託された想い
バラバラに砕かれた王冠を前に仁王立ちするミグラテール王妃を前に、誰もが開いた口が塞がらない様子で呆然と立ち尽くしていた。
それは罵声が止み、おそるおそる顔を上げたユリウスも同様で、先程の怒声がファルコたちの母親であるミグラテール王妃が発したものとは思えなかったのだ。
これまでのファルコやプリマヴェーラの証言、そして、ファルコが死んだと聞いた時に寝込んでしまったという話から、ミグラテール王妃は奥手で気弱な女性とばかり思っていた。
だが、頭を抱えて項垂れているミグラテール王と、苦笑しているプリマヴェーラの様子から、今の姿が本当のミグラテール王妃の姿なのかもしれなかった。
それに、これまで何度か見て来たミグラテール王は、どちらかというとファルコと同じ自分では決断できない頼りの無い印象を受ける人物であった。
ならばファルコと違い、活動的なプリマヴェーラやレオンといった血筋は何処から来たのかと言えば……その答えは目の前にあるようだった。
「……やれやれ、ようやく静かになったか」
ミグラテール王妃は自分が叩きつけて壊した王冠を足で蹴飛ばしてどかすと、コツコツと足音を立てながら歩いて落ちている光る物を拾う。
「お、王妃様?」
ミグラテール王妃の突然の凶行に、いち早く立ち直った大臣が狼狽しながら彼女へと話しかけるが、
「邪魔よ。どきなさい」
「は、はい……」
鋭い眼光で睨まれ、おとなしく引き下がる。
大臣を押し退けたミグラテール王妃は全員を見渡すと、大袈裟にかぶりを振って嘆息する。
「……全く、たった一人、それも子供相手に大の大人が寄ってたかって処刑しろとか、追放しろとか、そんな弱者をいたぶるような行為が立派な騎士道精神なの?」
その言葉に、ユリウスを罵っていた者たちが揃って気まずそうに視線を逸らす。
周りに乗せられて勢いで罵っていたが、第三者から自分たちの行為を指摘され、自分たちの行為がいかに愚かであったかを思い知ったのだった。
「覚えておくといいわ。そうやって複数でたった一人を身勝手に攻撃するような奴を、卑怯者と言うのよ」
打ちのめされた者たちに対し、留めの一言を加えたミグラテール王妃は「フン」と鼻で笑って顔を背けると、地面に伏したままのユリウスへと手を差し伸べる。
「ほら、災難だったわね。立てるかしら?」
「あっ、はい……ありがとう…………ございます」
ユリウスが差し出された手を握ると、思った以上の強い力で引かれてあっという間に立ち上がることができる。
「フフッ、驚いたかしら?」
「えっ、あ……はい」
「そう……そうよね」
目を丸くして頷くユリウスに、ミグラテール王妃は片目を瞑っていたずらっぽく笑って見せる。
「ごめんなさいね。私はこんな性格だから普段はできるだけ表に出ないようにしているんだけど、今回はあの人に無理言って裁判に出席させてもらったの」
そう言って顎で示す先は、疲れたように玉座に背中に預けているミグラテール王だ。
「ファルコの最期を見たというあなたの話を聞かせてもらおうと思ってね」
「そう……ですか」
母親だけあってファルコの面影があるミグラテール王妃に至近距離から直視され、ユリウスは動悸が早くなるのを自覚しながら話しかける。
「実は僕も……王妃様にお話があります」
「それは、これについてかしら?」
そう言ってミグラテール王妃は、手の中にあるキラリと光る物をユリウスへと見せる。
それは、ユリウスが先程取り落としたファルコから預かった薄汚れた銀色の指輪だった。
「そうです。ああ、よかった……」
指輪を見たユリウスは、心底安堵したように嘆息しながらミグラテール王妃から指輪を受け取ると、大事そうに胸に抱える。
「これはファルコ…………様から預かった大切な指輪なんです」
「別にファルコと呼び捨てて構わないわ。普段からそう呼んでいたのでしょう?」
