対話
大きく裂けた背中から大量の血を流し、ぐったりと項垂れるファルコを見て、ユリウスは目の前が真っ暗になってしまったかのような衝撃を受ける。
「なん…………で…………どうして?」
バオファに勝つ為には、ファルコの力は絶対に必要だった。それなのに力を封じられ、何の役にも立たない自分を守ったところで、ただ単に勝機を失うだけだ。
あの場面は、自分を見捨ててバオファへと突撃を仕掛けるべきだった。そうすれば爆発に紛れて距離を詰めることができたはずだった。
「どうして僕なんかを助けた! ファルコ、君はこの戦いに終止符を打つためにここにきたんじゃないのか!? みすみすそのチャンスを逃したばかりか、怪我を負うなんて……君は、大馬鹿ものだ!」
「フフッ……相変わらず…………手厳しいね」
ファルコはうっすらと目を開けると、痛みに顔を歪めながらも気丈に笑って見せる。
「……だけどね、僕は自分のしたことが最善だったと思うよ」
「何を言っているんだ。君無しであいつに勝てるはずないだろう」
「いや、そんなことはないよ」
弱々しく、喘ぐように浅い呼吸を繰り返しながらも、目に確かな光を宿しながらファルコが確信に満ちたように言う。
「あの王に勝つためにはユリウス、君の力が絶対に必要だ。僕だけでは駄目なんだ……君じゃないと…………」
「何を言っているんだ。奴の力を目の当たりにして、気でも狂ったのか?」
訳の分からないことを言い続けるファルコに、ユリウスは半狂乱になったかのように叫ぶ。
「駄目なんだよ! 何の力もない僕なんか一人残ったところで……」
「ユリウス!」
子供のように泣きじゃくるユリウスの顔を、ファルコは両手で優しく包み込んで自分へと向けさせる。
「いいか? 君はもっと、自分に自信を持つべきだ」
「じ……しん?」
「そうだよ……自信だ」
大きく息を吐き、口の中に堪った血を吐き出したファルコは、目を泳がせるユリウスの目を真っ直ぐ見つめながら話す。
「ユリウス、知ってるかい? セシルが教育を担当した者は、誰もが数日で音を上げて逃げ出すんだ」
ミグラテール王国軍の中でも指折り実力者であるセシルにしごかれるということは、兵士たちの間では最大の誉れ……ではなく、最大の厄災と言われていた。
その理由は、セシルは常に自分の実力を基準に特訓メニューを組み、どれだけ弱音を吐こうとも自分ができるのだからお前も当然できるだろうと強要し、完遂するまで決して逃してくれないのだ。
そして、それができるようになると、次はさらに過酷なメニューを用意して次々と追い込んでいくので、殆どの者が僅か数日で泣き寝入りするのであった。
「そんなセシルの特訓を、ユリウスは何か月も耐えてきたんだ…………誰もが驚いていたよ。あいつは弱そうに見えて凄い奴だ、てね」
「それは……あいつが無茶ばかり言うから……」
「かもしれない……だけど、君はそんな無茶を、小言を言いながらも全部こなしてきたんだ……だから断言するよ。君は間違いなく強いってね」
「僕が……強い?」
「そうだよ。そこに紋章兵器が合わされば、君は無敵だよ…………親友であるこの僕が言うんだ。僕の言葉なら少しは信じられるだろう?」
「あ、ああ……そう…………だな」
「そうだよ。だからこれを……」
そう言ってファルコは腰の剣をユリウスへと差し出す。
「君と……紋章兵器に自信を持てれば、奴を倒すことなんて造作もないさ」
「僕が…………こいつに自信を…………」
「そうだ。それで復讐を成し遂げるんだ」
「復讐……そうだ」
ファルコの言葉に、弱気だったユリウスの目にようやく光が灯る。
復讐、それはいつだってユリウスにスイッチを入れる魔法の言葉だった。
(僕は……)
自分の存在意義を思い出したユリウスは、左手で自分の左目を覆いながらファルコが差し出してきた剣へと手を伸ばす。
そして、ユリウスがファルコの剣の柄を掴んだ途端、
「――っ!?」
剣から白い閃光が発生したかと思うと、あっという間に世界を白く染め上げた。
次の瞬間、ユリウスは見知らぬ場所にいた。
「……………………………………えっ?」
上下左右、見える範囲は全てが真っ白な世界。
「何だ…………ここは?」
いつの間にか目の間にいたはずのファルコの姿も、自分たちを見下ろすように立っていたバオファの姿も消えていた。
自分が立っているのか、浮いているのか沈んでいるのかもわからない、これまで生きてきた世界とは隔絶された異なる空間に、ユリウスは混乱する頭で何が起きたかを考える。
すると、
『ようやく会えたね』
「――っ!?」
ふいに響いた声に、ユリウスは弾けるように顔を上げる。
「誰だ!」
声はしたが、姿は見えない。まるで脳内に直接響いたような、男とも女ともつかない謎の声にユリウスは尚も問いかける。
「誰だ! ここは何処なんだ! 早く姿を見せろ!」
『やれやれ、相変わらず口が悪いね』
