赤に染まる王都
セシルが爆発に巻き込まれた時、ユリウスは何が起きたのか一瞬、理解できなかった。
だが、跡形もなくなってしまった少女と、血だまりの中で倒れているセシルを見て、ユリウスは顔から血の気が一気に引くのを自覚する。
すると、
「熱い、体が…………体が熱い!」
一人の男性が突然「体が熱い」と苦しみ出す。
その男性は全身に汗をかき、熱さから逃れるように衣服をビリビリに切り裂くと、さらにその下の皮膚をガリガリと掻きむしる。余りの力で掻きむしっているのか、上半身の至る所から血が噴き出してくるが、男性は一向に気にした様子もなくさらに爪で皮膚を抉っていく。
男性は苦しみが増し続けていくのか、叫び、呻き声を上げながら激しくのたうち回る。
口角から泡を飛ばし、眼球が飛び出しそうなほど目を見開いた男性は、
「ああ、ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
とても人が発したとは思えないほどのおぞましい叫び声を上げると、男性の体が赤い血煙となって弾け飛ぶ。
さらに、男性の爆発に呼応するように近くにいた人々が次々と爆発していく。
「な、何だ……これは……」
まるで示し合わせたかのように人が爆ぜていく様子に、ユリウスは唖然とするが、
「ユリウス、早くセシルを……」
「――っ、わかってる!」
ファルコの声で我に返ると、後ろを振り返って彼に向かって叫ぶ。
「おい、お前はここを動くなよ!」
「えっ? どうして……」
「敵の攻撃が何かわからない場所に総大将であるお前が行って、死んだら目も当てられないだろ。僕ならその心配はない」
「そ、そうだね。わかった。気を付けて……」
「言われるまでもない」
ユリウスは小さく頷いて左目の紋章兵器の力を解放させると、セシルの安否を確かめる為に駆け出した。
ユリウスは駆けだしてすぐに左目の紋章兵器を発動させ、自身の眼に映ったものを見て困惑する。
「……どうして」
今、ユリウスの左目には、視界中に脅威を示す赤で埋め尽くされていた。
だが、その赤い色の発信源は……、
「た、助けて……」
「いやっ! 死にたくない、死にたくないの!」
「そんな……まさか、あれが…………」
王都の中で見つかったという生存者たちだった。
見る限りこれといった武装はしておらず、身体つきもとても徒手空拳で人を殺せるような達人にも見えない生存者たちだが、彼等が一様に赤く見えるのは、あの謎の爆発と関係があるからだろう。
彼等がいつ、どのタイミングで爆発するのは全くの未知数だが、今は一刻も早くセシルの安否を確かめる必要がある。
「…………すぅ」
大きく息を吸い、覚悟を決めたユリウスは、なるべく脅威となっている生存者たちに近寄らないようにしてセシルへと駆け寄った。
幸いにもそれ以上の爆発は起きることなく、ユリウスはセシルの下へと辿り着くことができた。
爆発に巻き込まれたセシルは、赤い血だまりの中でぐったりと微動だにしていなかった。
「セシル!」
ユリウスは滑り込むようにしてセシルのすぐ脇へと腰を下ろすと、彼女の体を抱えて耳元で呼びかける。
「セシル、大丈夫か!? 僕の声が聞こえたら返事しろ!」
しかし、ユリウスの必死の呼びかけにも、セシルは何の反応も示さない。
(ま、まさか、そんな……)
思わず最悪の事態を想像してしまうが、
「…………うぅ」
そこで僅かにセシルが身動ぎをするのを確認し、ユリウスは弾けたように彼女へと向き直る。
「セシル! 僕だ、わかるか!?」
眼前で必死に呼びかけると、セシルは僅かに目を開け、小さく頷く。
どうやら爆発に巻き込まれたにも拘らず、命に別条はないようだった。
血だまりの中で倒れていたセシルだったが、どうやらこの血は彼女が流した血ではないようで、見た限り大きな外傷は見受けられない。
「…………よかった」
セシルが無事だったことに、ユリウスは心から安堵する。
だが、今は興奮状態で体の異変に気付いていないだけで、もしかしたら見えない箇所に何かしらの異常があるかもしれない。
そう判断したユリウスは、セシルを抱き上げて安全な場所まで移動させようとする。
だが、
「…………」
そこでセシルが、ユリウス服の袖を引っ張って注意を引く。
「何だ。どうした?」
ユリウスが尋ねると、セシルは自分の身に何が起きたのか確認するように視線をあちこち彷徨わせる。
どうやら、自分が抱いていた少女の行方が気になる様だった。
その視線の意味に気付いたユリウスは、気休めを言っても仕方がないと、首を振ってセシルに端的に事実を伝えることにする。
