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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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二つの願い

「実はわたくし、人間が大嫌いなんです」


 そう言って自嘲気味に笑ったプリマヴェーラは、窓の外に視線を向けて自分の想いを吐露する。


「と、言いましても、別に生まれた時から人嫌いだったという訳ではありません」


 幼少のプリマヴェーラは、それこそ光の王子と呼ばれ、民から慕われていたファルコを尊敬し、彼の背中ばかり追いかけていた純粋無垢な少女であったという。

 その愛らしい容姿も相まって、誰からも愛され、すくすくと健やかに育ったプリマヴェーラの生活に変化が訪れるのは、彼女が紋章兵器マグナ・スレストを手にしてからだった。


 エレオスリングを身に付けるようになってからプリマヴェーラの周りには、毎日数え切れないほどの人が訪れるようになった。

 怪我や病気に苦しむ民は勿論のこと、地方の領主から国の重鎮、果ては遠い異国の国王まで、次々とプリマヴェーラを尋ねて来た。

 その誰もが、エレオスリングの傷を癒す能力を頼りにしており、プリマヴェーラもまた手にしたばかりの力を試してみたくて、喜んで周りの期待に応えていった。


 だが、紋章兵器を手にしたばかりのプリマヴェーラは、力の使い過ぎによる反動で血を吐いて倒れてしまう。

 数日間生死の境を彷徨うほど苦しんだプリマヴェーラだったが、回復した彼女を待っていたのは、早く紋章兵器を使って癒してくれとせがむ人たちだった。


「その人たちに悪意がないのはわかっているつもりです。ですがその時に気付いてしまえればよかった。この人たちはわたくしに会いに来てくれたのではない。癒しの力を欲して来たのだということを……」

「……当然だな。人は常に利己的な生き物だ。ただの無力な小娘相手に媚を売る馬鹿はいない」

「そう……ですね………………本当に、あの時のわたくしはどうかしてました」


 容赦のないユリウスの物言いに、プリマヴェーラは苦笑しながら大きく息を吐く。


 当時のプリマヴェーラは、分別がまだついていない子供で、健気に人々の期待に応えようと、紋章兵器の反動と戦いながら紋章兵器を使い続けた。


 だが、エレオスリングは力の行使の代償として、命を削ることを要求する。


 力の使い過ぎから健やかだったプリマヴェーラの顔は徐々にやつれ、肉も落ちて明らかに弱っていったが、癒しの力を求める者たちはそんな彼女の変化にも気付かず、次は自分の番だと迫った。



 そして遂に、プリマヴェーラ・ユースティアの運命を変える出来事が起きる。



 それは酒の席の喧嘩で足の骨を折った男性に対し、既に体力の限界だったプリマヴェーラが治療を拒んだ時に起こった。

 散々待たされた挙句、治療を拒否された男性は激昂し、王族であるプリマヴェーラへと襲いかかって来たのだ。

 慌てて傍付きのメイドたちが止めようとするが、女性である彼女たちに怒り狂った男性を止めることはできず、プリマヴェーラは男性に床に叩きつけられ、首を絞められて殺されそうになる。

 意識が遠のき、このまま殺されるのかと覚悟したその時、エレオスリングがプリマヴェーラへと話しかけて来て、彼女は新たな力を手に入れることになる。


「……それが、人の命を喰らう力か?」

「そうです。わたくしがそう望んだから、この子は応えてくれたのです」


 プリマヴェーラは泣き笑いのような複雑な表情を浮かべて、右手に嵌った指輪を撫でる。

 プリマヴェーラへと襲いかかった男性が逆に殺されたという事実は、この場にいた全員に箝口令が敷かれ、完全に闇に葬りされることになった。

 そして、プリマヴェーラへ治療を求める声は、変わらず彼女の都合などお構いなしに次々とやって来るのであった。

 その時になってプリマヴェーラはようやく気付く。


 自分の中に抑えきれない破壊衝動があるということに。

 そして、人という生物がいかに利己的で、浅ましい生物であるかということを。


 そこから先はユリウスも知っている話で、プリマヴェーラはパロマの街にエレオスリングに力を補充するための処刑場を造り、その力を使って聖女として人々の傷を癒していったのだった。




