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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
156/169

優しい願い

「…………えっ?」


 ファルコの一言に、ユリウスは頭を思いっ切り殴り飛ばされたような衝撃を受ける。

 それでも思考を停止させることはなく、慌てて立ち上がると、ファルコへと手を差し伸べる。


「と、とにかく、一刻も早くプリムのところへ行けば……」

「いや、それまで持たないよ。自分のことは、自分が一番わかってるから」


 ファルコは差し出された手にかぶりを振ると、儚げに笑う。


「……それより今は、君に伝えたいことがあるんだ」


 そう語るファルコの顔は、自分の死期を悟った者特有の哀愁が漂っていた。


「聞いてくれる…………よね?」

「――っ!?」


 そんな顔で言われては、断れるはずがなかった。

 ユリウスは乱暴に目元を拭うと、ファルコの声が聞きやすいように顔のすぐ傍に座る。


「…………話してくれ」

「うん、ありがとう……それじゃあ、最初に言っておくけど、僕はユリウスのことを全く恨んでいないんだ。むしろ、心の底から感謝していると行って良い」

「殺されそうになったのにか?」

「……まあ、それはショックだったけどね。でも、それを差し引いても感謝の比率の方が大きいんだ」


 ファルコは血色の悪い顔を歪ませて破顔すると、大きく息を吐く。


「……実を言うとね。僕は皆が言うような光の王子なんてものじゃないんだ」

「そんなことないだろう。君は立派にその勤めを果たしていたぞ」

「見た目は、ね。でも、本当の僕は、常に受け身の人生を送る弱い人間なんだ」


 ファルコの人生は、常に受け身続きの人生だった。


 幼い頃に兄であるレオンの暴力を目の当たりにしたて、人と争うことに対して恐怖を覚えてしまったのが原因で、自分から行動を起こせなくなってしまったのだ。


 エレオスリングの継承についても、レオンとプリマヴェーラは自ら進んで使用者へと名乗り出たが、ファルコは父親に言われるがままに挑戦し、何も起きないまま失敗した。


 騎士団を結成したのも、プリマヴェーラが外に出て人々の救済などというものを始めたから、兄として妹を守れと母親に懇願されたからだった。


 だが、幸か不幸か、ファルコはレオンとの一件で、争いを避けるため、人をよく観察するようになり、殆ど読心術と言っても過言ではない力を手に入れることができた。

 さらに、レオンとは真逆の温和な性格が庶民たちからの絶大な支持を獲得し、彼等による広告効果もあって、騎士団に優秀な人材を取り揃えることができた。


 ただ、自分の騎士団を造っても、ファルコは常に訓練だけで、実戦は一度も行わなかった。


「正直、僕は騎士団をどうこうする案なんてなかった……だって、母上に懇願されて仕方なく造っただけで、具体的な方針なんて何もなかったからね」


 それでも人々は、ファルコは他国に侵攻なんてしない、自国を守るためだけに戦うと決意していると勘違いし、やはりファルコは光の王子だともてはやした。そして、その噂を聞きつけて正義に憧れる者がやって来るようになった。


 そうして、騎士団がそれなりの規模になった時、プリマヴェーラと霧の山賊団を巡るスワローの街での事件に遭遇し、ユリウスの誘いに乗って初めて騎士団を動かしたのだ。


「騎士団にとって初陣となったスワローの街での戦いも、ユリウスに言われたのが契機となったんだ。それ以降も、騎士団が動くときは、僕じゃなくてユリウスや他の人に言われたのが起点となっていたんだよ」

「それじゃあ、もしかしてパロマの街に迎えという命令も?」

「うん、あれも母上からの要請があったからだよ」

「そうか……」


 ファルコの答えに、ユリウスは何て答えたものかと答えを濁す。

 確かに最終的な判断はファルコに委ねていたが、彼がユリウスの立てた作戦に意見を言ってきたり、別の案を出したりしたことは一度もなかった。

 いくら全幅の信頼を置いているといっても、人の命がかかっているのだ。騎士団の長として責任というものを感じているなら、少しぐらいは意見を言っても良いものだが、ファルコはそれが一切なかった。

