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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
155/169

呪いを解くために

 ユリウスが振り下ろしたナイフは、ファルコの顔を斜めに切り裂いた。


「うっ!? ユ、ユリウス……やめ…………」

「死ね! 死ね! 死ね!」


 咄嗟に顔を覆うファルコに、ユリウスは尚も執拗に斬りかかる。

 顔や腕、足といった体の至る所を次々とユリウスが斬り付けていくのを、ファルコは防御も儘ならずに次々と斬り刻まれていく。


 現在のファルコは、バオファの攻撃からユリウスを庇った時についた背中の傷の影響でまともに動くことができないばかりか、手持ちの武器も壊されてしまっているので、ユリウスの攻撃を防ぐ手段がないからだった。


「らぁっ!」


 こめかみが裂け、血が飛び散って姿勢を崩したファルコの腹をユリウスは力の限り蹴り飛ばす。

 そのまま尻もちをついて倒れたファルコの上に馬乗りになったユリウスは、大上段にナイフを構えて口角を吊り上げる。


「……終わりだ」


 そのまま力の限り腕を振り下ろせば、ファルコの命はそこで尽きる…………そのはずだった。


 だが、


「…………」


 ユリウスは腕を振り上げたままの姿勢で固まっていた。

 ほんの数秒前まで狂気に染まっていた顔には逡巡が見え、振り上げた手はユリウスの感情を表すように小さく震えていた。

 ユリウスの様子が豹変した理由は、死の淵に立っているファルコの態度にあった。


「…………どうして」


 感情を押し殺すように、声を震わせながらユリウスがファルコに問う。


「どうして殺されそうになっている人間が笑っているんだ?」

「…………ふふ、わからないかい?」

「わかるわけないだろう。君は馬鹿か!? 僕は君を散々に痛めつけた挙句、無様に殺そうとしているのだぞ! 普通は怯え、苦しみ、泣いて命乞いをするはずだ! それなのに……それなのにどうして笑っているんだ!」

