癒しの力
「……では、早速、治療を始めたいと思います」
民衆と十二分に触れ合ったのか、プリマヴェーラが声を上げると、母親に付き添われるかたちで一人の成人男性が舞台へと上がる。
男性は足を痛めているのか、母親に支えられながらゆっくりとした足取りでプリマヴェーラの前へと出ると、用意された椅子に座る。
男性が椅子に座ると、母親と思われる女性が涙声でプリマヴェーラに縋りつく。
「ああ、聖女様お願いです。息子をどうか助けて下さい」
「お母さま、どうか落ち着いて。この足はどうされたのですか?」
プリマヴェーラが男性に尋ねると、男性は両手の人差し指をもじもじと合わせながら、恥ずかしそうにつぶやく。
「はい、私どもは牛を飼っているのですが、雨でぬかるんだ地面に足を取られて転んだ牛に巻き込まれてしまったのです。全く、ドジな話で申し訳ないのですが……」
「違うんです! これには理由があるんです」
恥ずかしそうに顔を伏せる男性に代わり、母親が前へ出て説明する。
「この子ったら、転んだ牛の下敷きになりそうになった私を庇って怪我をしたんです」
「まあ、そんな立派な理由でしたら、恥ずかしがることなんてありませんのに……」
「そうなんです。父親に先立たれ、この子がいないと私共の生活は成り立たないんです。ですから、どうか……どうか……」
最後の方は声にならないのか、何度も「どうかお願いします」と懇願する母親に、
「わかりました。お任せ下さい」
プリマヴェーラは親子に向かって微笑を浮かべると、右手の薬指に嵌められた指輪にそっと口づけをする。
すると、プリマヴェーラの指に嵌められた指輪が緑色に輝き出し、それを見ていた民衆たちが「おおっ!」という驚嘆の声を上げる。
「さあ、足を出して下さい」
プリマヴェーラが指輪をそっと男性の足へと近付けると、指輪の光が男性へと移り、患部と思われる足を優しい光で包む。
緑色の光は男性の足の周りを暫くくるくると回っていたが、やがて蝋燭が燃え尽きるかのようにフッ、と消えてしまった。
それを見てプリマヴェーラは満足そうに頷くと、男性へと手を差し伸べる。
「さあ、もう大丈夫です。立ってみて下さい」
「えっ、でも……」
「ほら、勇気を出して。わたくしが力をお貸ししますから」
「は、はい……わかりました」
プリマヴェーラの絹のような柔らかそうな手におずおずと手を伸ばしながら、男性がゆっくりとした所作で立ち上がる。
「………………………………あれ?」
そこで男性が自分の体の異変に気付き、声を上げる。
「う、嘘だろ?」
男性は自分の足で立ち上がると、信じられないといった様子で一歩、二歩と歩き、その場で何度かジャンプしてみせる。
「ぜ、全然痛くない。本当に治っちまった……」
「ほ、本当かい?」
「ああ、本当だよ。おっ母には心配かけたけど、明日からまた仕事に戻れるよ」
「ああ、ああ……聖女様。ありがとうございます」
母と子は互いに抱き合って喜び合うと、プリマヴェーラに向かって何度も頭を下げて礼を言う。
そんな親子に、プリマヴェーラは軽くかぶりを振って微笑む。
「いいえ、わたくしは王女として当然のことをしたまでですよ」
「で、ですが……こんな何もない私たちのために……」
「そんなことなありません。皆様はわたくしの大事な家族です。ですから、何もないなんて悲しいこと言わないでください」
「プリマヴェーラ様……」
「フフフ、どうかこれからも親子仲良く過ごして下さいね」
「は、はい……ありがとうございます」
「俺たち、一生プリマヴェーラ様についていきます」
母と子は改めてお礼の言葉を口にすると、何度も頭を上げて舞台から降りていった。




