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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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決める王妃と決められない王。そして王女は……

 暫くの間、ミグラテール王妃の胸の中で泣き続けたユリウスは、泣き止んでから離れる時には、誰が見てもわかるくらい赤面していた。


 おずおずと逃げるように身を引くユリウスに、ミグラテール王妃が心底残念そうに手をわきわきさせながら話す。


「あら、もういいの?」

「だ、大丈夫です。その……お見苦しいところ……」

「いいのよ。あなたはまだ子供なんだから、多少甘えたって誰も咎めないわよ。何なら、もう一度抱きしめてあげましょうか?」

「……いえ、大丈夫です」


 両手を広げ、笑顔で構えるミグラテール王妃の提案を、ユリウスはやんわりと断って距離を取ると「ふぅ……」と大きく息を吐く。


 ミグラテール王妃の提案に、そう簡単に頷くわけにはいかなかった。

 王妃の提案に乗ってしまえば、かつて自分が失ってしまった親の愛情という甘いひと時を得られるだろう。だが、それを手に入れてしまうということは、本当の自分の両親を裏切るのと同意ではないかと、今の自分を形作っているものが壊れてしまうのではないかと思うからだった。

 何度か深呼吸を繰り返し、どうにか落ち着きを取り戻したユリウスは、再び王妃へと向き直る。


「それで、先程の話ですが……」

「ファルコの後継者になる話ね。私は賛成だけど……」


 ミグラテール王妃は周りを見渡しながらこの場にいる全員に尋ねる。


「一応聞くけど、誰か反対する者はいるのかしら?」

「…………お言葉ですが、私は反対します」


 すると、ユリウスの処刑を訴えていた大臣が手を上げる。


「その男がファルコ様の後釜につくとなると、内部からかなりの反発が得られると思います。反発して軍を離脱する者が後を絶たない可能性があります」

「そうなの?」


 そう言ってミグラテール王妃が尋ねるのは、軍に所属する兵士たちだ。


「…………どうする?」

「どうするって…………」


 尋ねられた兵士たちは互いに顔を見合わせて、どう答えるものかと小声で相談し合う。

 だが、ここで自分たちの意見を言わないと、一生後悔すると思ったのか、


「あ、あの……私は反対です」


 一人の兵士が勇気を出して手を上げる。


「その者は、平然と敵兵を拷問にかけます。ファルコ様の代わりになるなら、最低でも卑劣な行いを今後一切しないと誓うぐらいのことをしてもらわないと認められません」

「確かに、ファルコ様の後継者を名乗るなら、清廉潔白な者でないと……」

「我々はファルコ様の崇高な考えに賛同して集まったのだから当然だな」


 一人の反対意見に対し、他の兵士からも次々と賛同する声が上がる。

 ここにいる者たちは、殆どがファルコの人柄に惚れて集められた者たちなので、清く正しい騎士道精神を重んじる者が多いのだった。


「なるほど…………ね」


 兵士たちの意見を聞いたミグラテール王妃は何度も頷くと、ユリウスへと向き直って尋ねる。


「というわけだけど、君はどうするつもり?」

「僕は……」


 挑むように薄く笑っているミグラテール王妃に対し、ユリウスは若干ながら光彩を取り戻した目で真っ直ぐ射貫く。


「僕は、考えを変えるつもりはありません」

「それは、これからも必要があれば、敵兵を拷問するってこと?」

「はい、必要であるなら……」


 ユリウスがはっきりと頷くと、周りの空気が明らかに剣呑なものに変わる。

 だが、周りの批判的な視線に晒されても、今度のユリウスは臆することなく自分の意見を告げる。


「確かにファルコは光の王子と呼ばれるに相応しい清廉潔白な男でした。ですが、僕はファルコではないですし、ファルコになるつもりもない。それに……」

「それに?」

「それに…………」


 そこでユリウスは一瞬だけ逡巡したように視線を逸らすが、ここで逃げるわけにはいかないと、勇気を出して話す。


「ファルコたちが理想とする騎士道精神を重んじる戦い方は、今の戦争では全く役に立たないでしょう」

「何だと!?」

「我々を愚弄するのか!?」


 今まで自分たちがやって来たことを全否定するユリウスの言葉に、怒りを露わにした一部の兵士たちが一斉に立ち上がる。

 今にも飛びかかってきそうな兵士たちを前に、ユリウスは真っ向から挑む。


「あなたたちは、ラパン王国で何を見て来たのだ?」


 騎士道精神の欠片も持ち合わせていないリーアン王国の侵攻により、ラパン王国は壊滅的な打撃を受け、無垢な民たちは悉く蹂躙された。

 ラパン王国軍は、決して腑抜けていたわけでも、怠けていたわけでもない。彼等もまた騎士道精神を重んじ、民を守るために命を賭けて戦った。

 だが、紋章兵器マグナ・スレストという強大な力を前に正々堂々と戦うという策は愚策でしかなく、合計三つの紋章兵器を前にいたずらに被害を増やし最後は王まで失うことになった。


