疑惑の帰還
「クソッ……まさか、本当に逃げたのか……」
スワローの街の入口で、ゼゼは苛立ちを隠そうとせずに右往左往していた。
約束の時間である三時の鐘が鳴るまでもう幾ばくもない。既にナルベをはじめとする山賊団の一同は撤収作業を完了し、いつでも逃げ出せるようにしている。
「このままだとヴィオラさんは……」
有無を言わさず殺されてしまうんだぞ。そう口には出さないものの、ヴィオラに対して特別な感情を抱いているゼゼは、いつまでもユリウスが戻ってこないことに気が気でなかった。
「……ゼゼ」
今にもユリウスを探すために飛び出していきそうなゼゼに、ナルベが話しかける。
「頃合いだ。行くぞ」
「で、でも、まだ三時の鐘は……」
「ここまで十分に待った。奴は俺たちを裏切ったんだ。これ以上、ここにいるのは得策ではない」
「そんなまさか、奴がヴィオラさんを見捨てるはずが……」
「そんなことは知らん。それより俺は、自分の部下を守る義務がある。わかるな」
「うっ…………」
ナルベの有無を言わなさない言に、ゼゼは思わず口ごもる。
ここで下手に口答えをしようものなら、ナルベは迷うことなくゼゼも切り捨てて去っていくだろう。
下っ端であるゼゼは、その判断に従うほかなかった。
「…………わかりました」
ゼゼは血が滲むほど唇を噛み締めると、渋々頷いて仲間たちの待つ馬車へと向かう。
まるで幽鬼のように力なく歩を進め、馬車へと手をかけたところで、
「おい、僕を置いていくな」
ゼゼの脇をすり抜け、ユリウスが馬車へと乗り込んだ。
「お、お前、今まで何して……」
「何って……王女誘拐の作戦を成功させるための情報を集めて来たに決まってるだろう」
「お前、俺たちを裏切ったんじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。僕がヴィオラを見捨てるはずないだろう。僕にとってヴィオラの命は、この国の王女より遥かに重い」
「そ、そうか……ハハッ」
ユリウスが戻って来たことが嬉しいのか、ゼゼの目には光るものがあった。
「…………」
しかし、今にも喜びが爆発しそうなゼゼとは対照的に、ユリウスに疑惑の目を向ける者もいた。
「………………何故、戻って来た?」
霧の山賊団団長、ナルベだった。
鋭い双眸に睨まれながらも、ユリウスはどこ吹く風であっけらかんと答える。
「何故だって、その疑問にはそいつに答えただろう?」
「この街の兵士たちに泣きついて、アジトを強襲させて女を救う手だってあったはずだ」
「ハッ、そんなことしたら、お前は死ぬ前にヴィオラを絶対に巻き添えにするだろう」
「…………」
「…………」
ユリウスとナルベはそのまま無言で互いを睨み続ける。
正に一触即発といった張り詰めた空気が二人の間に流れるが、
「あっ、おい。早く馬車を出してくれ」
ユリウスが何かを思い出したかのように声を上げる。
「早くしないとマズイことになる」
「マズイ……だって?」
ナルベが訝し気に眉を顰めると同時に、
「こらああああああああああああああぁぁっ!! 何処に逃げやがった!」
街の中から、大地を切り裂かんばかりの怒声が響き渡る。
その声を聞いて、ユリウスは恐怖で首を竦める。
「ヤバイ、もうすぐそこまで来てる。早く、馬車を出してくれって」
「お前……」
ナルベは腹を抱えて蹲るユリウスの胸倉を掴んで問い質す。
「言え! 一体、何をしたんだ」
「何をって…………あっ!?」
声を上げたユリウスの腹から、ドサドサと音を立てながら複数の何かが落ちる。
それは拳大程の大きさのハムとソーセージ、ベーコンやチーズといった食料だった。
「おいおい、お前、まさか……」
非難の眼差しを向けてくるナルベに、ユリウスは目を背けながら言い訳する。
「いや、その……店主が客と揉めて隙だらけだったからつい…………」
「ついって……これだけの量を盗んでバレないとでも思ったのか?」
「お腹が空いていたんだよ! それより早く逃げないと、王女誘拐をする前にお縄を頂戴することになるけどいいのか?」
「クッ、こいつ…………おい、早く馬車を出せ!」
「へ、へい、お頭」
ナルベの鋭い声に、御者台にいた部下は慌てて馬に鞭を入れる。
乱暴に入れられた鞭に馬は不満を表すように嘶きながらも、急加速してスワローの街から一目散に逃げるように去っていった。




