くことしかできなかった。



 食後、一緒に片付けをして湯浴みをして体を綺麗にしたユリウスは、明日に備えて早々に就寝することにした。


「それではユリウス、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。ヴィオラ」


 当たり前のように一緒のベッドで寝るヴィオラに応えながら、ユリウスはプリマヴェーラに対するファルコとヴィオラの全く違う評価に困惑していた。

 ファルコは表には出ていない裏があると言うが、ヴィオラは気のせいという。

 長年見て来た兄の目は間違いないだろうが、ヴィオラの同性の目からみた評価も馬鹿にはできない。


(結局のところ、自分でみて決めるしかないな)


 プリマヴェーラに裏があろうがなかろうが、自分がやることに変わりはないのだ。

 ユリウスはこれ以上考えて明日に支障をきたすのはよくないと割り切ると、目を閉じて眠ることにする。

 セシルのしごきによってかなりの疲労が溜まっていたユリウスの体は、あっさりと深い眠りに落ちていった。

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