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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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必死の逃走

 投石機による攻撃を前に、エバは明らかに手を焼いていた。


 当初、見当違いの場所に着弾した大岩を見て、やはり先程の攻撃はまぐれかと思った。

 だが、こちらが仕掛けようとした途端、待っていたかのようにこちらを的確に射抜かれ、やはり相手の射撃制度は本物だと思い知らされた。

 こうなると、いつ何処から岩が飛んでくるかと思って、発射される全ての攻撃に対して警戒してしまう。

 幸いにもここら辺りは住宅が密集している地域で、遮蔽物に事欠かないので、ここは一発でも多くの大岩をやり過ごし、攻撃が止まったところで一気呵成に打って出る。エバはそんなことを考えていた。


 そうして、意識の殆どを飛んでくる岩へと向けていた為、自分の足元に対する警戒を殆ど行っていなかった。


 故に、視界の端で緑色の光が見えても特に気にしていなかった。


 だが、暫くしてエバは、自分の体が不意に斜めに傾きはじめたことに違和感を覚える。


「…………な、何が起きている」


 右足に力が入らない。そう思って右足に視線を向けると、そこにはいつの間に現れたのか、フードを被った小柄な人影が足に取り付き、手から緑色の光を自分の足元に向けていた。

 緑色の光そのものにこれといった痛みも感じないし、脅威があるとは思えない。むしろ、まるで母親の腕の中にいるかのような暖かな心地良さすらある。


 このままこの光に包まれたらどれだけ気持ちがいいのだろう。そんな抗い難い誘惑に駆られそうになるが、


「なっ!? あ、足が……」


 そこで自分の足に起きている変化に気付いたエバは、驚愕に目を見開く。

 緑色の光に包まれている右足の剥き出しの筋繊維部分から、まるで糸が解けるように取り込んだはずの足が次々と排出されていたのだ。

 一つ足が排出される度に右足から力が失われていく感覚に、エバはようやくこの光が自分にとってとんでもない脅威であることを認識する。

 このままでは右足だけでなく、他の部位にも影響が出るかもしれない。そう判断したエバは、


「こいつっ!?」


 同じく剥き出しの右腕を小柄な人影目掛けて振り下ろした。



 巨人の右足に取りついたプリマヴェーラは、一心不乱にエレオスリングの力を行使し続けていた。

 彼女が持つ紋章兵器マグナ・スレストは、力の行使に集中し続けないと効果が発揮できないという欠点がある。

 故に、巨人が右腕を振り上げ、今にも振り下ろそうとしているにも拘わらず、プリマヴェーラは微動だにせず、巨人の右足に力を行使し続けていた。


 そんなプリマヴェーラに一切の不安はなかった。


 何故なら自分が窮地に陥った時、自分を必ず助けてくれる者がいることを知っており、その者に全幅の信頼を置いているからだった。

 そして今回も……、


「このっ!?」


 巨人の腕がプリマヴェーラに激突しようかとする寸前、飛び出してきたユリウスが彼女を抱き抱えてすんでのところで脱出する。

 衝撃を受けてプリマヴェーラが目を開けると、そこには必死の形相で自分を抱き抱えて走るユリウスの姿が映る。


「ああ……」


 それを見たプリマヴェーラは、感極まったように涙ぐみながらユリウスの首元に抱き付く。


「ユリウス様。信じていました!」

「ぐええええぇっ! い、今はそれどころじゃないから止めてくれ! それと、重い……」

「ええっ!? お、おもっ…………」


 ユリウスのまさかの一言に、恋する乙女であるプリマヴェーラの顔が凍りつく。

 その顔をちらと見て、ユリウスは我ながら酷いことを言ったなと思いながらも、実際問題プリマヴェーラを気遣うどころではなかった。

 左目の紋章兵器の力を使って巨人の攻撃を予測してはいるものの、髪の毛が数本持っていかれる紙一重の回避の連続に、ユリウスは必死に足を動かす。

 攻撃が避けられた巨人は、是が非でもユリウスたちを殺そうと無茶苦茶に腕を振り回すので、一瞬でも気を抜けばプリマヴェーラ共々物言わぬ肉塊に変わる可能性は十分にあった。


