雨
バオファの助言に従い、全軍で突撃を仕掛けたリーアン王国軍だったが、それは完全に裏目と出た。
元々、バオファの紋章兵器に頼りきりで、連度も連携もままらない烏合の衆だったリーアン王国軍が、一つにまとまったミグラテール王国、ラパン王国の連合軍に適うはずもなく、圧倒的数の優位を活かすこともなく大敗したのだった。
「…………はぁ、はぁ、はぁ」
ミグラテール王国、ラパン王国による連合軍の勝利を見届けたセシルは、息を切らしながら全力で駆けていた。
途中から投石機による攻撃がなくなったことが連合軍の最大の勝因だったが、その原因は、ユリウスたちが敵国の王であるバオファと対峙したことだと思われた。
相手が持つ紋章兵器は、強力で凶悪。ユリウスたちの力を信じているセシルではあったが、一刻も早く駆けつけて彼等の安否を確認し、場合によっては参戦しようと思っていた。
先程、一際大きな爆発が起きてからは、一度も爆発は起きていない。
もしかしたらあの爆発で、全ての決着がついたのだろうか。
もし、バオファがユリウスたちを退けていたとしたら、今の自分の行為は危険極まりない無謀無策な行為だったが、猪突猛進が信条のセシルにとって、おとなしく部隊が整うのを待つという選択肢はなかった。
雨で地面がぬかるみ、何度も足を取られそうになったが、それでもセシルは足を止めるのを止めない。
(お願い、無事でいて……)
そんなセシルの願いが届いたのか、丘の上から見知った顔が歩いてくるのが見えた。
(……ユリウス!)
翡翠色の髪を持つ自分より背の低い少年、ユリウスの姿を確認したセシルは、居ても立っても居られなくなり、さらに足に力を込めて加速すると、そのままの勢いでユリウスへと抱き付いた。
「――っ!? な、何だ……」
突然の事態に驚くユリウスだったが、抱き付いてきたのがセシルだと気付くと、大きく息を吐く。
「何だ……セシルか。どうした。勝ったのか?」
「…………」
ユリウスの問いかけに、セシルは不思議そうに小首を傾げる。
(ああ、そういや……)
セシルは鼓膜が破れた影響で、声が聞こえなくなっているのを思い出す。
プリマヴェーラによると、何回か重ねて治療を続ければ、そのうち元に戻るということだが、昨日の今日では完治することはないようだった。
それでも自分たちを心配してセシルがここまで来たということが容易に想像できるので、ユリウスは身振り手振りを交えながら彼女へ説明する。
「ああ……その……敵は倒したよ。ほら、これが証拠だ」
そう言ってユリウスは、グリーディスミスをセシルへと見せる。
それである程度の事情を察したセシルは顔に喜色を浮かべると、今度はきょろきょろと辺りを見渡す。
ユリウスと一緒にバオファ討伐に向かった他の仲間の安否を知りたいのだろう。
「………………」
目だけで問いかけてくるセシルに、ユリウスは顔を伏せながら話す。
「ああ、ファルコたちはな…………死んだよ」
「…………」
だが、ユリウスの声が聞こえないセシルは、彼の袖を引っ張りながら再度問いかけてくる。
目に涙を浮かべ、信じられないとかぶりを振るセシルに、ユリウスもまた首を横に振って再び告げる。
「死んだんだ…………ファルコも…………他の皆も」
そう告げると、声が聞こえないはずのセシルの笑顔が凍るのが見えた。
さらに雨足が強くなる中、ファルコの死がミグラテール王国、ラパン王国の連合軍へと伝えられた。
「…………すまない。僕の力が足りないばかりに」
肩を落としたユリウスが力なく告げると、ミグラテール王国の兵士たちが堰を切ったかのように泣き崩れる。
セシルやブレットといったファルコに近しい者だけでなく、一度や二度、会話を交わしただけの者すら我を忘れたかのように泣き、悲しみに咽ぶ様から、ファルコがいかに皆から慕われていたかが伺えた。
「…………」
誰もが悲しみに沈む中、ユリウスは雨に打たれながら呆然と佇んでいた。
すると、
「ユリウス!」
意識を取り戻したのか、ヴィオラがやって来てユリウスへと抱き付いてくる。
ただ、ユリウスを抱き締める腕の右腕は、肘から先がなく、それを見たユリウスの顔が苦し気に歪む。
「ヴィオラ、無事で良かった。でも、腕が……」
「私の腕のことなんていいんです。私にとってはユリウスが無事だったならそれで…………それで……ううっ……」
そこまで言ったところで、ヴィオラは嗚咽を漏らしながら泣き始める。
周囲を憚らず、声を上げながら泣くヴィオラに、ユリウスは彼女の頭を撫でながら優しく話しかける。
「ゴメン。ファルコを守れなくて」
「…………いいえ、これは違うんです」
ヴィオラは首を振りながら、泣いている理由を話す。
「ファルコ様が亡くなって一番悲しいのはユリウスのはずなのに…………それなのに泣かないから……」
「ヴィオラ……」
「何があったかは聞きません。ですが、ユリウスが泣けないのであれば、代わりに私が泣きますから…………」
そう言って、ヴィオラは再び声を上げて泣き出す。
「…………」
ファルコの死について、何か特別なことを話したことはない。
だが、長年の付き合いでユリウスの様子から何かを察したヴィオラは、主に変わってファルコの死を悼むようにしたのだった。
「……ありがとう」
ヴィオラの優しさに、ユリウスは感謝の言葉を口にすると、未だに降り注ぐ天を仰ぐ。
雨は一向に止む気配はなく、益々雨足は強くなっている様だった。
だが、今はこの雨がありがたいとユリウスは思った。
ファルコの死について、もう泣かないと決めたのだ。その決意が揺らぎそうになったが、雨のお蔭ですんでのところで守ることができそうだった。
悲しみの雨は、ユリウスたちの心情を表す蚊のように、その後も止むことなくいつまでも振り続けた。