「あの現状を見ても、あなたたちは自分たちの戦いを貫こうとするのか?」

「だが、最後に我々は勝った。正義は必ず勝つのだ」


 滔々と語るユリウスに反論する声が上がるが、


「……何を勘違いしているのか知りませんが、我々が勝てたのは幸運に幸運が重なっただけに過ぎないですよ」


 ユリウスはかぶりを振って、兵士の考えをすぐさま否定する。


「それに忘れていませんか? あれは僕が敵兵を拷問して情報を得て、僕の紋章兵器を使うことを前提にして立てた作戦が功を奏したからです。あなたたちの活躍を否定するつもりはありませんが、それだけで勝つことは絶対に不可能でしたよ」

「クッ…………」


 それについては異論ないのか、兵士は歯噛みしながらそれ以上の追求はしてこなかった。




「……これは、決まりみたいね」


 すると、ことの成り行きを見守っていたミグラテール王妃が柏手を打って結論を出す。


「ユリウス君をファルコの後継者として軍の総大将として任命するわ」

「お、王妃様、いくら何でも横暴すぎます。それでは軍を離脱する者が多数出ると仰っているではありませんか!」


 ミグラテール王妃の決定に、大臣が慌てて止めようとするが、


「あら、辞めたければ辞めればいいじゃない。上の言うことを聞けない兵士なんか最初からいらないわ」


 大臣の意見を、ミグラテール王妃はあっさりと切って捨てる。

 人材の流出を何とも思っていないミグラテール王妃の言葉に、大臣は顔を青くさせると、今度はミグラテール王に擦り寄る。


「…………お、王もそれでいいのですか?」

「えっ、そ、そうだな……」


 突然話を振られたミグラテール王はどうしたものかと視線を彷徨わせるが、妻であるミグラテール王妃と目線が合うと、気まずそうに視線を逸らし冷や汗を流す。


 そして、出てきた言葉は、


「わ、私は王妃の意見を尊重するよ……うん」


 ラパン王国に派兵する会議の場でも一言も発しなかったミグラテール王らしい、実に日和見的な意見であった。

 ファルコの決断できない性格の要因は、彼にあるのかもしれなかった。


「わ、我が王…………」


 大臣も思い当たる節があるのか、頭痛に耐えるように頭を押さえながらかぶりを振る。



 国のトップ二人の結論に、流石の大臣も矛を収めると思われたが、


「お、お二方が認めても、私は認めませんぞ!」


 口角から泡を飛ばしながらまだ反論する。


「こ、こんなどこぞの馬の骨とも知らぬ余所者に我が軍を任せるなど……これは明らかな国家乗っ取りです!」


 王族の説得は無理と諦めたのか、大臣は今度は玉座の右側、兵士たちと向かい合うように座っていた諸侯の貴族たちへと話しかける。


「皆さんもいいのですか? 代々、王家が率いて来たミグラテール王国軍をこんな若僧に任せるなど……こんな貴族ですらない流浪の者に任せていいのですか?」


 どうやら大臣は貴族絶対優位主義のようで、貴族でない者、特に王族でない者が軍を統括することを嫌っている様だった。

 言っていることは滅茶苦茶だったが「このままでは貴族の権利が奪われる可能性がある」という言葉には少なからず賛同する意見があった。


「……とにかく、いくら何でもこの場で結論を出すのは早計だと思うのです」


 一定の賛同を得られた大臣は、どうにかこの場を切り上げて話を後日に伸ばそうとしていた。

 そうなれば、ありとあらゆる手を使ってユリウスを亡き者にし、自分たち貴族の中に異物が入るという不名誉な事態を避けてみせると意気込んでいた。



 しかし、


「あの、一つよろしいでしょうか?」


 この場を絞めようとする大臣に意見する者が現れる。

 それは、ユリウスを救うと言っておきながらこれまで何もできていなかったプリマヴェーラだった。

 聖女らしく穏やかな微笑を浮かべたプリマヴェーラは、悠然とユリウスへと歩み寄って隣に寄り添うと、大臣に向かって話しかける。


「どうやらユリウス様が貴族でないのに……王族でないのに軍部を統括することを忌避しているようですが、それなら問題ありませんわ」

「ど、どういうことですかな?」

「ええ、それはこういうことです」


 プリマヴェーラはユリウスの腕へと自分の腕を絡めると、とんでもないことを言い出す。


「だってユリウス様は、わたくしの夫となるのですから」

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