最悪の一手
「……うっ!」
キッチンから迎賓館の中に入ったユリウスは、中の惨状を見て思わず顔をしかめた。
そこには肩口からバッサリ斬られたコックと思われる男と、ナイフで額を割られ、顔中を血で染めたメイドがいた。
紋章兵器である程度状況を把握していたといえ、実際に目の当たりにした凄惨な死体を前に、ユリウスは口を押えて顔を青くさせる。
「ユリウス、大丈夫ですか?」
するとすぐさまヴィオラがやって来て、背中を優しく擦って介抱してくれる。
「ここから先は……」
「この程度ではすまない……だろ?」
ユリウスは心配そうに寄り添うヴィオラを安心させるように力強く頷くと、自分の足で立ち上がる。
「ようやくここまで来たんだ。こんなところで躓いている場合じゃない」
「ですが……」
「くどいぞ。無理だと判断した時は自分から言うから、ヴィオラは自分の心配をしてくれ」
「…………わかりました。ユリウスもくれぐれも無茶だけはしないでくださいね」
「わかってるよ」
それでもまだ心配そうに自分を見ているヴィオラに、ユリウスは心の中で謝罪しながら急ぎ足でキッチンを抜ける。
廊下にも目を背けたくなるような死体がいくつも転がっていたが、ユリウスは口を手で覆い、なるべく呼吸をしないように早足でエントランスへ向けて歩いた。
エントランスに辿り着くと、そこは今までの一方的な殺戮の現場とは違い、戦闘の生々しい痕が数多く見受けられた。
粉々に破壊された数々の調度品に床や壁、階段の欄干に走ったいくつもの斬撃の痕。街を訪れた賓客を迎え入れるために施された贅の限りが、今や見る影もない姿に変わっていた。
「……全く、山賊共の戦い方は、野蛮で粗野で……虫唾が走りますね」
「ああ、潰すと決めたら、徹底的に潰すのが奴等のやり方だからな」
辟易とした様子のヴィオラに応えながら、ユリウスの目はある一点に注がれていた。
それはエントランスの中央に静かに佇む二つの死体だった。
ここにもいくつもの死体があったが、この二つは他とは趣が違っていた。
殆どの死体が体の前側、胸や腹、顔に傷を負っているのに対し、二つの死体は背中を何度も斬られて死んだようだった。
正々堂々と戦うことを良しとする騎士、兵士にとって背中の傷は不名誉極まりないのだが、二つの死体は敢えて敵に背中を晒したようだった。
その二つの死体こそ、この街を守る兵士たちを束ねる兵士長と副兵士長の二人だった。
純粋な実力でいえば、圧倒的にここにいる二人の方が勝っていた。ナルベたち全員で同時にかかっても、勝てるかどうかは五分といったところだ。
しかし、思慮の足りない一人の山賊が先走って殺されたので、ナルベたちの勝率はほぼないに等しい状態のはずだった。
だが、それでもナルベたちはこの二人を倒した。
「どうやらユリウスの作戦が上手くいったようですね」
「……そうだね」
ヴィオラの賞賛の声にも、ユリウスは殆ど反応を示さない。
それどこか悔しさを表すように手を固く握りしめ、唇を噛み切ったのか、口からは一筋の血が流れていた。
(本当なら、こんな手は使いたくなかった)
ユリウスが今回、スワローの街の兵士長と副兵士長の二人を倒すために用意した手は、正に外道とも呼べる最悪の手だった。
その答えが背中に傷を負った二人の兵士たちの腕の中にあった。
ユリウスは二つの死体のすぐ傍に膝を付くと、彼等が大事そうに抱えているものへと手を伸ばし、声をかける。
「…………いくら謝っても、許してもらえないのはわかっている」
そう言うユリウスの声は震え、目には涙が浮かんでいる。
「恨んでくれて構わない……だけど、僕は間違いなく地獄へ落ちるから、地獄へ落ちろと願うだけ無駄だぞ」
軽口を叩いてみるが、話す先は何の反応も示さない。
「思えば出会いは最悪だった。正直に言うと、殺してやりたいと思ったぐらいだ」
手を触れてみるとそれは既に冷たく、驚くほど固くなっており、息をしていなかった。
「だけど、君たちのお蔭で僕の作戦は遂行できるようになったんだ。それだけは心から感謝している……スレイ、ジーマ」
兵士長と副兵士長の二人を倒すため、ユリウスは山賊たちにスレイとジーマの二人を誘拐させ、人質として見せることで動揺を誘う作戦を取った。
突入前に後から合流した二人の部下が持っていた袋に入っていたのがスレイとジーマで、部下たちは途中で騒がれないようにと誘拐した時点で殺していたようだ。
だが、その事実を二人の父親は受け入れられなかったのだろう。
スレイとジーマの二人の姿を見た途端、泰然と構えていた二人の兵士は取り乱し、子供たちを取り返そうと猛然とナルベたちに襲い掛かった。
対するナルベたちは、既にこと切れている二人の子供を彼等に投げつけることで対処する。
当然ながら父親たちは、我が子を助けようと手を伸ばすが、そこでナルベたちに一気呵成に襲われて殺されたのだった。
紋章兵器を使って一部始終を見ていたが、ユリウスは自分が立てた作戦のおぞましさに反吐が出そうだった。
(だけど、そうまでしても僕は……)
家族を殺した者への復讐のため、止まるわけにはいかなかった。
「願わくは、君たちの来世に幸多からんことを……」
罪深い自分の祈りにどれだけの意味があるのかわからないが、それでもユリウスは自分を助けてくれた二人の子供のために心からの祈りを捧げた。




