姫様の野望
部屋に通されたプリマヴェーラは、椅子に座っているユリウスに向かってドレスの裾を掴んで優雅にお辞儀をする。
「ユリウス様、ご機嫌いかがでしょうか?」
「フン、相変わらずだよ。何も見えないし、いくら話しかけても、こいつも何も応えてくれないよ」
ユリウスは紋章兵器が嵌った自分の両眼を指差しながら呆れたように肩を竦める。
突き放すように吐き捨てるユリウスに、プリマヴェーラは困ったように眦を下げる。
「そう……ですか。それは相当な消耗をしたのかもしれませんね」
プリマヴェーラは「失礼します」と言って、ユリウスの目にエレオスリングが嵌った右手を掲げる。
すると、暖かな緑色の光、回復の光がユリウスの両目を覆う。
「こうして何度も回復をかけているのに治らないということは、ユリウス様の紋章兵器が予想より遥かに消耗してしまっているのかもしれません……その点について、何か心当たりがあったりしませんか?」
「……そうだな」
心当たりがあると言えば、あった。
未来を見るというユリウスの紋章兵器の力は、普通に考えてかなり破格の力だ。
これがユリウスではなく、例えばセシルが持っていたとしたら、彼女に剣で勝負して勝てる奴など存在しないだろう。
事実、何の力を持たないユリウスが、全身凶器のように鍛え上げられた肉体を持ったバオファを圧倒できたことから、アイディールアイズの力がいかに優れているかがわかった。
「なるほど、ユリウス様の紋章兵器には、そんなお力があったのですね」
ユリウスから話を聞いたプリマヴェーラは、納得したように何度も頷く。
「実は、わたくしも初めて力を使った時は、血を吐いて倒れた経験があるのです」
「……そうなのか?」
「はい、その時は数日、ベッドから起き上がることもできませんでした。ですが、その時間は、徐々に短くなっているように思えます」
「そういえば、初めて見た時は、数人に力を使っただけで倒れていたな……」
「お恥ずかしいところを……ですが、今はユリウス様のお蔭で、力を使っても倒れなくなりました」
ラパン王国への派兵でエレオスリングにかなりの貯蓄ができたプリマヴェーラは、ここ最近は、力を使っても以前のように具合が悪くなることもなくなったという。
「ですから、ユリウス様も紋章兵器の求めるものがわかれば、視力を取り戻せると思いますし、お力を使っても視力を失うことはないと思います」
「そう……だな」
だが、そのためにはアイディールアイズと話をする必要がありそうだ。
今はそれだけ判れば十分だと判断したユリウスは、自分の目に手をかざして回復を試みているプリマヴェーラの手を掴む。
「プリム、もういい。力を無駄に消費するな」
「そ、そうですか……申し訳ございません」
ユリウスの言葉に、プリマヴェーラは明らかに気落ちした様子を見せる。
視力がなくても彼女の一挙手一投足が手に取るようにわかるようだと、ユリウスは苦笑しながら話しかける。
「……それよりプリム、僕の部屋に来た本当の理由を話してくれないか?」
「あっ、はい。そうでした」
その一言で正気を取り戻したプリマヴェーラは「コホン」と可愛らしく咳払いを一つし、居住まいを正して話し出す。
「実は、ユリウス様によくないお知らせをお持ちしました」
「それは、僕の今後の処遇を決める話し合いについてだな?」
「はい、残念ながら……」
プリマヴェーラは申し訳なさそうに肩を落とすと、手に入れてきた情報を話す。
「どうやら、兄様を殺した戦犯として、ユリウス様をこの国から追放するようにという勢力が勢い増しているようなんです」
「……王もそのように考えているのか?」
「父様はまだ何とも……ですが、どうやら外部からそうするのが最善だと指示を受けたという報告が上がっています」
「外部……」
その言葉に、ユリウスは眉を顰める。
外部というのが誰を示すのかは言うまでもない。
ユリウスの紋章兵器を狙っているレオンは、元々はミグラテール王国の第一王子なのだ。今でも国内に自分の都合のいいように動かせる内通者がいてもおかしくはない。
(確証はないが、もし内通者いるのならばこれからはより慎重に動かなければならないだろう)
ただでさえファルコに託された指輪を活用することができず、微妙な立場に立たされているのに、追い打ちをかけるように足を引っ張る者まで現れるのは、歓迎したくはない。
「あ、あの……」
すると、ユリウスの様子から不穏な空気を察したのか、プリマヴェーラが恐る恐る話しかけてくる。
「ユリウス様、もしかして怒っていらっしゃいますか?」
「…………そうだな。腹を立てていないと言えば、嘘になる」
プリマヴェーラの問いに、ユリウスは淡々と答える。
この国の王位継承権第一位であるファルコが死んでしまい、その責任の処遇を決めるために戦犯と言われても仕方がないし、それだけのことをしてしまったとユリウスは思っている。
だが、それを決めるのが戦いに参加することもなく、安全なところで惰眠を貪っていた無能と言っても差し支えない人間、しかも、外部の人間と繋がって都合のいいように操られている者に自分の命運を握られているというのは、まったくもって面白くない。
改めてプリマヴェーラに言われ、ふつふつと湧いてくる怒りを抑えながらユリウスは彼女に向かって文句を言う。
「せめて、僕に弁明の機会ぐらいは与えるべきだと思うんだけど、その辺はどうなんだ?」
「そ、それは、その……本当に申し訳ございません。ユリウス様は、この国と、ラパン王国を救って下さったと何度も言っているのですが……」
どうやらそんな機会がやって来ることはないのか、プリマヴェーラは再度申し訳なさそうに頭を下げる。
「で、ですが、そのことについて大切なお話があるんです!」
だが、すぐに気を取り直したプリマヴェーラは、両拳を膝の上でグッ、と握り込むと、意を決したように話し始める。
「その……実は、ユリウス様をお救いできる方法があるのです」
「何、本当か!?」
「本当です。ですが、その為にユリウス様には、わたくしとある約束をしていただきたく思います」
「約束……だと?」
「はい、その約束をしていただければ、わたくしがユリウス様をお救いしてみせます」
「…………」
その問いに、ユリウスは眉を顰める。
これまでの様子から、プリマヴェーラは自分を救うため擁護してくれていると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
だが、プリマヴェーラが言う約束を交わせば、彼女が現状を打破してくれる、らしい。一体、何をどうするのかは皆目見当もつかないが、他に手立てがない以上、彼女に頼るしかないとユリウスは思う。
だが、すぐそこで「はい、わかりました」と頷くわけにもいかない。
「プリム、先ずはその約束の中身について話すんだ。どうするかどうかは、その内容次第で決める」
「わ、わかりました。では…………」
プリマヴェーラは大きく息を吸い、何度も深呼吸を繰り返すと、その約束について話す。
「ユリウス様には、人々を不幸にするために協力していただきたいのです」




