それぞれの思惑
ユリウスが連れて来られたのは、城の入り口すぐにある石でできた二階建ての建物、兵士たちが詰めている兵舎だった。
見張りの兵士に挨拶して中に入ると、一階部分は修練場も兼ねた大広間へ出る。今は誰も使っていないようだが、訓練時には、剣檄と怒号が飛び交う城内で一番騒がしい場所であり、ユリウスの最も苦手とする場であった。
ユリウスたちは誰もいない大広間を突っ切り、二階へと上がって一番奥の部屋、ファルコの執務室へと足を踏み入れる。
「やあ、来たね」
ユリウスが部屋に入ると、ファルコが目にしていた書類から顔を上げて笑顔を浮かべる。
その隣には、来るのが遅いと咎めるような視線を送ってくるセシルがいたが、ユリウスは無視してファルコに話しかける。
「僕に何か用があるって?」
「ああ、実は君たちに一つ仕事を頼まれてもらいたいんだ」
そう言ってファルコは、手にしていた書類をユリウスに手渡す。
書類を受け取ったユリウスは、そのまま書類に目を落とそうと思ったが、ファルコが言った一言に引っ掛かりを覚え、顔を上げてファルコに尋ねる。
「君……たち?」
「ああ、そうだ。君たちだ、今回の仕事はユリウスとセシル、ブレットの三人にお願いしたいと思っているんだけど……不満かい?」
「いえ、そんなことは……」
また顔に出ていたのだろうか。ユリウスは否定の言葉を口にしながらも、ファルコに簡単に表情を読まれないように気を引き締め、改めて書類へと視線を移す。
流暢な筆記体で書かれた書類に目を走らせながら、ユリウスは眉根を寄せる。
「…………本気ですか?」
「本気も何も、僕に決定権なんてものはないからね」
ファルコはやれやれと肩を竦めると、静かに佇んでいるセシルたちに今回の仕事の内容を説明する。
「今回、君たちにやってもらいたい仕事とは、我が妹のプリマヴェーラが慰問を行うので、その護衛をしてもらいたいんだ」
「えっ?」
「……マジですか?」
説明を聞いたセシルとブレットの二人も驚いたように声を上げる。
当然ながら前回の慰問でプリマヴェーラがどのような目に遭ったのかは、二人も知っている。
あの時、セシルとブレット二人は、スワローの街の外で哨戒任務についていたので、中でどのような惨劇が繰り広げられたのかは、耳に聞いただけで実際には目にしてはいない。
ただ、あの事件でプリマヴェーラ付きのメイド全員が殺され、プリマヴェーラ自身もショックで暫くの間塞ぎ込み、食事も殆ど喉を通らなかったという。
そんな凄惨な事件からまだそれほど日が経っていないにも拘わらず、再び再び慰問に出かけるのは、豪胆を通り越して、自殺願望でもあるのではと思ってしまう。
各々、思うところが表情に出ていたのだろう。ファルコは堪らず苦笑するが、すぐに気を取り直して咎めるような静かな声で話す。
「皆の気持ちはわかるけど、我々の仕事は、万が一が起きないように最大限の努力をすることだ。そこにどれだけ無謀な要求があろうとも、ね?」
「……まあ、そうですね」
ファルコの意見に、ユリウスは首肯するが、すぐさま疑問を呈する。
「ですが、ならどうして僕たち何ですかね?」
「……というと?」
「プリマヴェーラ姫が再び慰問に出かけるならば、次はもっと警備を強化するのが当然のはずです。僕たちでは些か迫力に欠け、抑止力には弱いと思うのですがね?」
「まあ、そうなんだけどね」
「そうできない理由があると?」
ユリウスの疑問に、ファルコが肩を竦めながら頷く。
「残念ながら我等が姫様は、屈強な戦士が姫の近くに陣取って民を威嚇するのがお気に召さないらしいんだ。当然、民たちとの触れ合いの邪魔をされるのも、ね」
「それはつまり……」
「そう、これは最大限の譲歩の結果だよ。屈強な戦士はダメだが、君たちなら民に余計な圧をかけないだろうということでようやく許しを得られたんだよ」
「…………そういう理由なら仕方ないですね」
「すまない。一応、何人か見繕って現地に派遣するから、君たちはプリマヴェーラと一緒に現地に赴いて欲しい」
「わかりました」
「はい」
「了解です」
ファルコの言葉に、それぞれが思い思いの言葉で応え、この場は解散となるが、
「ああ、悪いけどユリウスは少し残ってもらえるかな?」
「……ええ、いいですよ」
ユリウスはそう言うと、セシルとブレットに先に行くように目配せする。
ブレットはそそくさと部屋から退出していったが、ファルコのことが気になるセシルは、暫く何か言いたげにユリウスとファルコを交互に見ていたが、嫌われたくないという思いが勝ったのか、しぶしぶ執務室を後にした。
「…………はぁ」
セシルたちがいなくなると同時に、ファルコは重い溜息を吐いて椅子の背もたれに体を預け、足を投げ出すように机の上に乗せる。
他の人が見たら目を剥くような光景だが、ファルコはユリウスにだけはこういった姿を頻繫に見せる。
それだけ、ユリウスに心を許しているということだろうか。
二人の時だけは、ユリウスもファルコに対して畏まらないように言われているので、いつもの調子で話しかける。
「プリマヴェーラ姫との交渉はそんなに難航したのか?」
「したなんてもんじゃないさ。最後は殆ど脅迫に近い形で無理矢理納得させたんだよ」
「脅迫?」
「母上に泣いてもらった」
「ああ……」
母親に泣かれて言うことを聞かない子はいないということだ。
だが、自分を守ってくれる護衛をつけることに対して、そうまでしないと納得してくれないというのも些か変な話である。
民を威嚇するのを嫌うというのが理由らしいが、果たして本当にそれだけなのだろうか?
「さてね。こればっかりはさっぱりなんだよ」
ユリウスの疑問に、ファルコはお手上げといった様子で両手を上げる。
「ただ一つ言えることは、紋章兵器を持つ人間は、一癖も二癖もある連中ばかりだということだよ」
「…………それは僕のことも含んでいるのか?」
「否定する材料はないだろう?」
「まあ、ね」
自分自身が十分ひねくれていることを理解しているユリウスとしては頷くしかなかった。
「そういうわけでね。ユリウスにはプリマヴェーラに十分警戒してもらいたい」
「自分の妹なのにか?」
「だからだよ。あいつは君に感謝の意を伝えたいと言っていたが、決して気を許さないでほしい」
「……僕が君を裏切って妹になびくのが困ると?」
「そう思ってもらって構わない。ただ、あいつは皆が言うような聖女様ではないということは、生まれてからずっと見て来た僕が一番よく知っている。ユリウスも近い内に僕が言ったことが事実だと気付くだろうよ」
「……わかった。精々、籠絡されないように気を張っているよ」
「頼む」
頭を下げようとするファルコを手で制すると、ユリウスは「行ってくる」と言って執務室を後にする。
何だか変な話になって来たとユリウスは思う。
皆が聖女と崇め奉るプリマヴェーラには、一体、どのような裏があるというのだろうか。
彼女の護衛につくということは、何処かしらで会話するチャンスもあるだろう。その時、プリマヴェーラ・ユースティアという人となりをじっくりを観察させてもらうことにする。
「……できれば、僕の意のままに動く駒にしたいところだけどな」
そんなことを考えながらほくそ笑むユリウスの顔は、とても醜悪に歪んでいた。