「残念だが、あの子は生きていない。死んだよ」
「…………」
だが、セシルは、キョトンとした顔でユリウスの顔を見るだけで、何の答えも返さない。
それどころか、まるで理解していないようにユリウスの服の袖を引っ張り続ける。
「おい、セシルいい加減に……」
しろ。と言いかけたところで、ユリウスはある事実に気付く。
「セシル、もしかして僕の声が聞こえていないのか?」
「…………?」
ユリウスの問いに、セシルは首を傾げるだけで何も答えない。
それだけでなく、弱々しく手を動かしてユリウスの頬に手を添えると、何かを確かめるように鼻、口、髪の毛と触ってくる。
「もしかして、目も殆ど見えないのか?」
そう問いかけるが、セシルは何も反応を示さず、何かに怯えるようにユリウスの背中に手を伸ばして殆ど力の入っていない手で抱き締めてくる。
命に別条はなかったものの、どうやらセシルは視力の殆どと、聴力を失ってしまったようだった。
「そんな……」
視力と聴力を失っては、セシルを戦士として使うことができなくなる。
それは、ミグラテール王国軍にとって牙を失うも同然だった。
「…………でも」
例えセシルが戦えなくなったとしても、彼女をここで見捨てるという選択肢はユリウスにはなかった。
「それに、プリムの力があれば目も耳も元に戻るかもしれない……」
またセシルに活躍してもらうためにも、今は一刻も早くこの場から立ち去らなければならない。
「セシル、生憎と僕は非力だから運び方が雑でも文句を言うなよ」
聞こえないと分かっているが、それでもユリウスはセシルに声をかけると、両足に力を籠めて彼女を抱えて立ち上がる。
「…………」
ユリウスの意図が伝わったのか、セシルは少しでもユリウスが運びやすくなるようにと、ゆっくりと彼の首に手をまわして体重を預ける。
セシルからの協力を得て、どうにか彼女を運ぶ体制を整えたユリウスは、
「よし、行くぞ」
気合を入れ直して、小走り程度の速度で駆け出す。
ユリウスが駆け出してすぐ、近くにいた生存者たちが爆発する。
「――っ!?」
爆発によるダメージは殆どないが、その大きな音と、突風を受けたかのように衝撃にユリウスは大きくふらつく。
「…………っと、危ない」
だが、すんでのところで転倒だけは耐えると、再び移動を始める。
すると再び、二度、三度と近くで爆発が起こり、その度に生存者たちの悲痛な叫び声が聞こえる。
(だけど、これでハッキリした)
人が爆発する原因は、間違いなくまだ見ぬ敵の紋章兵器の力だろう。
爆発の威力は大したことはない。セシルのように密着状態で巻き込まれればタダではすまないだろうが、一メートルも距離が離れていれば爆発に巻き込まれても死に至ることはない。
だからこれは、誰かを殺すために仕組まれたものではない。
では、何のためにこんなことをするのか。
(決まっている。僕たちを混乱させるためだ)
そして、その作戦は実に上手く嵌る。
いつ、誰が爆発するかわからない状況に、ようやく助かったと思っていた生存者たちは大混乱に陥っているし、騒ぎを聞きつけてやって来たラパン王国の兵士たちも、見知った者の死に、半狂乱になっている者もいた。
そしてそこへ、更なる追い討ちが仕掛けられる。
何かが飛来する笛のような甲高い音が暁の空に響き渡ったかと思うと、次の瞬間、城の一部が爆音と共に爆ぜて赤い炎が上がったのだ。
間を置かずして、再び何かが飛来する音が響き渡ると、今度はこの場から立ち去ろうとするユリウスの後方、数十メートルのところに着弾してその場にいた人たちを巻き込んで大爆発を起こした。
「あ、あれは……」
その爆発を見て、ユリウスの脳裏に電撃が走る。
忘れるはずもない、忌まわしい記憶。
「あの力……あの爆発は……」
再び起こった大爆発を見て、ユリウスは無意識のうちに唇を強く噛みしめており、その端から一筋の血を流していた。
その爆発はユリウスの故郷、フォーゲル王国の王城を吹き飛ばした力と同じものだった。
いつも本作品を読んで頂きありがとうございます。柏木サトシです。
そろそろ今作品の佳境となる大ボスが出るタイミングで大変申し訳ないのですが、今週は所用で執筆時間を取ることが殆どできないため、次の投稿は来週になると思います。
ここからは物語が大きく動く展開になる……予定ですので、なるべく間を置かずにクライマックスまで書きたいと思っておりますので、よかったらお付き合いいただければと思います。
どうにか本格的な夏を迎える前には、一区切りをつけたいと思いますので、
お手数をおかけしますが何卒よろしくお願い申し上げます。




