偽装結婚
「はっ、はあああああああああああああああああああああああっ!?」
プリマヴェーラの衝撃発言に、玉座の間に驚愕の声が響く。
しかし、その声を出したのは、ユリウスでも大臣でも、ましてやミグラテール国王夫婦でもなかった。
声の主は、玉座の間の左側に居座る兵士たちの中にいるセシルだった。
「なっ、ななっ、ななな……」
壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返していたセシルは、周りを押し退けてずかずかと歩いて赤く赤面した顔でユリウスへと詰め寄る。
「ちょっとユリウス。あんたいつの間に姫様とそんな関係になっていたのよ!」
「何って……僕にも一体なんのことだが……」
ユリウスは困惑した面持ちのまま、べったりとくっついているプリマヴェーラに周りに聞こえないように囁くように尋ねる。
「プリム。もしかして、これが君の言っていた僕を守る案なのか?」
「はい、この裁判は、貴族でないユリウス様を何としても負い出すために仕組まれたものですから、ユリウス様をわたくしの婚約者にして王族にしてしまおうと思ったのです」
「…………」
夢見る少女特有のキラキラした眼差しで言われ、ユリウスはうんざりしたように顔をしかめる。
「そ、そんなことで結婚なんて、認められるわけないです!」
プリマヴェーラの言葉に、セシルは顔を赤くさせたり、青くさせたりしながら異論を唱える。
「だ、大体、結婚は互いに想い合ってこそ成り立つものです。そんな一方的な考えで結婚なんて……結婚なんて」
「……フッ、セシルさんって案外お子様なんですね」
セシルの貞操観念に、プリマヴェーラは口元を手で隠すようにして笑う。
「わたくしは王族ですので、結婚は政治的に行うものです。そこに愛なんて必要ないんです。尤も、わたくしはユリウス様を愛していますけどね」
「あ、愛してって……」
「本気です。だからこそ、命を賭けてユリウス様を守るために妻となる道を選ぶのです」
「へ、へぇ……そう…………なんだ」
本気のプリマヴェーラに圧倒されたセシルは、ぐぎぎぎ、と錆びついた扉のような動きで首を巡らせてユリウスへと問いかける。
「それで……ユリウス。あんたはどうなのよ?」
「どうって……どうして僕が君にその問いに答える必要があるんだ?」
「うっ、そ、それは……」
問い詰めるつもりが、逆にユリウスに理由を問われたセシルは、視線を右往左往させ続け、最後にミグラテール王妃に辿り着く。
「お、王妃様はプリマヴェーラ様がユリウスと結婚することに賛成なんですか?」
「……そうね。悪くない考えかもね」
「そ、そんな……」
まさかの親子公認の関係だとは思わず、セシルは眼前が真っ暗闇に包まれてしまったかのような衝撃を受ける。
だが、ミグラテール王妃の見解は、セシルたちとは少し違っていた。
「まあ、聞きなさい」
ミグラテール王妃はユリウスたちを引き寄せると、三人だけに聞こえるように声を潜めて話す。
「実は、この数日の間に国内で結構重大な事件があったの」
「重大な事件……ですが?」
視力が失われていたのと、塔に幽閉されていたのでここ最近の情勢に疎いユリウスは、物騒な話に眉を顰める。
「……一体、何があったのですか?」
「とある人物の暗殺未遂事件があったのよ」
「ほ、本当ですか!?」
思ったより重大な事件に、ユリウスは驚きに目を見開く。
「そ、それで……誰が命を狙われたのですか?」
「…………それはね」
ミグラテール王妃はゆっくりと右手を持ち上げると、該当人物の胸元を指差す。
「君よ、ユリウス君」
「僕が?」
「嘘…………」
「嘘じゃないわ。確かな情報よ」
まさかの答えに、信じられないと驚くユリウスとセシルに、ミグラテール王妃はここ数日の出来事を話す。
ミグラテール王妃は、かつては戦士として戦場に立ったこともある歴戦の猛者で、内政を司る夫を支えるために国内の治安維持を担っているという。
特にここ最近は、ラパン王国で起きた戦闘で軍が疲弊しているため、外国からの干渉が増えて仕事が山積しているという。
「そんなある時、ユリウス君のお姉さんからある報告が上がって来たの」
「ヴィオラ……姉さんから?」
「ええ、あなたの食事に毒が盛られていたってね」
「――っ!?」
全くの寝耳に水の話に、ユリウスは言葉を失う。
思わず固まるユリウスを見て、ミグラテール王妃は「愛されているのね」とヴィオラの気遣いを慮って微笑を浮かべる。