ユリウスの恫喝に、やや呆れたような不思議な声が再び響く。
『姿を見せろというけど……ほら、さっきから君の目の前にいるだろう』
「何を言って……」
謎の言葉に反論しようとするユリウスだったが、すぐ目の前に誰かが立っていることに気付く。
『ほらね、言った通りだろ?』
突如として現れたその人物は、唇の端を吊り上げてシニカルに笑う。
それは、少年とも少女とも言える不思議だが、非常に整った顔立ちの人物だった。
年の見た目は十代の前半、まるで水遊びでもする時に着るような体にぴったりとフィットする白の衣服を身に纏い、こちらを値踏みするように腕を組んだ姿勢で立っていた。
体の起伏は殆どないので性別は分からないが、身長の倍以上はある長いブロンドの髪を見て、ユリウスは勝手に女であろうと推察する。
(それに、目の間の人物が男か女なんてどうでもいい)
『そうそう、そんなことはどうでもいいよね?』
「――っ!? お前、僕の頭を……」
『うん、読んだよ。ユリウス、君とはずっと繋がっているんだから当然だろ?』
「そうか、やはりか……」
なんとなくそんな気はしていたが、今の言葉で確信を得られた。
「お前、僕の紋章兵器、アイディールアイズだな?」
『うん、そうだよ。ようやくここまで来れたね。おめでとう、ユリウス』
そう言って謎の人物、アイディールアイズは赤と青の瞳を鈍く光らせながら薄く笑った。
紋章兵器と対話ができるという話をプリマヴェーラやセシルから聞いてはいたが、まさかこんな形だとは思わなかったとユリウスは思う。
それに、こんなところでのんびり会話をしていていいものかとも思う。
『大丈夫だよ。ここでの時間経過は、外の世界ではないに等しいからさ』
すると、またしてもユリウスの思考を読んだかのようにアイディールアイズが機先を制す。
『セシルを見てもそうだろう? 会話したと言っても、それは一瞬のことだったはずだよ』
「……そういえば、そうだったな」
セシルかがラファーガの新しい力を引き出してみせた時を思い出す。
もしかしたらこれは脳内で行われている会話だからだろうか、アイディールアイズが話す声は、不思議と頭の隅々まで響いた。
大体の状況を理解したユリウスは小さく頷くと、アイディールアイズへと話しかける。
「それじゃあ、お前にはたっぷりと話しを聞かせてもらおうか」
『いいよ。でも、その前に……』
アイディールアイズは人差し指をユリウスの口へと持って行きながら、無邪気な笑みを浮かべる。
『私のことはお前、じゃなくてアイちゃんとでも呼んで欲しいな』
「ふざけていないで、とっとと話を聞かせろ」
『つれないな……まあ、呼び方なんて別にいいんだけどね』
「…………」
だったら余計なことを言うな。そう言いたい気持ちを全力で押さえつけながら、ユリウスは質問を始める。
「先ずは、どうして僕が何度も話しかけていたのに、応えてくれなかったんだ?」
『それは簡単な話だよ。君がボクのことを心から信用してくれてなかったからだよ』
「そんなことは……」
『あるだろう? 君は常にこう思っていたはずだ。どうして自分の紋章兵器はこんなにも弱いんだ。こんなにも役立たずなんだって、ね』
「うっ……」
それについては思い当たることが多々あった。
新しい紋章兵器を見る度に、どうして自分の紋章兵器はこんなにも地味なのか。相手を圧倒する力がないのかと口には出さなくとも度々思っていたことだった。
だが、それも無理ないことだった。
「実際、お前の能力は微妙じゃないか。ただ、遠くを見たり、脅威を視認したりしかできないだろう」
『そんなことないよ。それは、ユリウスがそれしかできないと思い込んでいるからさ。ボクたちの力はね、持った者の想いで大きく力が変わるんだ』
「力が……変わる?」
『そうそう、例えばあの男が持っている金槌の紋章兵器、グリーディスミスは、本来は武器を作るものなのに、使い手の強い想いでかなり捻じ曲げられているよ』
「そうなのか?」
『そうだよ。ユリウスがボクの力を遠見と予測でしか引き出せないのも、それしかないと思っているからだよ』
その言葉に、ユリウスは愕然とする。
自分の紋章兵器に他の使い方があるなど、思いもしなかったのだ。
そもそも今の力も、山賊に攫われて後、何度も思考と実験を繰り返し、ようやく辿り着いた結論だったのだ。
(……だけど、今はもう迷っている場合ではない)
他に力の使い方があるというならば、それであの男に勝てるというのならば、くだらないしがらみに囚われる必要はないとユリウスは結論付ける。
「……だったらそれ以外の力の使い方とやら、教えてくれるんだろうな」
『いいよ。あいつに勝つ為のとっておきを教えてあげる』
そう言うと、アイディールアイズは年相応とは思えない、まるでユリウスが見せるかのような邪悪な笑みを浮かべた。




