敵
来るなと止められたファルコだったが、城の爆発を見て、居ても立っても居られなくなり、セシルを救出したユリウスの下へと動いていた。
そのユリウスは、爆発した城の方を見ながら呆然と立ち尽くしていた。
すぐ近くで爆発が起きてもその場から移動しようとしないユリウスに、ファルコは何かあったのかと不安を抱きながら必死に駆けよる。
「ユリウス!」
背後から肩を掴んで話しかけると、心ここに在らずといった様子のユリウスの顔が見え、ファルコは思わず息を飲むが、それでもどうにか言葉を振り絞って話しかける。
「ユ、ユリウス……大丈夫かい?」
「…………けた」
「えっ?」
「見つけたんだよ!」
ユリウスは大声を上げると、血走った目で飛来物が飛んで来る方向を睨む。
「奴だ! 僕の国を……両親と姉さんの命を奪った奴が現れたんだ!」
「僕の国って……それってまさか、ユリウスの敵が見つかったってことなのか!?」
「そうだ、それ以外に何があるって言うんだ!」
ユリウスは「こうしてはいられない」と言うと、抱き抱えているセシルをファルコに向かって差し出そうとする。
「――っ!?」
ユリウスの意図を察したセシルは、いやいやとかぶりを振りながら渡されるのを拒否しようとするが、
「セシル、お前がファルコにただならぬ感情を抱いていようが知ったことではない。これは緊急事態なのだ」
「……ユリウス、そういうことは安易に口にするものじゃないよ」
「知ったことではない。どうせ今のセシルには聞こえてはいない」
「だ、だからといって……」
ファルコの非難するような言葉にも表情一つ変えることなく、ユリウスはセシルの腕を無理矢理引き剥がしてファルコに押し付ける。
怪我人であるセシルを蔑ろにするわけにはいかないファルコは、申し訳なさそうに眦を下げながら彼女へと手を伸ばす。
「ごめんね。嫌かもしれないけど、少しだけ我慢してね」
「…………」
声は聞こえずとも、憧れの人の表情からある程度の事情を察したセシルは、赤い顔を隠すように俯いてふるふると弱々しく首を振る。
ファルコの腕の中に納まったセシルは、恨みがましくユリウスのことを睨むが、そのユリウスは既にセシルの方を見ていなかった。
「殺してやる。殺してやる。殺してやる…………」
呪詛の言葉を口にしながら、ユリウスは右目の紋章兵器の力を解放させる。
視界を一瞬にして暁に染まる上空へと押し上げたユリウスは、山向こうに沈もうとする陽の眩しさに目を細めながら、飛来物が飛んできている方向、王都の向こうを睨む。
そこは、王都を抜けた平原の先にある丘の上。そこに横一列で陣取るようにいくつもの投石機が整然と並べ、大きな岩を次々と王都に向けて撃ち出していた。
撃ち出される岩は、一見するとごく普通の大きな岩にしか見えないのだが、どういう理屈かその岩は、着弾すると同時に大爆発を引き起こし、ラパン王都に甚大な被害を生み出していた。
「…………」
だが、ユリウスはそんな投石機による攻撃には目もくれず、敵兵の中にいるはずの指揮官と思われる人物を探す。
だが、広く展開されている部隊の中から、一人の人物だけを探すというのは容易ではない。
「…………」
今いる場所からではよく見えないと、ユリウスは紋章兵器を発動させたまま敵がいる方向へと歩き出す。
「あっ、おい、ユリウス、何処に行くんだ!?」
セシルを運んでいたファルコが驚いたように声をかけるが、ユリウスはその声を無視して奥へ奥へと進んでいく。
途中、近くに岩が着弾して大爆発を起こし、大小様々な破片が舞い散り、その内の一つが頬を切り裂いて赤い雫を垂らすが、ユリウスは気にも留めずに歩き続ける。
「……ダメだ。聞こえていない」
セシルを連れているため、ユリウスを追いかけるわけにはいかないファルコは、助けを求めようと辺りを見渡すが、混乱の極みにある状況で話を聞いてくれそうな者は皆無だった。