「報告が上がっているだけでも毒殺が三回、直接危害を加えようとしたのが四回あったそうよ」
ミグラテール王妃がその事実を知ったのは、ユリウスを襲おうとした敵をヴィオラが返り討ちにし、その死体を持ち込んだからだそうだ。
「片手で暗殺者を圧倒するなんて……彼女、凄いわね」
「…………僕も驚いています」
ユリウスのあずかり知らないとことで毒殺を防ぎ、刺客を排除していたにも拘らず、そんなことはおくびにも出さずに、健気に尽くしてくれているヴィオラには本当に頭が上がらないと思う。
立場上、玉座の間には入っていないが、すぐ外で待っていてくれているだろうヴィオラを想い、ユリウスは彼女へ心の中で深く感謝する。
だが、それでもどうしてもわからないことがある。
ユリウスはミグラテール王妃へと湧いた疑問をぶつけてみる。
「それで、一体誰が僕を亡き者にしようとしたんですか? 何のために?」
「残念だけど、それはわからないわ。ただ、外部からの入れ知恵があり、それに感化された人間がいるということだけは確かよ」
そう言ってミグラテール王妃は、この場にいる人間をぐるりと見渡す。
どうやら彼女は、この中にユリウス暗殺を企てた人物がいると見ている様だった。
だが、確固たる証拠がない今は犯人を追及するつもりはないのか、ミグラテール王妃は肩を竦めながらユリウスに向き直る。
「……とまあ、そんなわけで君がプリムと婚約するのは決して悪いことではないわ。そうなればあなたは王族と同じ立場になるから、少なくとも国内の人間は事を起こし辛くなるわ」
「確かに……いつまでも姉さんに負担をかけるわけにもいきませんしね」
「そうね。それに実際に結婚するかどうかは情勢が落ち着いてから決めればいいわ。とりあえず今は形だけの婚約者になりなさい。あなたもそれなら納得でしょ?」
「えっ、あ、あの……わ、私はその……はい…………」
突然話を振られたセシルは、百面相しながらもしどろもどろに頷く。
「正直、ユリウスがそんなことになっていた何て全然知らなかったし……そう言った意味では、嘘の婚約も悪くないと思うわ」
「そうか……」
ミグラテール王妃たちの提案に、ユリウスはおとがいに手を当てて考える。
プリマヴェーラから聞いた話では、ユリウスは国外追放するというのが有力だということだった。そして、追放されたユリウスを捕らえ、自分の手駒へとするのがレオンの計画だと思われた。
だが、ここに来てユリウスを亡き者にするという派閥があるのもわかった。言うまでもなく、ユリウスの処刑を訴えていた大臣もその一派であろうが、こちらはより積極的命を狙いに来ているということだった。
こちらの目的は不明だが、このまま何も手を打たないでいると碌なことにならないのは目に見えている。
どちらにしても早いうちに手を打つ必要があるだろうが、その前に最低限の自衛はしておくべきだろうとユリウスは考える。
だが、その前にもう一つ気掛かりなことがあるので、ユリウスはミグラテール王へと尋ねる。
「あの、婚約の件は非常にありがたいのですが……その、いいんですか?」
「何かしら?」
「国王様のことです。いきなりこんな話になって許可なんて得られるのですか?」
「ああ、それなら大丈夫よ」
ミグラテール王妃は片手を振りながら唇の端を吊り上げてニヒルに笑う。
「あの人、そういった決断は一切できないから、こっちで勝手に決めるだけよ」
「…………なるほど」
そう言われたミグラテール王の様子を見てみると、追い詰められ、全てを諦めた人のように虚空を見つめたまま微動だにしていなかった。
ついでに、同じようにショックを受けたのか、大臣も全く同じ顔をして固まっていた。
どうやらプリマヴェーラと婚約を結ぶという行為は、一定の成果を得ることができそうだった。
「……わかりました。この話受けさせてもらいます」
「わかったわ。それじゃあ、あなたは今から私の息子よ」
ミグラテール王妃は大きく頷くと、ユリウスを抱き寄せて嬉しそうに頬擦りした。
「……あの、わたくしは本当に結婚しても構いませんよ?」
その横でプリマヴェーラが挙手しながらそんなことを言っていたが、まだ本格的に身を固めるつもりはないユリウスは、とりあえず無視しておいた。
多分、そうしておいた方が色々と面倒なことにならずに済みそうだからだ。
(……ヴィオラに何て言おうかな)
先ずは、自分に仕えてくれる最愛の家族であるヴィオラをどうやって納得させようかとユリウスは頭を悩ませるのであった。




