待っていたものは……
どうにかラパン王国をリーアン王国による魔の手から救うことに成功したユリウスたちだったが、指揮官であるファルコを失ったのは大きく、これ以上の駐留は不可能と判断し、ミグラテール王国へと帰還する運びとなった。
撤退の旨をラパン王国の実質的な指導者となりつつあるカルドアへ報告に行くと、彼は崩壊したラパン王城の玉座の前で悲し気に佇んでいた。
周りから新しいラパン王になって欲しいという声が多数あったようだが、カルドアは頑なに固辞し、決して玉座に座ろうとはしていないという。
近く、王制に代わる新しい政治体制を敷くという話だが、それはまた別の話だ。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした」
ユリウスたちがミグラテール王国に戻るという話を聞いたカルドアは開口一番、深々と頭を下げて謝罪する。
「我が国を、民を救って下さりありがとうございます。ただ、その為にファルコ様が亡くなってしまうとは……何とお詫びをしたらいいのか……」
「いいえ、カルドア将軍。どうかお気になさらないでください」
そう言って頭を下げるカルドア将軍の頭を上げさせるのは、ファルコに変わって暫定的に指揮官となったプリマヴェーラだった。
「戦争である以上、誰でも死の可能性はあります。最後まで武人として戦い、最後は狂王と刺し違えてこの国を救えたのであれば、光の王子と呼ばれた兄としては本望でしょう。それより今は、この国を一日も早く元の姿に戻すことが、兄が最も喜ぶと思います」
「……そう言っていただけると、助かります」
責めることもせず、むしろ気遣いすらみせるプリマヴェーラに、カルドアは感極まったように鼻を啜る。
それでも涙を見せるようなことはせず、快活に笑って見せると、膝を付いてプリマヴェーラへ手を差し伸べる。
「我等がラパン王国は、この度のミグラテール王国から受けた恩を一生忘れません。どうか今後とも、我が国と友好な関係を維持していただけると幸いです」
「勿論です。今日のような脅威がこれ一度とは限らないでしょうから、次に備えて二国間での軍事同盟は必然となるでしょう。わたくしの方から王に進言しておきますから、カルドア将軍からも、今後について衆知していただけると助かります」
「畏まりました。そちらにつきましては、追ってご連絡差し上げます」
「ええ、よしなに」
プリマヴェーラはカルドアの手を握り返すと、再会を約束してラパン王城を後にした。
そこからユリウスたちミグラテール王国軍は足取り重く、葬列のように誰も口を開かない黙々とただ無機質に足だけを動かすようにして帰国した。
ファルコの死は瞬く間に国中へと知らされ、悲しみにくれた人々が次々と王都を訪れ、用意された献花台に花を添えていった。
「全く……ここまで話が通じない連中ばかりとは思わなかったぞ」
帰国から一週間後、ミグラテール王国城内の南の尖塔の中にある石造りの自分の部屋で、ユリウスは室内唯一の窓の縁に座ってひとりごちる。
「どいつもこいつも、どうして僕の話を聞こうとしないのだ」
ミグラテール王国へと戻ったユリウスに待ち受けていたのは、予想外な事態だった。
バオファと壮絶な死闘の後、相打ちで倒れたというファルコの最期のシナリオはすんなり受け入れられたのだが、それでも主たるファルコを守り切れなかったユリウスの責任を問う声が多数現れたのだ。
今は、王を中心として裁判を開き、ユリウスの処遇を決めるということで、プリマヴェーラや、セシルをはじめとするラパン王国へ出陣していた兵士たちは揃ってユリウスを擁護してくれているようだが、旗色は決して良くない状況だという。
頼みの綱のファルコから託された指輪も、直接渡すように言われた王妃がファルコの死のショックで寝込んでしまった為、未だに渡すことどころか、話題にあげることもできないでいるのも問題だった。
そして、結果が出るまで塔からの外出を控えるように言われているので、こうして日がな一日、室内で文句を言い続けることしかできないのだった。
「ユリウス……」
懲りずにグチグチ文句を言い続けるユリウスに、同居しているヴィオラが話しかけてくる。
「包帯を変えますからこちらに来て下さい」
「…………ああ」
その声にユリウスはおとなしく頷くと、声を頼りにヴィオラの方へと向かう。
途中、室内の椅子にぶつかり、痛みに悶絶しながらもどうにかヴィオラの下へと辿り着くと、
「はい、よくできました」
ヴィオラが抱き止めてくれ、用意したであろう椅子に座らせてくれる。
「…………あのさ」
椅子におとなしく座りながらも、ユリウスは思ったことを口にする。
「いつも思うんだけど、ヴィオラの方から来てくれたらいいんじゃない?」
「駄目です。それじゃあ、ユリウスのためになりません」
ヴィオラはユリウスの頬をぷにぷにと突きながら、その理由を口にする。
「もし、視力が二度と戻らなかった時のために、今からこうして訓練しておくのはとても大事なことです」
アイディールアイズとのコンタクト成功し、紋章兵器の力を十全に引き出すことができるようになったユリウスだったが、力の代償は決して安くはなかった。
バオファとの戦いがあった日の夜、突然襲ってきた激痛に両目から血を流して意識を失ったユリウスが次に目を覚ました時、一切の視界が利かなくなっていた。
混乱したユリウスがアイディールアイズに何が起きたかを尋ねるが、気まぐれな彼女はユリウスの声に応えてくれることはなかった。
プリマヴェーラによると、これも力の代償であるので、その内元に戻るだろうということだったが、あの死闘から一か月以上の期間が経ち、プリマヴェーラに何度も治療してもらってにも拘らず、ユリウスの視界が戻ることはなかった。
「フフッ、ユリウスには悪いかもしれませんが、私としてはこのまま視界が戻らなくてもいいと思っていますよ」
すると、ユリウスの目の包帯を変えながら、ヴィオラがとんでもないことを言い出す。
「心配しなくてもユリウスの身の回りの世話は、私がずっとしますから安心して下さい」
「…………いや、気持ちは嬉しいけど、そういう訳にもいかないから」
実際のところ、既に身の回りの殆どの世話をヴィオラにしてもらっているので、生活に関しては何も心配していないのだが、このままでいいとは微塵も思っていなかった。
レオンの話は今のところ誰にも打ち明けていないが、こうしている間にも、奴がユリウスの紋章兵器を狙って攻め込んでくる可能性はあるのだ。
だから、一刻も早く視力を取り戻し、この状況を打破しなければと思っていた。
といっても、今のユリウスはただの一兵士と同じ扱いで、何の権限も持っていないので、これといってできることは何もないのであった。
(とにかく、誰かができる人間とコンタクトしないとな……)
包帯を変えてもらいながらそんなことを考えていると、部屋の入り口がコンコン、とノックされる。
音に反応してユリウスが入り口の方を見やると、
「ユリウス様、プリマヴェーラです。少しお時間よろしいでしょうか?」
この状況打破できるかもしれない人物が訪ねて来た。