「ヒ、ヒイイイィィィッ……」


 極限の集中状態のユリウスは、情けない悲鳴を上げながらなりふり構わず回避行動を続けた。




「し、死ぬ、死んじゃううううううぅぅっ!!」


 そこにはプリマヴェーラが憧れる理想の王子様の姿などはどこにもなく、無様に逃げ回るただの少年の姿があった。

 だが、ユリウスのそんな姿を見てもプリマヴェーラの彼への気持ちは微塵も揺るがない。

 目に移る姿よりも大切なのはその本質。危険を顧みず、命を賭して自分を助けに来てくれたという事実が何よりも嬉しかった。


(でも、わたくし……そんなに重いのかしら?)


 同世代の女の子と比べて、どちらかといえば華奢だと思っていたが、もしユリウスの言うことが事実であるならば、今後の食生活を見直す必要があるかもしれない。

 だが、今は二人でこの窮地を脱することを一番に考えなければいけない。

 そのためにプリマヴェーラは、ユリウスの指示にすぐさま応えられるように彼の首元にしかと抱き付いて耳を傾けた。



 力を行使しながら逃げ続けるユリウスだったが、早くも限界を迎えようとしていた。

 元々、体力がないこともあるが、プリマヴェーラを抱えて移動することがユリウスにとって予想以上に堪えたのだ。


「はぁ……はぁ……」


 息も絶え絶えといった様子のユリウスは、体を投げ出すようにして巨人の腕からどうにか逃れる。


「キャッ!?」


 プリマヴェーラが頭を打たないように、彼女の頭を手で支えていたが、それでも強かに体を打ち付けられる衝撃に可愛らしい悲鳴が上がる。


「す、すまない……大丈夫だったか?」

「はい、ユリウス様が守ってくださいましたから」

「後、少しだ。それまで辛抱してくれ」

「はい」


 力強く頷くプリマヴェーラを見て、ユリウスは頷き返しながら背後の巨人をちらと見る。


「この……逃がすかああああっ!」


 エレオスリングの力で右足の一部を奪われた影響か、巨人は上手く歩けないようで、這うようにして追って来ていた。


「お前だな! お前が全ての原因だな!」


 繰り出される攻撃がことごとく回避されるという事態に、巨人は目の前にいるフードを被ったユリウスこそが自分を追いつめた者であると結論付ける。


「お前がどのような紋章兵器を持っているかわからないが、観測能力に長けた力であることはわかっているぞ!」

「…………正解だ」


 相手の状況分析の正確さに、腐ってもリーアン王国軍内で上へと昇りつめただけはあるようだとユリウスは思う。

 そして、そこまでわかっているのならば、相手がユリウスのことを絶対に逃がしてくれないことも容易に想像がつく。


(僕が奴だとしても、そんな奴がいたら絶対に逃がさないからな)


 直接的な強さではないかもしれないが、有利な情報を常に手に入れられるというのは、戦いにおいて非常に有用だからだ。

 そしてユリウスの右目は、巨人を倒すためにこちらに向かって全力で駆けてくるセシルの姿を捉えていた。

 だが、彼女がここまで来るまでにはまだ数分の猶予があり、それまではどうにかして巨人の猛攻を耐え凌がなければならないが、ユリウスは自分の体が既に限界を迎えつつあることを自覚している。

 残る力を振り絞っても、回避できるのは多くて二回できるかどうか。


(だとしたら、ここはもう……)


 ユリウスは素早く状況を分析すると、不安そうにこちらを見ているプリマヴェーラに話しかける。


「プリム、今一度君の力を貸してもらえるか?」

「ええ、勿論です。わたくしの力は、すべてユリウス様のためにありますから」


 嬉々として目を輝かせるプリマヴェーラにユリウスは頷くと、手早く彼女の耳元に思いついた作戦を呟いた。

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