「…………わからんな」


 プリマヴェーラの話を聞いたユリウスは、おとがいに手を当てながら疑問を口にする。


「プリムの本質に破壊衝動があり、利己的な人々を嫌ってそんな連中を不幸にしたいと願う気持ちがあるのは理解できる。だが、ならどうしてそんな連中を癒すのだ? 不幸にしたいのであれば、傷など癒さずに、放っておくのが一番ではないのか?」

「フフフ、おわかりになりませんか?」

「わからんな。まあ、善人を演じておいた方が何かと都合がいいのは確かだが……それだけではないのだろう?」

「はい、それも確かにあります。余計な敵を作らないに越したことはない。それはファルコ兄様から学んだ処世術の基本ですね」


 死んだファルコについて話すプリマヴェーラだが、その声は実に無味乾燥としていて、特に悲しんでいる様子もなかった。

 そんなことより長年溜め込んでいた想いをようやく話す時が来たと、プリマヴェーラは弾んだ声で楽しそうに話す。


「ユリウス様、人にとって最も苦しいことは何だと思いますか?」

「何だいきなり………………そうだな」


 突然の質問にユリウスは面食らってしまうが、それでも律儀に頭を巡らせながら答えを導き出す。


「成し遂げたいことがあるのに、実力不足で現状に甘んじることしかできない不甲斐ない状況が何よりの苦痛だな」

「…………それは、ユリウス様だけだと思いますよ。ですが、その答えはある意味流石ですね」


 手を口元に当て、コロコロと上品に笑いながらプリマヴェーラは自信の考えを話す。


「人にとって最も苦しいことは、生きることです」

「生きること……か。だが、生きることは何も苦しいだけとは限らんぞ?」

「はい、確かに生きていれば、嬉しいこと、楽しいことはあるでしょう。ですが、そんなものは一瞬で終わります。それより人生は苦しみの方が圧倒的に多いのです。ですからわたくしは、彼等により長く苦しんでいただくために怪我の治療を行っているのです」


 ただし、ユリウス様は特別ですけどね。と付け足して可愛らしく舌を出すプリマヴェーラだったが、生憎とユリウスは目が見えていないので、彼にその愛らしいしぐさが届くことはなかった。



「……どうでしょうか?」


 自分の思いを吐露したプリマヴェーラは、恐る恐るユリウスへと尋ねる。


「ユリウス様、どうかわたくしの願いを叶えてくれませんか?」

「…………そうだな」


 そう来たか。そう思いながらユリウスは思わず苦笑する。

 つまり、プリマヴェーラは人々の傷を癒すことで、彼等に再び生を与えると共に、より長く苦しむ時間を与えていると言いたいわけだ。

 彼女の考えが正しいかどうかを問われれば微妙なところだが、プリマヴェーラもまた、自分と同じように歪んでいるなとユリウスは思った。

 彼女の言いたいことはかなり共感できるし、かつての自分なら喜んで彼女に手を貸していただろう。


 だが、今のユリウスはかつてとは違う。


 何よりも大切なのは復讐であることは変わらないが、次点は親友ともから託された願いを叶えると決めたのだ。

 ユリウスは顔を上げると、瞼の向こうのプリマヴェーラの顔を想像しながら話す。


「悪いが、僕はファルコの誰もが笑って暮らせる世界を創るという願いを叶えたいと思っている」

「そ、そんな……」


 途端に泣きそうなプリマヴェーラの声が聞こえるが、ユリウスはさらに言葉を続ける。


「だが、僕は同時に、人々を不幸にする世界も創ることも可能だ」

「……えっ?」

「いいか、その方法とはな…………」


 驚くプリマヴェーラに、ユリウスは二人の願いを同時に叶える方法を披露した。

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