懺悔の夜
扉が閉まると、部屋の中は一寸先も見えない完全な暗闇なので、ユリウスは記憶を頼りに部屋に備え付けられた燭台の下へと行き、苦戦しながらも手探りで蝋燭に火を灯す。
「…………」
ようやく光源を確保し、一息を吐いたユリウスは、
「…………クソッ!」
悪態を吐きながら、地団駄を何度も踏む。
床が抜けるのでは、と思うほど強く、全体重をかけて怒りをぶつけていくが、ユリウスの華奢な体では、ログハウスはビクともしない。
「クソッ、クソックソッ、どうして僕にはこんな力しかないんだ!」
ユリウスは怒りに任せて自分の目に指を突き立てようとするが、すんでのところで思い留まって力なく項垂れる。
こんなくだらない八つ当たりをしたところで何の解決にもならないし、この目を失えば、自分はヴィオラ共々奴等になぶり殺しにされるだけだ。
これまでヴィオラが奴等に連れていかれるという事態は、何度もあった。
見張りの男の話によると、ヴィオラには宴での酒を仲間たちに振る舞う仕事をさせているという。
だが、戻って来たヴィオラの様子を見ると、それだけでないことは明白だった。
城で何十人もの人たちの給仕を軽々こなしていたヴィオラにとって、山賊数十人程度の酌を注いだだけで倒れるなんて……一回の仕事で服がボロボロになり、全身を汚され、酷い匂いに包まれるなんてあり得なかった。
ヴィオラから決して見ない欲しいと言われているが、生憎とこの目に入っている紋章兵器は、自分の視界の範囲内しか効果がないので、こうして部屋に閉じ込められてしまうと外の様子を見ることは出来なかった。
だが、それは右目の力であって、左目の力を使えば、壁に阻まれていてもヴィオラがどこにいるかまではわかる。
左目の力を使うと、色々なものが光って見え、山賊たちはこぞって赤系の色に光っており、ヴィオラは青白く光るので、ヴィオラがどこにいるのかわかるというものだった。
しかし、この力の全貌は解明されておらず、どうして人によって色が違うのか。そもそも光る人間と光らない人間がいるのは何故か? 時折、無機質なものでも赤く光るものがあるが、それは何故なのか? 全てがわからないことだらけで、ユリウスは両親やイデアからアイディールアイズの力について教わってこなかったことを激しく後悔した。
少しでも外の様子を伺えれば右目の力で何が行われているかを見えたかもしれないが、それを見てしまったらヴィオラとの関係が変わってしまいそうで怖かった。
結局、紋章兵器を使う以外、無力で無能な自分に出来るのは、戻って来たヴィオラを少しでも綺麗な姿に戻してやり、彼女が壊れてしまわぬように慰めることだけだった。
「……………………クソッ、僕は……どうして…………」
両親や姉、城の皆に守られ、今度はヴィオラに守ってもらわないとまともに生きることすらできない自分という存在が、ユリウスは堪らなく嫌だった。
その夜、ふらふらとした足取りで部屋に入って来たヴィオラを、ユリウスは「ありがとう」と感謝の言葉を口にしながら彼女の全身を綺麗にしてやり、泣くじゃくる彼女を慰めるように抱きしめながら、藁を敷いただけの寝心地なんてもの無いに等しい寝床に入った。
ユリウスはヴィオラの頭を優しく撫でながら、耳元で囁くように話す。
「すまない、ヴィオラにばかりにこんな辛い思いをさせて……だが、約束する。あいつ等はただの一人として生かしておかない。絶対に僕が殺してやるから」
「…………はい」
「あいつ等は今、こう思っているはずだ。自分たちは強い。これならもっと大胆に行動してもいいはずだ、と。そういう風に仕向けてきた。だから必ず、奴らは次の紋章兵器を求めて行動する。そうなった時が狙い目だ。僕たちは奴等を踏み台に、次の舞台へ、僕たちの国を滅ぼした奴等に復讐するための戦力を手に入れるんだ」
「…………はい」
「だからもう少しだけ辛い思いに耐えて欲しい。僕にはこうしてヴィオラを励ますことしかできないけど、ヴィオラの期待だけは絶対に裏切らないから」
「…………はい、信じています」
「ありがとう。さあ、もう寝よう。早く寝ないと、明日まともに動けないからね」
「…………はい、ユリウス。おやすみなさい」
「おやすみ……ヴィオラ、愛しているよ」
「……勿体なきお言葉、ありがとうございます」
ヴィオラはそう言うと、ユリウスの背中へと手を回して抱き締めてくる。
「…………」
「…………」
そのまま眠るかと思われたが、暫しの静寂の後、ヴィオラはきつく、力いっぱいにユリウスを抱きしめる。
「う…………うう…………うううっ…………」
嗚咽を漏らしながら、溜めに溜めた怒りを吐き出すようにユリウスを抱きしめ、その背中に爪を立てる。
「――っ!?」
背中を駆け巡る痛みにユリウスは思わず悲鳴を上げそうになるが、ぐっ、と堪え、ヴィオラのされるままに任せ、彼女の頭を優しく撫で続ける。
山賊たちに呼び出されるようになってから、ヴィオラは一人で寝ることができなくなった。仕方がないのでこうして抱き合って寝るようになったのだが、それでも時々辛い記憶がよぎるのか、嗚咽を漏らしながらユリウスをきつく抱き締め、背中に爪を立てることがあった。
しかし、これは完全に無自覚に行っている行為なようで、翌朝、ヴィオラは自分がしたことを全く覚えていなかった。
それを聞いたユリウスは、こうでもしないとヴィオラは自我を保てないほど心が傷悴し切っているのだと思った。
(ヴィオラがこんなになっても、僕は彼女に我慢を強いている。本当に……最低な人間だ)
だからせめてヴィオラの気が済むまで……彼女が安らかに眠れるまで、ユリウスはヴィオラに大丈夫だよと声をかけ続けた。




