夢か現か
ユリウスは暗い闇の中で、赤い光が見ていた。
それはナルベの手にした斧から発せられた光。斧から伸びた一条の光は、自分の胸を二つに分断するように赤く……何処までも紅く走る。
それが脅威を示す色だと気付いたのは、自分の胸から血が噴き出した後だった。
だが、例え事前に力がわかっていたとしても、結果は変わったのだろうか。
脅威が見えてしまうということは、死が見えると同義。
死を前にして、ナルベに臆することなくナイフを突き立てることができただろうか?
今となってはわからないが、これまでわからなかった左目の力が分かってももう遅かった。
何故なら自分は致命傷を負い、既に死んでしまったのだから。
(ごめん、姉さん。約束守れなかったよ)
ユリウスは志半ばで倒れてしまったこと、生き残るという約束を守れなかったことを謝罪する。
(でも、インクレスト家の名に恥じない最期は迎えられたと思う。怖かったけど僕、頑張ったんだ)
ナルベがユリウスの作戦に気付き、貴賓室の隣の部屋に行くように部下に命じた時、ユリウスが最初に考えたのは、プリマヴェーラの身の安全だった。
そこで部屋の扉に鍵をかけ、自分は再びベランダから縁を伝って貴賓室のベランダへと移動したのだった。
ヴィオラが投げた曲刀がナルベをベランダへと誘いこんだのは全くの偶然だったが、訪れた千載一遇のチャンスを逃すことなく、ユリウスはナルベを倒してみせた。
国を滅ぼした憎き敵を討つことはできなかったが、一人の少女の未来を救うことはできたのだ。
山賊の所業に加担するという罪を犯し続けてきた償いには遠く及ばないが、プリマヴェーラならば、自分が不幸にしてきた人たちの何倍の人たちを幸せにしてくれることだろう。
(だけど、一つだけ気がかりなことがあるとすれば……)
それは、常に自分を支え、励ましてくれたヴィオラだった。
山賊たちに傷つけられ、ユリウス無しでは心の平静を保てなくなってしまった彼女のことを思うと、胸が締め付けられる思いであった。
ヴィオラには自分のことや山賊のところで過ごした三年間のことは何もかも忘れて、普通の女性として幸せな家庭を築いて欲しいと思う。
だが、それは難しいだろう。
ヴィオラはユリウスが死んでしまったと知れば、十中八九その命を絶つだろう。
それを止める術がないのが、ユリウスは心残りで仕方なかった。
すると、
『ハッ、何、馬鹿なことを言ってるんだ』
突如として、苦悩するユリウスを嘲笑するような声が聞こえた。
(こいつは……)
その声を聞いた途端、ユリウスの顔に怒りの色が滲む。
『クク……人一人殺していい顔するようになったじゃねぇか』
それはユリウスが命を奪ったはずの人物、ナルベだった。
(どうして奴がここに……)
そう思うユリウスだったが、すぐにその理由に行き着く。
あれだけ悪行を重ねた自分の行き着く場所なんて決まっている。
それは当然、同じように罪を重ねてきた奴も一緒であるということだった。
(……はぁ)
ユリウスは死んでまで大嫌いな男と一緒にいなければならないことを妬みながらも、諦観したように溜息を吐く。
『おっ、どうした。いつもの生意気な態度はどうした?』
(うるさい。気安く話しかけるな。僕は今、お前と話す気なんてないんだ)
『それは、王子様の女がこれからどうなるか心配だからか』
(…………)
『おいおい、無視するなよ。答えてくれたら良いことを教えてやろうと思ったのによ』
(……良いことって何だよ)
『それを知りたければ、俺の質問に答えな』
(…………)
こいつ、こんなによく喋るやつだったか? ユリウスは突然雄弁になったナルベに困惑しながらも、疑問に答えてやる。
(ああ、そうだよ。ヴィオラは僕の唯一の大切な家族なんだ。そんな家族を救えないかもしれないという僕の気持ちがお前にわかるのか?)
『ハッ、わからねぇな。俺には部下はいても家族なんていなかったからな』
ナルベは『だがよ』と言ってユリウスに向き直る。
『少なくとも、王子様にはまだ女を救う術はあるということだ』
(…………どういう意味だ?)
『どうもこうもねぇよ。王子様はまだここに来るのは早いってことだよ』
だからとっとと目を覚ましな。そう言ってナルベがユリウスを突き飛ばす。
(――っ、何を!?)
するんだ。そう言おうとするが、声にはならずユリウスは暗闇のさらに底、深淵へと落ちていった。
『ククク、王子様よ。お前にはこんなもんで死んでもらっちゃ困るんだよ』
ユリウスが落ちていった奈落を眺めながら、ナルベは嗜虐的な笑みを浮かべる。
『散々もがき、苦しんで何度も絶望の縁に立たされ、信頼していた者からの酷い裏切りにあっても尚、復讐のために前へ進めるのかどうかを俺は見たいんだよ』
そして復讐を果たした暁には、
『地獄の底でまた殺してやるから楽しみにしてろよな!』
一方的な宣言をしたナルベの高笑いが、漆黒の闇の中に響き渡った。




