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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
25/169

逃げられた先で

「クソッ、クソクソクソがぁ!」


 ユリウスに逃げられたゼゼは、悪態を吐きながら必死の形相で駆けていた。

 背が小さく、これといった特技もないゼゼは、山賊団のお荷物として皆から馬鹿にされ続けていた。

 しかし今日、ユリウスと背丈が近いという理由で、初めてナルベから直々に命令を受けられたのだ。 ゼゼとしては、ここで立派に使命をこなし、山賊団内での地位を少しでも上げ、夜の宴でもっとおいしい思いをしたいと思っていた。

 だが、ちょっとした隙を突かれ、ユリウスに逃げられてしまった。

 このまま逃げられでもしたら、ただでさえ影の薄いゼゼは霧の山賊団にいられなくなってしまうかもしれない。

 それの意味するところは、ゼゼにとっては死にも等しいことだった。


「クソが……あいつ、見つけたらただじゃおかないからな!」


 苛立ちを紛らわすために大声で叫びたかったが、ナルベからなるべく目立った行動はするなと厳命されているので、その声はかなり控えめだった。

 だがそれでも、ゼゼに追い抜かれた人は眉を顰め、何人かは驚いてゼゼから逃げるように距離を置いた。


「…………しかし、あいつ、どこに行ったんだ?」


 プリマヴェーラがいた広場の人ごみをようやく抜け、ユリウスを探してあちこちを回っているが、それらしい人影すら見つけられずにいた。

 本当なら何としても自力でユリウスを探し出し、今回のミスをチャラにしたいところだったが、残念ながらゼゼの頭ではユリウスには到底及ばず、見つけられそうになかった。

 ユリウスが完全に消えてしまうことだけは避けなければならない。悔しいがここは恥を忍んでナルベに指示を仰ごうと思ったゼゼは、事前にナルベに聞いていた集合場所へと向かう。


 相も変わらず多い人込みに辟易しながら兵士の詰所前までやって来たゼゼは、人々の喧騒から隠れるように黒いフードを被って建物の陰に潜んでいるナルベへと近づく。


「あ、あの…………」


 声をかけようとしたところで、ゼゼはナルベが何やら真剣な表情で一点を凝視しているのを見て、思わず声をかけようか迷う。

 ナルベの視線の先を追ってみたが、広場には多くの人が集まっているので、ナルベが誰を見ているのかはわからなかった。


「…………」


 霧の山賊団の中でヒエラルキー最下層にいるゼゼにとって今のナルベに話しかけるのはかなり憚れるが、時は一刻を争うと思い切って話しかけることにする。


「あ、あの……ナルベさん?」

「逃げられたのか?」

「――っ、は、はい。すみませんでした!」


 報告するより早くナルベに状況を見抜かれ、ゼゼは平身低頭で謝罪しながらこれまでの経緯を説明した。



「そうか……」


 ゼゼから状況を聞いたナルベは、やれやれと小さく嘆息する。


「とにかく、別れた時にどうするかを事前に決めておいたことはよくやった」

「はい、ありがとうございます!」

「だが、問題は王子様がその約束を守るかどうかだな」

「それは……で、ですが奴が逃げる前に必ず見つけてみせますから」

「当然だ。だが、最悪のことを考えねばなるまい」


 そう言うと、ナルベはゼゼに今後の方針を伝える。


「とにかくお前は約束の三時の鐘が鳴るまで王子様を探せ。それまでに合流場所に王子様が現れなければ早急に全員で撤収する」

「えっ、あのガキをみすみす逃がすんですかい?」

「そうだ。それで帰った後は、アジトの全てを放棄して逃げるぞ」

「そこまでやるんですか!?」

「当然だ。王子様が逃げることは俺たちの敵になるということだ」

「そ、そうか、奴は俺たちのアジトを知っているから……」

「一刻も早く逃げなければ、兵士共がなだれ込んでくるだろうな」


 裏切り者が出るという意味を改めて突き付けられ、ゼゼは愕然となる。


「と、ところでその場合、ヴィオラさんは?」

「あいつの女か? 当然、殺すことになる」

「そ、そんな……それに、ヴィオラさんを殺すなんて……」

「なんだお前、あんな壊れた女なんかを気にするのか?」


 ナルベは「フン」と鼻を鳴らすと、ゼゼに忠告する。


「あの女だけはやめとけ。あいつは王子様がいなければ生きていけなくなっている。王子様が逃げたとわかった途端、すぐにでも自ら命を断っちまうだろうな」

「…………だったら何としても奴を見つけてみせます」


 ナルベの忠告には耳を貸さず、ゼゼは一言だけ告げて駆け出そうとすると、


「きゃああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっ!!」

「――っ!?」


 女性の悲鳴と何かが崩れる大きな音がして、驚いたゼゼは反射的に音のした方を見やる。


「な、何だ……」


 ゼゼの視界に、もうもうと立ち込める白い粉と、混乱して入り乱れる街の人たちが映る。


「まさか、奴が仕掛けたのか?」

「…………どうかな。今のところこれといった動きはないようだ」

「えっ?」


 ゼゼが驚いてナルベを見ると、ナルベは今の混乱には全く目もくれず、詰所の入口をジッと見つめていた。


「この事態を王子様が引き起こしたのなら、間違いなくこのタイミングで詰所に駆け込むと思ったが、そういう奴は今のところいないようだ」

「じゃあ、あの事故は偶然だと?」

「ああ、欲張りな商人が過剰に荷物を積んでいたとなれば、可能性は十分にある」


 だけど油断はするなよ。とナルベに釘を刺され、ゼゼはおとなしくその指示に従う。

 万が一ユリウスがこの場に現れるようなら、何としても捕まえて見せると目を皿のようにして辺りを注視し、周りの音に耳を傾ける。


 すると、


「やいやいやい怪しい奴め。このまま逃げられると思うなよ!」


 何やら子供の怒声が聞こえ、ゼゼはハッと顔を上げる。

 さらに、


「おい、待て。逃げるな。怪しい奴め!」

「ナルベさん!」


 子供の声に何か確信めいたものを感じたゼゼは、ナルベに指示を仰ぐ。

 ナルベも同じ考えに至ったのか、ゼゼに頷くと肩を抱き寄せて耳元で囁く。


「ああ、行って確認してこい。ただし、走るなよ?」

「えっ、でも……」

「ここで走ったら、目立って兵士たちに目をつけられる。だから歩いていって、この先の木箱で隠された先の路地を確認するんだ」

「えっ、木箱……の先にある路地ですか?」

「ああ、詰所の裏口に繋がる路地なんだが、どういうわけか詰所に入る入口が封鎖されてて入れなくなっている。王子様がいるとすれば、間違いなくそこだ」

「…………わかりました。確認して来ます」


 ゼゼは力強く頷くと、騒ぎを聞きつけて詰所から飛び出して来た兵士たちに怪しまれぬよう、なるべく平静を装って急ぎ足で詰所の脇を抜けていった。

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