凶行のはじまり
迎賓館の裏門を守る二人の兵士は、スワローの街に駐屯する兵士の中でも、エリートと呼ばれる立場にある人間だった。
そんな彼等に与えられた役割は、プリマヴェーラが迎賓館にいる間、例え蟻の子一匹たりとも中に入れないようにすることだった。
そのためならば多少の無茶も許されるし、たとえ困っている人がいたとしても捨ておいて構わないと言われていた。
「ん?」
そんな迎賓館の裏門を守る二人の兵士は、路地裏から現れた不審人物に目を向ける。
全身をすっぽり隠すローブで身を隠した猫背の不審者は、何やら覚束ない足取りでふらふらと右往左往しながら裏門へとやって来る。
「おい……」
「ああ……」
いかにもな人物の登場に、兵士たちは互いに目配せする。
兵士長から王女誘拐の話を聞いて大概の者はあり得ないと一蹴していたが、迎賓館の警備を任されている以上、万が一に備えなければならない。
それに今日は、住人たちに不必要な外出は控えるように指示が出されているはずだった。それにもかかわらず外出しているということは、それだけでこの人物は疑わしい。
腰に吊るした剣に手をかけ、兵士たちは男の動きに注視する。
兵士たちが警戒する中、千鳥足の不審者はふらふらと危うい足取りで迎賓館の反対側、貴族向けの高級ブティックの前まで辿り着いたところで、
「う、うおおおえええええぇぇっ!」
突然、胃の中の物を盛大に吐き出した。
「うわぁっ…………」
「マジかよ…………」
不審者の醜態に、二人の兵士は揃って顔をしかめる。
夜通し飲んで、朝帰りの途中で限界がきて粗相をしてしまうというのは決して珍しい光景ではないとはいえ、ここは一般人が余り立ち寄らない地区で、さらには賓客を迎え入れることを目的とした迎賓館の前である。
そこで不遜な行為をしようものなら不敬罪で逮捕、投獄なり場合によっては処刑される恐れもあるというのに、目の前のこいつには危機感というものはないのかと思ってしまう。
醜い呻き声をあげ続ける男を前に、兵士二人は顔を見合わせる。
「……どうする?」
「気分は悪いが、とりあえず今はまだ動くべきではないと……思う」
本来であれば、今すぐにでも然るべき場所に連絡して、男を補導してもらうのが筋なのだが、今は自分たちの後ろに控える迎賓館にプリマヴェーラがいるのだ。
この不審者に気を取られている間に、さらなる不審者に迎賓館に侵入されては叶わないと判断してのことだ。
そうこうしている間に、不審者は井の中のものを全てぶちまけたのか「うい~っ、ひっく」と呑気な声を上げながら今度は迎賓館の方へ向かって歩いていく。
今度は何をするつもりだ。と兵士たちが注意深く見ている前で、不審者は迎賓館の壁の前で立ち止まると、何やらもぞもぞと怪しい動きをする。
「おいおい、まさか…………」
最悪の展開を予想する兵士の予想通り、不審者の下腹部から液状のものが放物線を描いて迎賓館の壁に撒かれる。
「おい、そこのお前!」
不審者の常軌を逸した行動に、兵士の一人が流石に止めに入ろうと動く。
「貴様、ここが何処かわかっているのか!」
兵士は駆け寄ると、心地よさそうに粗相を続ける不審者の肩を力強く突き飛ばす。
「このっ、いい加減にするんだ!」
「……へっ? おわっととと……」
肩を突き飛ばされた不審者は、そのままの勢いで回転する。
すると必然的に、
「ひぇっ!? あ、危ないじゃないか!」
間一髪で不審者の粗相の直撃を免れた兵士は、青い顔をしながら怒鳴る。
「も、もう少しでかかるところだったぞ」
「ああ、それはすみませんでした…………」
不審者はぺこぺこと頭を下げながら謝罪すると、自分の物をいそいそとしまってのっそりと立ち上がる。
「あっ……」
そこで兵士は、目の前に立つ不審者が自分より背の高いかなり大柄な人物であることに気付く。
「…………」
だが、そんなこと程度で臆するような訓練は受けていない兵士は、不審者が一挙手一投足に注視し、利き腕を剣に添えながら万が一に備える。
「あの……大丈夫ですか?」
すると不審者は、兵士を指差していきなり訳のわからないことを言い出す。
「……何がだ? 私はどこも問題ない」
「いえ、あなたではなく、あちらの方です」
「何だと?」
そこでようやく不審者が指していたのは、自分ではなく後ろに控える相棒であると気付き、兵士は目の前の人物に注意を払いながら後ろを見た。
「――っ!?」
そこには禿頭の男に口を押えられ、首を掻っ切られてぐったりとしている相棒の姿があった。




