渡りに船
「………………………………ふぅ、行ったか」
ゼゼの気配が完全にいなくなったのを背中越しに確認したユリウスは、緊張を解いて大きく嘆息する。
ゼゼが袋小路となっている路地に入って来た時は、もう完全に駄目だと思った。
しかし、そんな絶体絶命に陥ったユリウスを助けてくれたのは、意外な人物だった。
「すまない、助かったぞ」
「ヘヘッ、気にするなって」
ユリウスが礼を言うと、小生意気そうな声が得意気に応える。
「しっかし、怪しいのは兄ちゃんじゃなくて、兄ちゃんを追いかけている奴だったんだな」
それはユリウスを怪しいと決めつけていた少年、スレイとその連れのジーマだった。
ユリウスがもう駄目だと観念したその時、後を追いかけてきたスレイが話しかけてきて、ジーマの咄嗟の判断でユリウスを匿ってくれたのだった。
「まさかこんなところに詰所に入る入口があったとはな……」
そう言ってユリウスが見やるのは、自分のすぐ後ろにある大穴だった。
大人一人は楽に通れそうな大穴は、裏口へと続く部屋の扉の脇に開いており、その穴を塞ぐために鉄製のゴミ箱を置いているということだった。
ゼゼが怒りに任せてゴミ箱を思いっきり蹴飛ばした時は、心臓が止まるかと思った。
何故なら鉄製のゴミ箱は、よく見ればこの部屋に入る時に動かした痕が残っており、ゼゼがそれに気付けば、そこから侵入される恐れがあったのだ。
だが、幸いにもゼゼが後ろの穴に気付く様子はなかった。
正に九死に一生を得たユリウスだったが、当然ながら思い浮かんだ疑問を横にいる二人に尋ねてみる。
「しかし、どうして詰所のこんなところに穴が開いているんだ?」
「まあ、それはだな……あれだよ。なあ?」
「あっ、うん……そのお恥ずかしい話なのですが」
ユリウスの疑問に、ジーマが呆れたように肩を竦めながら答える。
「前に酔っぱらって喧嘩した部下を止めようとしたスレイのお父さんが、ガツンと一発派手にぶちかましたら見事に開いてしまったらしいです」
そうして空いてしまった穴を埋めるために外にゴミ箱が置かれ、空いた穴が塞がれるまでは、防犯上の理由から裏口を開けられないように打ち付けているらしい。
ちなみに、これだけ大きな街でも予算は潤沢ではないようで、この穴が塞がれる予定はまだ当分ないのだという。
「…………」
一体どれほどの力で壁を殴れば、これだけの大穴が空くのだろうか?
ユリウスはまだ見ぬスレイの父親に若干の恐れを抱きながらも、結果としてこの穴のお蔭で助かったのだと言い聞かせ、良いように解釈する。
「まあ、その……それはまた豪快な父親だな」
「まあな。俺の父さん、この街の兵士長をやってるからさ」
スレイは照れ臭そうに笑いながらも、誇らしげに胸を張る。
父親が褒められたことが、まるで自分のことのように嬉しいようだった。
しかし、ユリウスの耳は今のスレイの言葉を聞いて気が気でなかった。
(この少年の父親が兵士長だと?)
だとすれば話は早い。
「おい、ええっと、スレイ……だったか?」
「何? っていうか俺、兄ちゃんに名前名乗ったっけ?」
「ああ、それはさっき外でそっちの子が呼んでいたからだ。ちなみにそっちはジーマだろう?」
「はい、合ってます」
「兄ちゃんすげぇな……マジで何者だよ」
「別に大したことではない。それよりスレイ、君の父親は、本当にこの街の兵士長なのか?」
「ほ、本当だよ。ちなみにジーマの父ちゃんは、副兵士長だ」
「それは僥倖だ。それじゃあ、すまないが二人に頼みがある」
「「???」」
顔を見合わせて疑問符を浮かべる二人に、ユリウスは憲兵隊長に取り成してもらえるように頼み込んだ。