「どうしてって……そんなの決まっているだろう」


 ファルコは笑顔を引くと、真剣な眼差しでユリウスの目を見る。


「僕が怯え、泣き、命乞いをしながらユリウスに殺されたら、君が戻ってこれなくなるからだよ」

「僕が戻らなくなるって……何を言っているんだ」

「わからないかい? 君は今、復讐という檻に完全に囚われて感情的になっているんだ。このままだと君は自分の犯した罪に押し潰されて、皆の下に戻れなくなるよ」

「僕が君を殺した罪に押し潰されるだって!? 何を馬鹿なことを……」

「じゃあさ……」


 ファルコはゆっくりと手を伸ばし、ユリウスの顔を指差す。


「君は今、どうして泣いているんだい?」

「――っ!?」


 その言葉に、ユリウスは反射的に自分の顔へと手を伸ばす。

 頬、目頭と順番に触れると、そこには確かにファルコの言う通り、涙で濡れた後があった。




 無意識のうちに泣いていたという事実に、ユリウスは愕然となる。


「ど、どうして……」


 イデアの話を聞いて、自分の認識の甘さを尽く痛感した。

 今のままでは、レオンを殺して復讐を果たすことなど、イデアが生きている間に救出することなど、とてもじゃないが無理だと思った。

 だからこそ、自分はもっと修羅になる必要が、誰に対しても容赦なく刃を振ることができる覚悟が必要だった。

 だから手始めにファルコを殺すことを決めた。

 理由なんてたいしたものはない。自分が復讐を果たせないような腑抜けになったのだとしたら、その原因は間違いなくファルコにあるからだ。

 それに、自分たちとイデアが受けた苦しみを、レオンが同じように受けなくては気が済まないからだった。

 そうと決めたら、何も問題ないはずだった。

 ファルコを速やかに殺し、何食わぬ顔で部隊へと戻る。

 自分を、心を殺し、人形のように行動すればたとえ相手が親友を決めたファルコであっても、簡単に殺せると思っていた。

 だが、蓋を開けてみれば、留めの一撃を加えることができないばかりか、女々しくも泣いてしまっていたのだ。


「………………結局、僕は腑抜けになってしまっていたのか」

「そんなことない……ユリウス、君は十分強いよ」


 肩を落とし、落胆するユリウスにファルコは優しく話しかける。


「あの男に……バオファに何を言われたんだい? 僕でよかったら力になれるかもしれないから、話してくれないかい?」

「…………でも、僕は……」

「僕のことなら気にしないで……それより時間が惜しい。君を苦しみから解放させてあげられるかもしれないから、それを口に出してくれないかな?」

「ファルコ……………………わかった」


 ユリウスは小さく頷くと、バオファに聞いた話をファルコへと滔々と語った。




「……なるほど、ね」


 ユリウスから事の顛末を聞いたファルコは、地面に横たわったまま小さく頷く。

 全身を切り刻まれ、多量の血を流したことから顔色は悪く、目の焦点も合っていないほど憔悴していたが、ファルコは大切な親友のために気力を振り絞って話す。


「君の国を滅ぼしたのが、レオン兄さんだったなんて……」

「驚かないんだな」

「……まあね、あの人ならそういうことは平然とやってのけるだろうからさ」


 大きく息を吐きながら、ファルコはレオンの印象を話す。


 レオン・ユースティア。ファルコとプリマヴェーラの実兄でもあり、ミグラテール王国の第一王子である彼は、一言で言うと利己の人であったという。

 ファルコの五つ年上のレオンは、自分に絶対に自信を持ち、常に自分が正しいと信じて行動していた。そんな兄の姿を見て、幼いファルコは自分もそうありたいと思っていた。


「だけど、その考えは、僕にとっては異常だった」


 それはまだプリマヴェーラが生まれる前、とある貴族の子弟が、レオンと意見の食い違いから喧嘩に発展した時にそれは起こった。

 レオンはその子弟に対して言葉での説得が無理だと判断すると、すぐさま暴力へと切り替えて容赦なく殴り始めたのだ。

 その暴力は相手が泣き出し、自分の意見を変えるまで容赦なく続いたという。


「それを見て僕は兄を怖いと思い、そこからはまともに会話もできなくなってしまったよ」


 その一件からレオンは、自分の周りの者たちを恐怖と暴力で支配し、それを見て自分の息子には為政者としての才があると思い込んだ両親の勧めで、帝王学を学ぶために聖王都へと出向いていった。

 その後、聖王都で紋章兵器マグナ・スレストを手にしたという噂を最後に、今日に至るまで音信不通状態が続いているという。


「おそらくあの人は、紋章兵器を手にしたことで、自分が次の覇王になると決めたんだ。その過程で、覇王の軍師として名を馳せた君の家の紋章兵器に目をつけたのだと……そして、ユリウスの両親は兄の言葉に異を唱えたから……」

「国ごと攻め滅ぼされた……」


 ユリウスの呟きに、ファルコはゆっくりと頷く。


「そして、ラパン王国が攻められたのも、おそらくユリウスの紋章兵器の存在に気付いたからだ。あの人は、自分が欲しいものを手に入れるためならば、どんなことでもするからね」


 本来ならラパン王国を併合した後で、ミグラテール王国にユリウスを差し出すように要求するつもりだったのだろうが、予想に反してミグラテール王国がラパン王国救出に動いたのだった。


 しかし、だからといって自分の考えを変えないのが、レオンという人物だ。


「おそらく、これから僕たちの国は、あの人による執拗な攻めに晒されるだろうね」

「何故だ。自分の生まれた国だろう」

「関係ないよ。あの人にとって、自分の生まれ育った国であっても、目的のためならば攻め滅ぼすことに躊躇はしないよ」


 それに、


「君のミグラテール王国は、あの人の脅しに屈してユリウスを売るようなことは絶対にないからね」

「ファルコ…………」


 笑顔で言ってのけるファルコに、ユリウスの顔がくしゃりと歪む。

 自分を殺そうとした相手に対して、ここまで頼もしい言葉を言える人間がいるのかと思う。


(それに比べて僕は……)


 なんと器の小さいことか。

 敵の言葉に惑わされ、自分を助けてくれた恩人を殺してしまうところだった。

 今回はどうにか敵の襲撃を撃退することができたが、次も同じように上手くいくとは限らない。


(…………これ以上は、ファルコたちに迷惑をかけるわけにはいかない)


 幸いにも復讐相手であるレオンは、これからも自分が狙うと思われる。

 となれば、この国にいなくてもレオンに復讐する機会に困ることはないだろ。

 そう判断したユリウスは、ファルコに向かってゆっくりとかぶりを振る。


「気持ちは嬉しいけど、僕はもう、この国を出ようと思っているよ」

「……いや、それはダメだよ」


 ファルコはユリウスの腕を掴むと、何処にそんな力が残っているのかと思うほど強く握る。


「復讐の檻に囚われている君を救いたいんだ。これが君にできる最後のことだから、どうか聞き入れて欲しい」

「な、何を言っているんだ」


 困惑するユリウスに、ファルコは諦観したように笑いながら話す。


「ユリウス、僕はもう助からない。もうすぐ…………死ぬんだ」

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