「こうなったら、一刻も早くプリムの下へ行って、それから……」
ユリウスを助けに向かう。
それが最善だとファルコは判断すると、セシルを持つ手に力を入れる。
その瞬間、セシルの体が緊張で硬くなるのを察したファルコは、苦笑しながらも彼女に向かって優しく笑いかける。
「ゴメン、少し急ぐから揺れるかもしれないけど我慢してね」
ファルコはそう言うと、現在、目と耳が利かないというセシルを治療してもらうため、妹のプリマヴェーラを探して駆け出した。
一方、憎い敵のことしか頭にないユリウスは、
「違う……あいつも違う…………」
右目の紋章兵器で敵兵の顔を一人一人確認しながら、敵将の姿を探していた。
血走った目を限界まで見開き、幽鬼のような足取りで敵を探す様は、飢えた獣そのものだった。
一箇所の部隊の面子を見渡し、該当する人物がいなければ他の部隊を、現在地から敵の部隊を確認できなければ見える位置へと移動する。
この時のユリウスは、全ての注意を右目の紋章兵器に割いており、自分が何処にいるかすら認識していなかった。
全ては憎むべき敵の姿を見つけるため。その一点だけを考えてユリウスは歩き続けていた。
そうして歩き続けること数分、
「…………見つけた」
ユリウスはとうとう、目的の人物を見つける。
それは展開された部隊の最奥、一際巨大な二機の投石機の真ん中に立つ赤銅色の皮膚に燃えるような赤く長い髪を持つ偉丈夫だった。
手には両端の先が尖っている不思議な形の金槌を持ち、用意された大岩を次々と金槌で叩いていた。
おそらくあの金槌こそがこの爆発を生み出している紋章兵器の力であり、あの巨人が部下に報告するように言っていたリーアン王国の国王で間違いなさそうだった
「ようやく見つけた……ようやく」
ユリウスは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うとリーアン王国の王、バオファを睨む。
「待っていろ……必ずお前のことを殺してやるからな」
すると、そんなユリウスの声に呼応するように、バオファがユリウスの方を見やる。
「――っ!?」
バオファと目が合ったと思った瞬間、ユリウスは驚きで我に返る。
まさか、相手もこちらと同じように遠くを視認する能力を持っているのか。そう思ったユリウスが顔を上げると、自分が今、何処にいるのかをようやく理解する。
そこは身を隠す物が何もない、だだっ広い平原だった。
無意識で歩いていたので気付かなかったが、いつの間にか市街を超えて、巨人と対峙した時のような畑が広がる場所まで来てしまっていたのだ。
当然ながらそんな開けた場所にいては、敵からユリウスの位置はまる見えだった。
バオファの指示で一斉に発射される投石機を見たユリウスは、慌てて左目の紋章兵器を発動させるが、自分を中心に辺り一帯、全てが赤い色に染まっているのが見えた。
「しまっ……」
怒りに任せて行動した結果とはいえ、余りにも迂闊だったと後悔するが、気付くのが余りにも遅い。
投石機から発射された爆発する岩が着弾するまで数秒、ユリウスの運動能力では危険範囲から脱出することは不可能だった。
「クソッ、クソッ……」
せっかく念願の敵を発見できたのに、仇を討つ前に敵そのものに殺されることになるとは思わなかった。
「クソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!」
せめて自分の声だけでも相手の脳裏に刻み込んでやろうと、ユリウスは全力の叫び声を上げ続けた。
その後もユリウスは叫び続け、死を届ける大岩が目の前まで迫ったところで、
「ユリウス!」
何者かがユリウスに飛び付いて、彼の体を地面へと押し付ける。
次の瞬間、大岩が着弾して辺り一帯を大爆発に巻き込んだ。