「はい、それでは失礼して……」
ユリウスは「コホン」と咳払いを一つしてから指輪を再びミグラテール王妃へと返す。
「王妃様、これをあなたにお返しするようにファルコから仰せつかいました」
「そう……あの子はこれについて何と?」
「この指輪は、王妃様が生家を出る時に持たされた指輪だと……王妃様に渡せば、ファルコの遺志を汲み取ってくれると」
「…………そう」
ユリウスから再び指輪を受け取ったミグラテール王妃は、ファルコよりやや釣り目の眦を下げ、悲しそうに目を伏せる。
「……あの子は、こうなることがわかっていたのかしらね?」
「それはないです!」
ミグラテール王妃の言葉を、ユリウスは強く否定する。
「あいつは……ファルコはあんなところで死ぬはずじゃなかったんです。でも、僕の所為で……僕が弱かったからあいつは……」
「君は……」
「ファルコが死んだ原因は間違いなく僕にあります。そのことについて何を言われても仕方がありません。ですが、ファルコは最期に僕に自分が果たせなかった夢を叶えて欲しいと言ったんです。こんなどうしようもない僕ですが、ファルコの最後の願いだけは叶えてやりたい。だから……」
「あの子の後継者になると名乗り出たのね?」
「………………はい」
ユリウスは力なく頷くと、力なく肩を落とす。
ユリウスがファルコの後継者になる。それがファルコの願いだとしても、それに全員が応えるかどうかは別問題だ。
無理強いをすれば、リーアン王国と同じ末路を辿るようになるのは目に見えているので、こればかりはユリウス自身が認めてもらわなければならないことだった。
しかし、ユリウスのそんな願いは誰にも届かず、苦楽を共にしたはずの仲間たちに否定されてしまった。
ミグラテール王妃の言葉で罵倒は止んだが、この状況からユリウスを再びファルコの後継者として認めさせることは難しいと思われた。
だが、
「わかったわ。ユリウス君、あなたをファルコの後継者として認めるわ」
そんな場の空気を全て無視して、ミグラテール王妃があっさりと結論を出す。
そのとんでも発言に、誰よりも驚いたのはユリウスだった。
「えっ、で、ですが王妃様……」
「いいのよ。これを見た時から決めていたの」
そう言ってミグラテール王妃見やるのは、ユリウスが渡した指輪だった。
「これはね。私が生家から持たされた指輪じゃないの。ミグラテール王国の第一継承者が持つ王家の指輪なの」
「えっ……」
思わぬ言葉に、ユリウスの顔が硬直する。
そんな大切な指輪だとは、ファルコは一言も言っていなかった。
「えっ、でも……そ、そんな……」
「驚いた? あの子がそう言ったのは、あなたに余計な負担をかけたくなかったからだと思うわ」
ミグラテール王妃は、王家の指輪を愛おしそうに優しく撫でながら指輪について話す。
「あの子がラパン王国に行く時にね。私にあるお願いをして来たの」
「お願い……ですか?」
「ええ、自分に何かあった時は、この指輪を最も信用できる者に託すから、その者を手助けして欲しいとね」
「――っ!?」
「ええ、そう……つまりはユリウス君。あなたのことよ」
ミグラテール王妃は慈悲深い微笑みを浮かべると、ユリウスの頭を抱き寄せて優しく撫でる。
「ありがとう。この指輪を私に届けてくれて……あの子の願いを引き受けてくれて感謝しているわ」
「…………うっ、ううっ……」
抱き寄せられたユリウスの目から涙が溢れ出す。
「うう、うわああああああああああああああああああああああっ……」
もう泣かないと決めたはずだったのに、次から次へと流れてくる涙を止めることができず、ユリウスは声を上げて泣き出した。
「…………ありがとう。辛かったね」
ミグラテール王妃はむせび泣くユリウスの頭を優しく撫でながら、自分の目からも溢れてきた涙を拭った。




