宿敵
四回目の戦場外での大爆発を確認したバオファは、口の端を吊り上げてシニカルな笑みを浮かべる。
「ほう、ただの小兵と思っていたが、中々にやるではないか」
最初はこちらの紋章兵器の射程外で、コソコソと逃げ回る腰抜け共かと思っていたが、本隊を囮にしっかりとこちらの裏をかいて、主力となる投石機の破壊工作を仕掛けてきた。
戦力差としてはまだまだこちらが優勢だが、リーアン王国の兵士は紋章兵器に頼った作戦に慣れているため、敵国と比べて明らかに練度不足で押されはじめていた。
「ククク……さて、次はどうして楽しませてくれるかな」
一部の劣勢となっている戦況を見ながら、バオファは自分の腰に吊るしてある金槌の紋章兵器、グリーディスミスを触る。
「バ、バオファ様!」
するとそこへ、伝令の兵士がバオファの下へ慌てたようにやって来る。
それを見たバオファは、紋章兵器から手を離して伝令へと向き直る。
「…………何だ?」
ギロリ、と睨まれた伝令の兵士は、恐怖で竦みそうになりながらも、自分に与えられた役割を全うしようと、恐々と話し始める。
「そ、その……実は、投石機を破壊された影響で、敵の攻勢が思ったより激しくなり、前線が追い上げられているのです。このままでは、投石機に取りつかれるのも時間の問題かと……」
「…………」
報告を聞いたバオファは、両手を組んだ姿勢のまま黙祷したまま動かないでいた。
「…………あ、あの、バオファ様?」
勇気を振り絞って報告に来たにも拘らず、まさかの無反応に伝令の兵士は困惑する。
ひょっとして自分は、この無慈悲な王に対して機嫌を損ねるような何か無礼を働いてしまったのだろうか。
そんないくつもの不安が渦巻く中、バオファがゆっくりと目を開ける。
「…………だから、どうした?」
「えっ?」
「だからどうした。と言った」
言われたことが理解できず、混乱した様子の伝令の兵士に、バオファは冷たい視線を向ける。
「俺はお前たちに勝てる手を授けてやった。本来なら必ず勝てる手だ。それなのに勝てないと言うならば、それはお前たちの無能が原因だ。お前たちの無能の尻拭いを、どうして俺がしてやる必要がある?」
「で、ですが、それなら我々はどうすれば?」
「それこそ自分たちで考えたらどうだ? 今からでも全軍で死ぬ気で突撃を命じ、敵味方関係なく吹き飛ばせば、もしかしたら勝ちが見えてくるかもしれないな」
「そ、そうか、その方法なら……」
バオファが思い付きで語った一言に対し、伝令は天啓でも受けたかのように顔を上げると「失礼します」と深々と頭を下げて立ち去って行った。
「…………」
立ち去って行く伝令の背中を見ながら、バオファはこれから起こるであろう泥沼の戦いを想像して「はぁ」と重い溜息を吐く。
自分でここまで連れてきた連中ではあるが、想像を超えた無能ぶりに、呆れてものも言えなかった。
だが、ここで全軍が突撃してくれるのは、バオファにとっては僥倖だった。
伝令の言葉で待機していた兵士たちが一斉に動くのを見ながら、バオファは虚空へ向かって話しかける。
「せっかく邪魔者を排除してやったのだ。いつまでもコソコソ隠れていないで出てきたらどうだ?」
「…………随分と余裕だな」
すると、バオファの言葉に返答する声が響き、岩陰から二人の人物が姿を見せる。
「ようやく会えたぞ……リーアン王国の王」
「ユリウス、気持ちはわかるけど、先走るのはよくないからね」
体中から溢れる殺気を隠そうともせず、犬歯を剥き出しにしたユリウスを見て、一緒に現れたファルコが心配そうに声をかける。
「囮となったカルドア将軍たちや、僕たちをここまで送り届けてくれた皆のためにも、僕たちは絶対に負けるわけにはいかないよ」
「……言われなくてもわかってるよ」
だが、自分が冷静ではないことがわかったのか、ユリウスはゆっくりと深呼吸を繰り返す。
そんなやり取りをしている二人を見たバオファ、その内の一人が報告に聞いた人物であることに気付き、顔を嗜虐的に歪める。
「背後から明らかな殺気を放っておきながら、様子を伺うばかりで攻めてこないから誰かと思ったら……ミグラテール王国の光の王子と呼ばれるファルコ王子ではないか……一応、聞いておくが、どうやってここまで来たのだ?」
バオファは紋章兵器を使って周辺に触れると爆発する罠をいくつも仕掛けていた。そして、それは一つでも発動すれば、すぐさまバオファにもわかるようになっていた。
だが、それ等の仕掛けが作動した様子はない。
運よく全ての罠を避けて通って来た可能性もあるが、それがいかに不可能であるかは、罠を仕掛けたバオファが一番よくわかっていた。
「簡単なことだ」
するとそこへ、ユリウスがファルコとの間に割って入って来て得意気に語る。
「お前が仕掛けた罠は、僕が全部、見切ってくぐり抜けて来たのさ」
「…………お前は?」
「僕を知らない? まあ、そうだろうな」
ユリウスは溢れ出しそうな殺気をどうにか抑えるため、自分の胸を力いっぱい掴みながら静かに話す。
「だが、僕はお前をずっと探していた。僕の国を滅ぼしたお前を殺すために……その為に力を手に入れてな」
「…………なるほど」
それだけである程度状況を察したバオファは、嬉しそうに何度も頷く。
「何処の国の生き残りか知らないが、どうやら俺の知らない紋章兵器を装備した輩がいたようだな」
「……何を笑っている!」
余裕の表情を崩さないバオファを見て、ユリウスは額に青筋を浮かべる。
「お前を守っていた連中も、僕たちの仲間が時期に倒してくる」
バオファを守るための兵もいたのだが、一緒にここに来た兵士たちが、ユリウスたちを先に行かせるため、彼等の排除を買って出てくれたのだった。
「残りの兵を突撃させた時点で、お前は既に一人だ。仲間が戻って来る前に、僕たちがお前を殺してやる!」
「ククク、果たしてそれができるかな?」
既に守る者はいないと聞かされても、バオファはまだ余裕の表情を崩さない。
それどころか、ユリウスたちを侮蔑するように目を細めると、口の端を大きく歪めて笑う。
「それに仲間だと? ククク……お前たち、まさか仲間を信用しているのか?」
「当然だよ」
バオファの問いに、ファルコが間を置かずに答える。
「僕たちは、これまで戦いを仲間たちとくり抜けてきた。君たちがここまで追い詰められたのも、君たちに仲間を想う気持ちが無かったからだよ」
「フン、世迷言を……」
ファルコに真っ直ぐ射貫くように見つめれたバオファは、吐き気を催したかのようなジェスチャーをしてみせると、腰から金槌の紋章兵器、グリーディスミスを取り出す。
「仲間だと? そんなものは弱者が使う戯言だ。この俺には、そんなものは一切必要ない。それを証明してやろう」
そう言ってバオファは、手にした紋章兵器を掲げると、地面に思いっきり叩きつけた。




