過ぎたるは猶及ばざるが如し
セシルが放った旋風が作った通路のお蔭で、ブレットたちはようやく深い藪を抜けることができた。
通路は藪が終わる数メートル手前まで続いており、その見事な力加減にブレットは舌を巻く。
「本当……紋章兵器ってどうなってるんだろう」
自分も紋章兵器を手にすることができれば、姉を、ファルコやユリウスのことをもっと助けることができるのに。そう思うブレットだったが、
(…………そうじゃないだろう)
無い物ねだりをしても仕方がないと思い直し、目の前に立ち塞がる最後の藪を掻き分ける。
すると、目の前にカルドアたちに向かって容赦なく大岩を撃ち続けるリーアン王国軍の一部隊の背後に出る。
「よし、目論見通りだ」
ブレットは自分の脳内地図通りに行軍できたことに一先ず安堵する。
カルドアから王都周辺の地図を受け取ったブレットが真っ先に思いついたのは、人が住む地域はかなり開けている者の、それ以外の人の手が入っていない部分がかなり多く、死角となる藪が多いということだった。
そこで、ユリウスとの協議を行い、敵の展開位置の予測と、どう動けば敵の背後を突けるかを徹底的に話し合った。
そうしていくつかの検証を重ねて、今さっき通って来たルートの開拓を行ったのだった。
「ここまでは作戦通り、後は……」
ブレットは藪を掻き分けて顔だけ外へと出すと、敵の投石機を見やる。
リーアン王国軍が採用している投石機は、車輪のついた台座から伸びる支柱に備え付けられた巨大な丸太の先に籠を取り付け、反対側に回った兵士たちが紐を一斉に引っ張って籠の中身を飛ばす、所謂『てこの原理』を使った投石機だった。
仕組みとしては非常に単純で、発射にそれなりの人数が必要だが、量産がし易く、固定式ではなく移動ができることが最大の強みといえる。
それに、飛ばす大岩は、碌に当てなくても着弾と同時に大爆発を起こして辺りに甚大な被害を及ぼしてくれるので、発射装置そのものは左程重要ではないようだ。
リーアン王国の兵士たちは、隊長と思われる人物の掛け声で一斉に紐を引き、次々と大岩を飛ばしていた。
「なるほど……ね」
弓兵という立場上、投擲武器全般に造詣が深いブレットは、相手の投石機の仕組みを一瞬で看破すると、背中から愛用の弓を取り出して弦に矢を番える。
リーアン王国の兵士たちは、背後にブレットがいることなど気付くこともなく、一心不乱に、全員で一つの歯車であるかのように見事に統率された動きで、一定のリズムで大岩を発射していく。
「よしよし、その調子で頼むぞ……」
舌なめずりを一つしたブレットは、相手の動きを見ながら自分もリーアン王国の兵士たちの歯車の一つに溶け込むように集中していく。
投石機の発射過程……準備、設置、号令、発射、準備、設置、号令、発射、準備……、
そうして、いくつかの発射工程を見て、タイミングを計ったブレットは、
「そこだ!」
紐を引くリーアン王国の兵士たちが一斉に力を込めると同時に矢を放つ。
狙い澄まして放たれた矢は、投石機に向かって一直線に飛び、兵士たちが引っ張っていた紐に見事に命中する。
発射する寸前だった投石機の紐が切れ、本来与えられるはずだった力の半分も与えられなかった大岩は、二メートルほど上空に打ち上げられたかと思うと、あっさりと重力に負けて紐が切れて尻もちをついているリーアン王国の兵士たちの上へと落下する。
そして次の瞬間、大岩は落下の衝撃によって爆発し、近くにあった別の大岩を巻き込んで大爆発を起こす。
「――っ、うおっ!?」
爆発の余波は、藪の中に隠れているブレットたちの下まで届き、その余りの凄まじさは立っていることすらままならず、その場に伏せて風が納まるのを待つしかなかった。
何度かの誘爆による爆発の嵐の後、辺りにようやく静寂が訪れる。
「…………」
伏せた状態から静かに顔を上げたブレットは、もう爆風が来ないことを確認しながら静かに立ち上がる。そして、敵の投石機があった場所を見たところで、
「…………うわっ」
顔を青くさせ、小さく身震いする。
そこには黒く染まり、大きく開いた巨大な穴があるだけで、投石機があった形跡は疎か、人の肉片一つ残っていなかった。
「…………」
この事態をたったの矢一本で引き起こしてしまえるほど、相手の紋章兵器の力が強いことを知るが、使い方を誤れば全て自分に返ってくるのだと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
同時に、こんな無駄に強力な力を手に入れられたとしても、大切な人たちを守るどころか、逆に傷つけてしまうのではないかとブレットは思い、やはり自分は自分のできる範囲で姉たちの援護をしようと改めて思い直した。
そのためには、今は一つでも多くの投石機を無力化する必要がある。
この爆発で敵も伏兵の存在に気付き、何かしらの対策を講じられるかもしれないから、時は一刻を争うだろう。
「…………急ごう」
ブレットはセシルたちにそう言うと、地面にできた巨大な黒いシミに背を向け、再び深い藪の中に身を隠して次の目的地へと急いだ。




