血に染まる館
相棒の首からは止め処なく血が溢れ、完全に血の気を失っている顔色から、首の傷が致命傷になっていることは一目瞭然だった。
何故?
どうして?
いつの間に?
ほんの僅かな時間で急転する事態に、兵士は混乱に陥って硬直してしまう。
そしてその隙は、後ろに立つ不審者にとっては十分な時間だった。
「駄目だぜ。そんな隙をみせちゃよ」
「むっ……もがっ!?」
不審者の声に気付いた時には既に遅く、後ろから口元を押さえられた兵士は、喉元にナイフを突きつけられ、同僚と同じように無慈悲に首を掻っ切られる。
首を斬られた兵士の首からは、勢いよく血が噴き出すが、すぐにその勢いは弱まり、兵士は身につけた技術を披露することなく絶命してしまった。
「ヘヘッ、頭。こいつ等、見た目ほど大したことありませんな」
「御託は良い。それより早く死体を隠せ」
裏門を守る見張りの兵士二人の死亡を確認したナルベは、門を開けて城壁の上からは死角となる場所へ死体を移動させると、兵士の身ぐるみを剥ぐ。
全身鎧の全て奪う時間は惜しいので、とりあえず一人分の胸当てだけ剥ぎ取ると、二人目の見張りを殺したフードを被った不審者へと手渡す。
「ほらよ。今からお前がここの見張り役だ」
「ヘヘッ、皆の憧れの正規兵になる日が来るとは思わなかったぜ」
血にまみれた胸当てを身につけた不審者は、誇らしげに胸を張るが、
「……でも、流石にこんな格好じゃ、偽物だってすぐにバレちまうんじゃねえか?」
「無論、それは織り込み済みだ。お前の役目は、城壁の上の奴を騙すことだ。もし、ここに近付くやつがいれば、その前に王子様から指示がある」
「つまり、その時だけ身を隠せと?」
「そういうことだ。やれるな?」
「それぐらいならお安い御用だ」
力強く頷く不審者の反応に満足そうに頷いたナルベは、遅れてやって来た四人の部下に向き直ると、ぺろりと舌なめずりをする。
「それじゃあ、いよいよ王女様を攫いに行くぞ」
そう宣言すると、迎賓館の中へと突入していった。
ナルベたちが突入した場所は、迎賓館の一階にあるキッチンの勝手口だった。
「お、おい、あんたら一体……ぎゃああああっ!」
突然入って来た侵入者に驚くコックを、ナルベは手にしていた斧で、肩口からバッサリと袈裟斬りにして殺す。
「いいかお前等。とりあえず出てきた奴は片っ端から殺せ」
「頭ぁ、それは女でもですかい?」
「当然だ。制圧が完了するまでは、誰一人として生かしておくな。これは厳命だ」
「ちぇっ、まあいいか。貴族の女は香水で臭くて敵わないから、な!」
部下の一人が不満を言いながらナイフを投げると、調度キッチンに入って来たメイドの額に命中し、メイドは自分に何が起きたのかもわからずその場にどう、と倒れる。
ナイフを投げた部下は、自分が殺したメイドを見やり、大袈裟にかぶりを振る。
「ああ、しかし勿体ないな」
驚愕の表情で倒れるメイドは、街を歩けば多くの男性から声をかけられること間違いなしのかなりの美女だった。
迎賓館の中まで攻め込まれることは想定していなかったのか、そこから先はナルベたちによる一方的な虐殺が繰り広げられていた。
「おらおらっ、これが正規兵様の実力か?」
「ハッハッハ、弱い、弱すぎるぞ!」
早朝の襲撃に、起床はしていても賊を迎え撃つ準備まで整っている者は少なく、武装すらしていない者も少なからずおり、成す術もなく山賊たちの凶刃に倒れていった。
「全く、王子様々だぜ!」
狭い室内だというのに、長い槍を持って来てまともに振り回すこともできずに体を真っ二つにされた兵士の死体を蹴り飛ばしながら、ナルベは獰猛に笑う。
街の中にいる兵士たちは、連度は高くとも、経験がないから不足の事態に対応できないだろう。ユリウスのその読みは、今のところことごとく当たっていた。
しかも実践経験が少ないだけでなく、初めて死体を見る者も少なくなく、血まみれの現場を見て、恐慌状態に陥ってしまう者もいた。さらに迎賓館で働く非戦闘員の存在も大きく、兵士たちは次々と取られる人質を守るべきか見捨てるべきかを決められず、人質毎殺されてしまう者もいた。
プリマヴェーラを迎え入れるため、護衛するためにいつもより人員を多く配置したことが、完全に裏目に出てしまっていた。
片や守る者が一切ない奪い、殺すことを生業としている者。
片や守ることを生業としているが、それを活かすことなくここまで来た者。
この経験の差が、純粋な実力や連携では劣るはずの山賊たちが、十分に訓練された正規兵たちを圧倒する決め手となった。




