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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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傷心

 かなり危うい状況ではあったが、ヴィオラはどうにか命を繋ぎ止めた。


 他にも大勢の怪我人がいたにも拘らず、ファルコから連絡を受けたプリマヴェーラが、ブレットを伴って真っ先にユリウスたちの下へと駆け付けてくれたことが大きかった。

 その場でプリマヴェーラの紋章兵器マグナ・スレストによる回復を行った後は、本隊に戻って破れてしまったメイド服を着替えさせ、ベッドへと運んだところで一先ずの治療は終わった。

 だが、エレオスリングの力を持ったとしても、ヴィオラの潰れてしまった右腕を元に戻すことはできず、肘から先を失うことになってしまった。

 それだけでなく、怪我の治療は行ったのだが、それまでに大量の血を失った影響か、ヴィオラの意識が戻ることはなかった。


 本隊の自信に宛がわれた天幕に戻ってからずっと、ユリウスはヴィオラが意識を取り戻すのを彼女の隣で待ち続けた。


「…………ヴィオラ」


 ヴィオラの失った右腕を優しく包みながら、ユリウスは静かな声で話しかける。


「早く目を覚まして……そしてまた、僕に野菜だらけのスープを作ってよ。今度こそ、残さずに食べてみせるからさ」


 長いこと極貧の生活を送って来たユリウスだったが、思いのほか食べ物の好き嫌いが多く、特にヴィオラが作る野菜をふんだんに使ったスープを何かと理由を付けて残していた。

 その度にヴィオラから小言をもらうのだが、その時だけは、彼女の様子が城にいた時と同じように溌剌とした様子を見せてくれるので、ここ最近のユリウスは、密かにいくつかの野菜を克服していたにも拘らず、怒ってもらいたくてわざと残したりしたのもだった。


「だからさ、きっと驚くと思うから早く起きてよ……」


 ユリウスは額にヴィオラの腕を押し当て、ヴィオラの意識が早く戻るようにと静かに祈るが、そんな願いも空しく、ヴィオラが目を覚ますことはなかった。


 

「ユリウス、いいかい?」


 その後もヴィオラの意識が戻るのを待ち続けるユリウスの天幕へ、ファルコが遠慮がちに顔を出す。


「今後のについて話しをしたいんだけどいいかな?」

「…………」


 ファルコの言葉に、ユリウスはヴィオラをジッと見たまま応えない。

 別にファルコに対して何かしらの意図が合って無視をしているのではなく、少しでも目を離してしまえば、その瞬間にヴィオラが消えてしまうかもしれないという不安からだった。

 それがわかっているのか、ファルコもそんなユリウスの態度を特に咎めることなく、声は届いているだろうと話を続ける。


「聞いているかもしれないけど、僕たちには時間がないんだ。この状況を打破するためにも、君の知恵を借りたいんだ」

「…………」

「それで、この後カルドア将軍たちと軍議を開くんだけど、ユリウスも来てくれるかな?」

「…………」

「…………それじゃあ、待ってるから」


 ユリウスの答えを聞かず、ファルコは一方的に話を打ち切ると、天幕から去っていった。




「…………ユリウス様」


 ファルコが出ていったから殆ど間を置かずして、今度はプリマヴェーラが天幕内に姿を見せる。

 プリマヴェーラは、入り口から顔だけ覗かせて探るように中を見ながらユリウスに話しかける。


「……入ってもよろしいでしょうか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………あ、あの」

「……はぁ」


 思わず涙声になるプリマヴェーラに、ユリウスは大きく溜息を吐きながらぶっきらぼうに答える。


「別に拒む理由はない。好きにしろ」

「は、はい!」


 許可を得たプリマヴェーラは顔をパッ、と華やかせると、とてとてとユリウスのすぐ隣へとやって来ると、並んでヴィオラの様子を見やる。


「ヴィオラさん、まだ目を覚まさないのですね」

「ああ、怪我は治ったのに何故か目を覚まさないんだ……」

「それはおそらく、体がまだ動かせる状態じゃないんだと思います」


 プリマヴェーラ曰く、ヴィオラの傷口から血以外にも、体を動かすのに必要なものが多量に流れ出てしまったので、それを補うために体が休止状態になってしまっているのだという。


「心配しなくても、ヴィオラさんは必ず目を覚ましますから、安心してください」

「そうか……」

「そうですよ。ですから……」


 プリマヴェーラは「コホン」と小さく咳払いをすると、ユリウスのヴィオラの手を包み込んでいる手に自分の手を重ねる。


「ユリウス様、ここはわたくしに任せて、どうかご自身の使命を全うなさって下さい」

「…………それは、ファルコに言われたのか?」


 ユリウスが鋭く、指すような視線をプリマヴェーラに向けるが、彼女は臆することなくゆっくりとかぶりを振る。


「いいえ、これはわたくしの意思です。お兄様は関係ありません」

「……どうだか」

「別に信じて下さいとは言いませんただ、わたくしが一方的に信じているのです」


 プリマヴェーラは大きく深呼吸を繰り返すと、大きな目でユリウスがを真っ直ぐ射貫くように見据える。


「今度の敵、ユリウス様の敵の一人だそうですね?」

「――っ!?」


 その言葉に弾けるように顔を向けてくるユリウスに、プリマヴェーラは慈しむような穏やか笑みを浮かべる。


「ついに念願の憎くて堪らない敵が現れたのです。こんな好機を前に、みすみす震えて縮こまるなんて真似、ユリウス様がするはずありませんよね?」

「……お前、僕をからかっているのか」

「まさか、とんでもございません。わたくしはこう言っているのです。ユリウス様は決して折れないお方。大切な人を守るため、自分の目的のためならば、何度でも立ち上がるお方だ、と」

「…………クッ」


 声音こそ穏やかだが、明らかに挑発するようなプリマヴェーラの言葉に、ユリウスは思わず歯噛みする。


「…………はぁ」


 だが、そのお蔭でユリウスは大事なことを思い出す。

 それは、自分が何のためにここまでやって来たか、だ。


 言うまでもない。全ては復讐を果たすためだ。


 これまで数え切れないほどの犠牲を積み重ねてきた。その中には、ヴィオラに耐え難い苦痛を数年に渡って強いてきたこともある。

 それだけでなく、自分の致命的なミスでヴィオラの命の危機に晒してしまった。

 自分の所為でヴィオラを失うかもしれないという恐怖で怖気づいてしまいそうになったが、ここで逃げ出してしまったら、それこそヴィオラに顔向けできないし、自分を一生許すことができない。


「…………やれやれ」


 ユリウスは大袈裟に肩を竦めてみせると、冷や汗を浮かべているプリマヴェーラに諦観したように笑いかける。


「僕としたことが、少し感傷的になっていたようだ。迷惑をかけたな」

「いえ、信じていましたから」

「そうか……それじゃあ僕もプリムのことを信じるから、ヴィオラを任せてもいいか?」

「――っ、は、はい! もちろん、お任せください!」


 まさかの言葉に、プリマヴェーラは嬉しそうに何度も頷く。

 そんな簡単なことで喜びを爆発させるプリマヴェーラに苦笑しながら、ユリウスは重い腰を上げる。


「それじゃあ、ファルコのところに行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃいませ」

「ああ、いってくる」


 深々と頭を下げるプリマヴェーラにユリウスは片手を上げて応えると、自分の天幕から出ていった。

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