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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
152/169

真の敵

「ば、馬鹿…………な」


 自分が放った礫によって体中に傷を負ったバオファは、痛みに顔をしかめながらこちらを見てほくそ笑んでいるユリウスを睨む。


「まさか……ここまで見えていたのか?」

「当然だ」


 殺意の籠ったバオファの視線を軽く受け流しながら、ユリウスは嗜虐的に笑う。


「お前は自分で創った力の効果範囲を理解していたようだが、その二次効果までは見えていなかった。それが僕とお前の決定的な差となったというわけだ」


 尤も、バオファが怪我を負ったのは、飛び散る破片の行方を見たユリウスが、バオファを挑発してその場所に来るように仕向けたからなのだが、それをわざわざここで言ってやる必要はない。


 ユリウスは、バオファとの距離を普通に会話できる距離までやって来た。

 ここまで距離を詰めてしまえば、爆発する武器を作成しても、自分を巻き込まずに力の行使をすることは不可能に近い。

 それはつまり、バオファの紋章兵器マグナ・スレストを封じたも同然だった。

 バオファはグリーディスミス以外の武装はしておらず、対するユリウスはファルコから譲り受けた剣がある。

 わざわざ安い挑発などしなくても、圧倒的に有利な状況にいるのは変わらない。

 そして、当然ながらユリウスは、丸腰の相手だからと言って手心を加える気は一切なかった。


「さあ、どうやって殺してやろうか。心配しなくても、楽に死なせてはやるつもりはないから、覚悟するんだな」

「……ハッ! もう勝った気でいるのか」


 バオファはふらつきながらも二本の足でしっかりと立ち上がると、


「俺を、舐めるなああああああああああああああああぁぁ!」


 叫びながらグリーディスミスを自分自身へと叩きつける。

 すると、バオファの手足がみるみる肥大化し、身に纏っていた衣服を突き破って中から熱した鋼のように赤く染まった筋肉が現れる。

 大きさにして五割増し巨大化したバオファは、手にしていた岩の破片の残りをまるで焼菓子のように軽々と握り潰してみせる。


「……ここまで俺を追い込んだのは見事だと認めてやるが、自力で俺に勝てると思うなよ!」


 バオファは口角から泡を飛ばしながら叫ぶと、地面を強く蹴って一気に駆け出す。

 まるで城門を破壊する破城杭のように、地響きを上げながら迫りくるバオファを前にユリウスは、


「……やれやれ」


 呆れたように嘆息しながらも、突進してくるバオファを油断なく注視する。

 ユリウスにとってバオファが脅威だったのは、広範囲の複数攻撃による対処の難しさだったのだが、それを捨ててしまっては、完璧に予見しなくても、これまでの予測で十分対応できる。


