弱者の戦い
一方、丘の上にリーアン王国を見据えたミグラテール王国、ラパン王国の連合軍では、カルドアが展開した部隊に大声で指示を出していた。
「いいか、不用意に前へ出るなよ。そこから先は、地獄だと思え」
二国の連合軍が展開している場所は、ユリウスから事前に知らされた敵の投石機の攻撃が届かないギリギリの距離であった。
ここで相手の出方を伺い、時間を稼ぐのがここで二国の士気を任されたカルドアの任務であった。
だが、今回の指示について、ラパン王国の兵士の中には、納得がいかない者も少なからずいた。
すると、ラパン王国軍の中から部隊を纏めている部隊長がカルドアの下へと向かい、話しかける。
「将軍……本当にこれでよかったのでしょか?」
「どういうことだ?」
「我々の役目です。確か確かに我々は紋章兵器を持たない脆弱な軍隊かもしれませんが、それでもここは我々の国なのです。それなのに……」
「我々に死ねと命じてきたことか?」
「…………はい」
カルドアの質問に、部隊長は悔し気に歯噛みする。
「確かに我々は無力です。ですが、こんなただの時間稼ぎのためにだけに死ぬのは我慢ならないのです。将軍、今からでも我々にご命令ください。斥候の報告では、相手の右翼は、がら空きだそうじゃないですか!」
「駄目だ」
「ど、どうしてですか!? 聞いた話では罠があるということですが、軍師殿の力を使えば、罠を抜けていくことぐらい……」
「無駄だ。そんなことぐらいは敵も想定しているだろう」
カルドアはかぶりを振りながら、自身の考えを披露する。
「だからこそ、軍師殿は我々に死ねと命じたのだ」
「……ど、どういうことですか?」
「相手にとって、我々を潰すのは容易い存在のはずだった……」
だが蓋を開けてみれば、リーアン王国軍が一方的に蹂躙できることもなく、手持ちの紋章兵器を二つも破られ、さらに一つは奪われてしまっている。
リーアン王国軍にとっては、蹂躙すべき惰弱な存在に散々辛酸を舐めさせられている状況で、これ見よがしに見せてきた明らかな隙……、
「これを好機と捉えるのは、流石に愚の骨頂だと思わないか?」
「……た、確かに」
「そうだろ? だが、せっかくの隙を使わないてはない。その為に必要なのが……」
「我々の死。というわけですか?」
「そういうことだ。どうせ死ぬのならば、より確実に次に繋がる死に方を選ぶべきだと私は考えている」
「将軍……そこまで」
カルドアも既に死を覚悟しているのだと知り、部隊長はがっくりと肩を落とす。
今にも泣きそうになっている部隊長を見て、カルドアは彼の肩を乱暴に叩きながら快活に笑ってみせる。
「だが、安心しろ。私だってタダで死んでやるつもりはない」
「ほ、本当ですか?」
「無論だ。それに、軍師殿からあらゆる策を授かっている。時間稼ぎをする以上、簡単に死なれては困るらしいからな」
「……プッ、無茶苦茶ですね」
「ああ、全くだ」
カルドアと部隊長は、揃って呆れたように嘆息する。
部隊長は憑き物が落ちたような、血色の良くなった顔を両手でパン、と勢いよく叩くと、最敬礼をしてカルドアを見据える。
「ありがとうございました。将軍のお声が聞けてよかったです」
「そうか、では……」
「はい、我々も将軍と命を共にする覚悟です。せめて立派に囮役を務めてみせようじゃありませんか」
「ああ、我々の意地を見せてやろうではないか」
カルドアも部隊長に敬礼を返し、笑顔の部隊長を見送った。
気を入れ直し、ミグラテール王国とラパン王国の連合軍が改めて部隊を展開し直すと同時に、リーアン王国軍にも動きが出る。
「敵に動きがありました。騎馬隊です!」
部隊の最前線に位置する兵士が叫ぶ向こう側から、土煙を上げて猛然と突撃してくる騎馬隊の姿が見えた。
カルドアも馬上で敵影を確認すると、よく通る声で全軍へと告げる。
「落ち着くんだ。相手の連度はたかが知れている。こちらは冷静に、落ち着いて対処すれば何も問題ない。槍兵、構え!」
その声に反応して槍兵が前へ進み出ると、全軍の盾になるように一斉に槍を構える。
槍兵による強固なバリケードが完成するのを確認したカルドアは、腰から愛用の剣を引き抜き、続いて弓兵へと指示を飛ばす。
「弓兵、敵の足止めをするぞ。一斉掃射!」
カルドアが剣を振り下ろすと同時に、千にも及ぶ弓兵が一斉に矢を騎馬隊へと向けて放つ。
矢は天高く舞い上がると、重力に従って猛然と駆ける騎馬隊へと雨のように降り注ぐ。
この攻撃に、リーアン王国の騎馬隊は一気に浮足立つ。
矢の雨を抜けて、どうにか連合軍の前線に張り付くことができても、今度は槍の壁を前に立ち尽くして矢によって射抜かれるか、そのまま突撃して穴だらけになるかのどっちだった。
立ち上がりとしては上々の結果に、カルドアも興奮したように声を上げる。
「よし、いいぞ! このまま相手を圧倒するんだ」
その声に兵士たちも「おおっ!」と気合の籠った鬨の声を上げながら自分たちに与えられた任務をこなしていく。
その後も戦闘は連合軍側に有利に進んだ。
リーアン王国軍は、当初の予想通り兵士たちの連度は低く、騎馬隊も馬の能力を十分に引き出せる者が少なく、速度も個々で随分と差があった。
そのため、せっかく陣形を組んで突撃を仕掛けても、連携も碌に取れずに命を散らしていく兵士がかなりいた。
だが、それでもリーアン王国の兵士たちは、決死隊を組んで突撃し続けるので、連合軍の間に少なからず動揺が広がっていった。
それでも連合軍の兵士たちは臆することなく、向かってくるリーアン王国兵を次々と打ち倒していったが、徐々に機械的に、人殺しが作業となっていく有様に、注意が散漫になっていた。
その時、血まみれの馬を駆った一人のリーアン王国の兵士が槍の壁に突撃して串刺しになると同時に、血と脳症を撒き散らしながら爆発する。
「――っ、なっ!?」
その様子を遠くから見ていたカルドアも、驚きで声を詰まらせる。
爆発による威力は大したことないようだが、全身に血と臓物を浴びた兵士は明らかに動揺しており、周りにいた者たちも、聞いてはいたが実際に人が爆発するのを目の当たりにして思わず手を止めてしまう者も少なくなかった。
そして、戦場において呆然と立ち尽くすことがいかに愚かなことかは言うまでもない。
僅かに生まれた隙に、好機と見たリーアン王国軍が一斉になだれ込んできて、前線では剣と剣がぶつかる金属音が響くようになった。
「クッ、まだだ。落ち着いて押し返すんだ!」
敵に肉薄を許したことに、カルドアが慌てたように指示を飛ばすが、そこへさらなる追い打ちがかかる。
部隊の最前列に、ここには届かないはずの投石機による大岩の投擲が着弾し、大爆発を起こして敵味方関係なく吹き飛ばしたのだ。
「なっ、まさか……」
こちらの前線に届くように、投石機を移動したのか?
その予想は間違っていなかったらしく、大岩は確実にカルドアがいる最後列へと向けて射程を伸ばし続けていた。