 それはつまり、ファルコは自分では何も決められないということと同義であった。


「…………ね? 呆れるでしょ?」


 苦虫を嚙み潰したような顔をするユリウスを見て、ファルコは苦笑する。


「でもね、それでもユリウスからの進言は、僕にとって嬉しかったんだ」


 自分で決断できないファルコにとって、明確な道を示してくれるユリウスの存在は何事にも代え難い存在だった。

 事実、ユリウスがいなければプリマヴェーラは悪党に手によって攫われていただろうし、ミグラテール王国もリーアン王国の侵攻によって攻め滅ぼされていただろう。

 決断できないファルコでは成し得なかったであろう数々の功績を、ユリウスは代わりに行ってくれたのだった。


 だが、唯一懸念があるとすれば、ユリウスが行く先が復讐ということだった。


「だから僕は、ユリウスに考えを改めてもらおうとした」

「……それについては何となく察していた」

「だろうね。僕が何をしても結局、ユリウスの態度が変わらなくて参ったよ」


 あの手この手を使ってユリウスを籠絡しようとしたが、その全てが叶わなかった無念さに、ファルコは大きく嘆息する。


「……だけど、今はそれでもいいかなと思っている」

「ようやく諦めたか」

「そうだね。それに、相手があの人ならユリウスに止めてもらいたいと思ってる」

「……実の兄なのにか?」

「関係ないよ。あの人にとって、家族だからといって手心を加えてくれないのは、僕が一番よくわかってる。皆を守るためにも、ユリウスには是非ともあの人を討ってもらいたい」

「……ああ」


 レオンのことを名前や兄で呼ばず、一貫して「あの人」と呼ぶところから、ファルコがレオンに対してどのような感情を抱いているのかがわかった。


「任せろ。あいつは僕が必ず殺してやる」

「頼むよ…………それと、これをユリウスに託すよ」


 そう言ってファルコは、自分の右手の薬指に嵌っていた震える手でゆっくりと指輪を外す。

 それは何の変哲もない、薄汚れた銀色の指輪だった。


「これは昔、母上が生家を出る時に持たされた指輪でね。これをユリウスの手から母上に渡してくれれば、それだけで僕の遺志を察してくれるはずだから」

「…………わかった」


 ユリウスはファルコから指輪を受け取ると、無くさないように自分に指に嵌める。

 その様子を見ていたファルコは、満足そうに頷く。


「……うん、よく似合ってるよ」

「茶化すな」

「ごめんよ。ハハハ………………………………はぁ」


 ファルコはひとしきり笑った後、大きく溜息を吐く。


「…………」


 そこでユリウスは、ファルコから殆ど精気が感じられないほど弱っていることに気付く。

 いつの間にか体から流れる血の量も減り、顔色は蒼白になり、指輪を受け取った時に触った手は、冷たく硬くなっていた。

 ファルコの死がいよいよ迫って来たことに、ユリウスは心穏やかでなくなる。


「…………」

「………………気にしないで」


 ユリウスが自責の念に駆られていることに気付いたファルコは、彼の手を握って優しくかぶりを振る。


「でも、もし僕に負い目を感じているのなら、一つ約束して欲しい」

「約束?」

「うん、復讐を止めることはしない。でも、それを成した時、君に僕の遺志を継いで欲しいんだ」

「遺志…………それって前に言っていた、皆が笑って過ごせる世を創るってやつか?」

「うん…………ダメかな?」

「……………………………………………………………………はぁ」


 全く、ファルコは卑怯だとユリウスは思う。

 先程も思ったが、このタイミングでそんなことを言われたら断れるはずがない。


「わかった。ただし、レオンを殺すことが先だからな」

「うん、ありがとう」

「全く……こんなの僕の柄じゃないのに……ファルコの願いだから引き受けるのだからな」

「うん、だって僕はユリウスの親友だからね」

「……フン、親友の頼みならば、聞かないわけにはいかないからな」

「ハハハ……」

「フフッ」


 互いに言いたいことを言ったユリウスとファルコは、拳を合わせて笑い合った。

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