 結局、どれだけ肉体を強化しようが、攻撃は当たらなければ意味がないのだ。


 ユリウスは左目の力を使ってバオファの攻撃を予見すると、右目の力を使ってバオファの攻撃軌道上に小さな空間の歪みを発生させる。

 そしてその結果、バオファがどうなるかを確認したユリウスは、ファルコの剣を鞘から引き抜いて正眼に構える。

 バオファはグリーディスミスを持っていない左手を大きく振りかぶると、


「死ねえええええええええええええええええぇぇぇぇっっっ!!!!!!」


 魂の叫び声を上げながらユリウスを粉砕すべく拳を振り下ろす。

 だが、


「――っ、何!?」


 拳がユリウスへと当たる直前、見えない何かに阻まれ、ほんの僅かではあるがバオファの拳の軌道が逸れる。

 当たると確信していた拳が予想外の動きで空を切ったことで、バオファの態勢が前のめりに崩れる。


 そして、それは致命的な隙であった。


「……愚かだな」


 こうなることが全て見えていたユリウスは、剣を上段に構えると、左目で見ていた予見の映像とバオファの体が重なった瞬間を狙って剣を振り下ろす。

 振り下ろした剣は、狙い違わずバオファの右手、その手首の骨と骨の間の関節を銀色の煌めきを残しながら通過し、グリーディスミスを持った手を斬り落とす。

 そして、返す刀でバオファの足、その体を支える腱を一度の斬撃で両足とも斬ってみせる。

 剣の心得はなくとも、予見した静止画通りに剣閃を走らせることぐらいは造作もなかった。


「馬鹿…………な…………」


 驚愕の表情を浮かべながら崩れ落ちるバオファの背中を見ながらユリウスは、


「…………勝った。やったんだ」


 ついに念願だった復讐を果たせたのだと大きく息を吐いた。




「………………殺せ」


 紋章兵器を失い、立つ力をも奪われたバオファは、やって来たユリウスを前に取り乱すこともなく静かな声で話す。


「俺はお前の復讐相手なのだろう? 一刻も早く殺したくて仕方がないはずだ……抵抗はしないから早く殺せ」

「言うまでもない……だが、その前にお前に聞きたいことがある」


 ユリウスは今すぐにでもバラバラにしてやりたいという殺人衝動をどうにか抑え込みながら、バオファへと問う。


「僕の国を……フォーゲル王国を滅ぼした奴はお前以外に誰がいる?」

「……俺がその質問に素直に答えるとでも思っているのか?」

「思っていない……だが」


 ユリウスは手にした剣を、バオファの左手甲へと容赦なく突き立てる。


「お前が吐くまで、こうやって拷問し続けるくらいはするつもりだ」


 グリグリと、かき混ぜるように剣を動かしながら感情のない声でユリウスが告げる。


「僕の問いに全て正直に答えたら、少しは楽に殺してやってもいい……」

「あが…………あがが……」


 武人としての誇りなのか、無様に泣き叫ぶような真似はしないものの、ユリウスの目を見たバオファの目に恐怖の色が灯る。


「うぐぐぐっ…………お前、相当にイカれてやがるぞ」

「よく言われる」


 抑揚のない声で答えたユリウスは、剣を右手甲から引き抜くと、そのままバオファの右目へと突き立てる。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 これには堪らずバオファが絶叫をあげるが、ユリウスの感情は凪いだように全く動じない。

 ずるり、と剣をバオファの右目から引き抜いたユリウスは、切先に眼球が付いたままの剣をバオファの左目へと向けながら再度問う。


「それで、僕の質問に答える気になったか?」

「…………わ、わかった。答える……答えるから、剣を一旦引いてくれ」

「……フン」


 バオファの必死の懇願に、ユリウスはゆっくりと剣を下げる。

 それでも左目の力を解除することなく、相手が少しでも怪しい素振りを見せようものなら、すぐにでもその首を刎ね飛ばすつもりでいた。

 怪しく赤く光るユリウスの左目を見て、バオファも何かを察したのか、小さくかぶりを振りながら話す。


「心配しなくても、もう抵抗はしない。それで、お前の国を滅ぼした奴、だったか?」

「そうだ。お前意外に誰がいたんだ」

「……そうは言っても、もう四年近くも前に話だ。誰がいたかなんて逐一覚えて…………う、嘘じゃねえ! 本当だって!」


 ユリウスが持つ剣が動くのを見たバオファが慌てたように捲し立てる。


「あの時の俺たちは、フォーゲル王国を滅ぼすためだけに集められたその場限りの軍隊だったんだよ。だから、隣の奴の名前は疎か、国旗を見たってどこの国かわからなかったぐらいだ」

「……よくそれで集まる気になったな」

「謝礼が馬鹿にならなかったからな。それに……」

「それに?」

「あの人の頼みとあれば、断る奴はいなかった……いや、断れる奴はいなかった。あの人に逆らえば、自分の国がどうなるかなんて、想像に安かったからな」


 その人物の面影を思い出したのか、屈強な体躯を持つバオファがぶるり、と体を小さく震わせる。


「あの人の紋章兵器は格別だ。あの力を前にしたら、誰だって首を垂れるに決まっている」

「……そんなに凄いのか?」

「凄いなんてものじゃない。万の軍隊を一瞬で壊滅してみせるほどの威力を持つ、紅い光の紋章兵器を見たらお前だって……」

「万の軍隊を一瞬で壊滅させた紅い光……」


 バオファの言葉に、ユリウスの脳裏にある光景がフラッシュバックする。

 それはフォーゲル王国が堕ちたあの日、城から脱出したユリウスが湖のほとりで見た天を貫く紅い光の柱……城を、城下町を丸ごと飲み込んで全てを破壊してみせた光に違いなかった。


「……言え!」

「は?」

「言え! 言うんだ! そのあの人とは誰だ!」


 ユリウスはバオファに馬乗りになると、残っている左目へと剣を突き付ける。


「今すぐ言わないと、お前のこの目を抉り出す。その次は鼻をそぎ落とし、手足を指から一本ずつ斬り落としていくぞ!」

「…………別に構いはしないが」


 ユリウスの焦った様子を見て逆に冷静になったのか、バオファは小さく嘆息しながら目を眇めて言う。


「その名前を知ったらお前、きっと後悔するぞ!」

「それは僕が決めることだ! 言え! 今すぐ言うんだ!」

「…………わかった」


 バオファは大きく息を吸うと、ユリウスの目を真っ直ぐ見つめながらあの人の名前を告げる。


「あの人の名前はレオン。レオン・ユースティア……お前が身を寄せているミグラテール王国の第一王子だよ」

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