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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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親愛なる姉

 耳を劈く轟音、体を内側からひっくり返されるような衝撃、そして身を焦がす激しい高熱にユリウスは本気で死を覚悟した。

 幸いにも大岩が直撃することはなかったが、爆発によって発生する爆風で何度も地面を転がり、強かに体を打ち付けられた。

 激しく揺さぶり続けられ、上下の認識できなくなった頃になってようやく爆発の衝撃が収縮し、ユリウスの体は冷たい地面に投げ出された。


「…………ぼ……ぼく……は…………」


 生きているのか。

 全身の感覚が殆どなく、視界はぼやけ、耳も殆ど聞こえないが、息を吸う度に全身を針で刺されたような鋭い痛みが走る感覚に、ユリウスは奇跡的に助かったことを自覚する。


 だが、ここで助かっても次の攻撃で肉片の一つも残らないだろう。そう思ったユリウスが来るべき断罪に備えてゆっくりと目を閉じるが、


「…………」


 いつまで経っても、ユリウスの命を絶つ攻撃が来ることはなかった。

 どういうことかとユリウスが緩慢な動きで目を巡らせると、丘を埋め尽くすように並んでいた投石機の群れが、ゆっくりと後退していく様子が伺えた。


「な…………んで?」


 確実に止めを刺せる絶好の機会なのに、どうして相手が立ち去るのかわからず、ユリウスは去っていく敵軍を呆然と見やる。

 まさか、手心を加えられたのだろうか。理由があるとすればそれしか思いつかず、その傲慢さにユリウスは怒りを覚えてわなわなと手を振り上げるが、


「…………はぁ」


 全ては自分が愚かな行動をした結果であったことを思い知り、振り上げた拳を力なく下ろして溜息を吐く。

 それに、そんな相手の傲慢さのお蔭で失うはずだった命を拾うことができたのだ。今は過去の過ちを悔いるより、次に繋げることを考えるべきだ。


 そう考えたユリウスは、自分の体の状況を確かめる。


「…………」


 全身が酷く痛むものの、骨などに異常は見られない。それに、視界をはじめとする五感も徐々に戻ってきており、歩いて帰ることも不可能ではなさそうだった。


 だが、ユリウスが五体満足でいられた要因は、ただ運がよかっただけではなかった。


 爆発の直前、ユリウスの体を爆風から庇うように誰かが守ってくれたからだった。

 あれは一体、誰ったのだろうか?

 少し余裕の出てきたユリウスは、痛む体をどうにか動かして自分を守ってくれた人の顔を見て、


「あ……ああ、ああああああっ」


 驚愕に目を見開き、唇をわなわなと震わせながらその人物へと手を伸ばす。


「ヴィ、ヴィオラ……どうして……どうしてここに?」

「…………」


 ユリウスが震える声で自分の腰に抱き付いているヴィオラに話しかけるが、彼女からの返事はない。

 全身に酷い痛みがあるものの、命に別条がなかったユリウスとは違い、ヴィオラの状態は明らかに深刻だった。

 先ず目につくのは大きく引き裂かれ、高熱によって焼け爛れた背中で、爆風が納まった後でもかなりの熱を持っているのか、皮膚の表面が泡立っているのが痛々しかった。

 その火傷の範囲がかなりの広範囲にわたって焼かれていることから、ヴィオラがいかに献身的にユリウスのことを守ってくれたかがよくわかった。


 だが、ヴィオラの怪我はそれだけではなかった。


 吹き飛ばされる時に大岩による直撃を受けたのか、だらりと垂れさがる左足はあらぬ方向に曲がっており、ユリウスを抱いていると思われた手も、右腕の肘から先が原形を留めないほどぐちゃぐちゃに潰され、傷口から血が噴水のように噴き出していた。


「ヴィ、ヴィオラ! しっかりするんだ!」


 最愛の家族の非常事態に、ユリウスは体の痛みも忘れて飛び起きると、ヴィオラの体を支えるように抱き上げる。


「――っ!」


 抱き上げられると同時に、ヴィオラは苦痛に顔を歪める。

 その反応を見たユリウスは、ヴィオラがまだ死んでいないと安堵するものの、事態は一刻を争う状況だった。


「血が……止まらない!?」


 ヴィオラの潰れた右腕から噴き出る血をどうにか止めようとするのだが、止血帯のような道具を一切もっていないのと、これだけぐちゃぐちゃに潰されてしまった腕に対して、どのような治療を施せばいいのか、まるでわからなかった。

 こうしている間にもヴィオラ体からは血が流れ続け、血色はどんどん悪くなり、体温がみるみる失われていくのが肌を通じてわかった。

 手から零れるように、ヴィオラの命の灯が消えていくのを肌で感じたユリウスは、今にも泣き出しそうな顔をしながら叫ぶ。


「だ、駄目だ。ヴィオラ、僕を置いて死ぬなんて許さないぞ!」


 だが、それでも何の反応も示さないヴィオラを見て、ユリウスの目からとうとう大粒の涙が零れる。


「…………お願いだ。目を覚ましてくれ! お願いだから僕を…………僕を一人にしないでくれ……ヴィオラがいなくなったら僕は……僕は…………」

「…………ユリ…………ウス」


 涙声で叫ぶユリウスの声が届いたのか、ヴィオラが僅かに目を開けてユリウスの名を呼ぶ。


「ああ…………よかった。生きて…………いた」

「ああ、ああ、生きているよ。ヴィオラが守ってくれたんだ。これまでもずっと僕を守ってくれたのに、今回もまた僕を守ってくれたんだ。本当に……本当にありがとう」


 何度も頭を下げて礼を言うユリウスに、ヴィオラは弱々しく首を振る。


「いい…………んです。ユリウスを守るのが…………私の……務め…………」


 でも、


「いつの間にか……務めだからとかではなく…………ユリウスのことを…………心から愛して…………そう、本当の……姉…………イデア様のように…………」

「何を言っているんだ。ヴィオラはずっと前から僕のもう一人の姉だった! 姉さんの代わりなんかじゃない。血の繋がりはなくても、僕にとってかけがえのない家族だよ! これまでもそう言ってきただろう!?」

「ああ…………そう…………でしたね」

「そうだよ。全く…………忘れるなんて酷いじゃないか」


 ユリウスは軽口を叩きながらヴィオラの体をきつく抱き締める。

 こうしていないと、今にもヴィオラの命の灯が消えてしまうのかと思うほど、彼女の体温が低く、冷たくなっていたのだ。

 早く何とかしなければと思うが、ユリウスにはどうすることもできなかった。

 プリマヴェーラがここにいればと思うが、こんな敵地真っ只中に彼女が来るはずもない。

 これも全て、憎き敵を見つけたからと我を忘れてしまった自分が蒔いた種なのか。

 それで自分が命を失うならまだしも、ヴィオラの命が失われるのは、余りにも理不尽過ぎるのではないだろうか。


 そうこうしている間にもヴィオラ目は虚ろになり、傷口から噴き出る血の量が明らかに減ってきていた。


「嫌だ……死んじゃ嫌だ」


 最早何の反応も示さなくなったヴィオラの様子に、ユリウスは子供のように泣きじゃくりながらいやいやとかぶりを振る。


「誰か……誰でもいい。ヴィオラを助けてくれ……お願いだ」


 消え入るような声で懇願するユリウスの願いが届いたのか、


「ええ、お任せください」

「――っ!?」


 ここにいないはずの声が聞こえ、ユリウスは弾けるように声のした方を見やる。


「ユリウス様の大事な方は、わたくしにとっても、大事な方ですからね」


 そこには慈愛の笑みを浮かべた聖女がいた。

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