巨人の正体
巨人が撤退をしてから暫くして、ユリウスたちの下へ後方から援護射撃を行ったファルコたちが現れた。
先頭で颯爽と馬を駆るファルコの後方には、今回、巨人に大打撃を与えた全長五メートルはある巨大な投石機が三機、それぞれ十頭の馬に轢かれてガラガラと車輪の音を響かせながらやって来るのが見えた。
この投石機はカルドアに頼んで用意してもらったものだが、まさか数百メートル先まで飛ばすことができるほどの巨大な投石機を渡されるとは思わなかった。
お蔭で、巨人に気付かれることなく投石機を設置することができ、罠に誘導することができたのだった。
ただ、発射のタイミングだけは、後方にいる者に任せるしかなかったのだが、この難しい任務を弓の名手であるブレットは難なくやってのけたのだった。
「お疲れ様。無事……とはいかなかったけど、皆、よくやってくれたね」
ユリウスたちと合流したファルコは、傷つき、倒れた兵士たちを見やりながら労いの言葉をかける。
「まだ戦闘は残っているが、ここから先は僕たちが引き受ける。皆はここでゆっくりと休んでくれ」
その言葉に、奇跡的に生き延びた兵士たちは一様に安堵の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちるようにその場に蹲る。
それなりの修羅場をくぐり、ここまで戦ってきた兵士たちが心底疲れたように項垂れる様子を見て、ファルコは巨人の紋章兵器がいかに強力であったかを思い知る。
ただでさえ少ない戦力がさらに減るのはかなりの痛手だが、精も根も尽き果てている彼等をこれ以上酷使しても、無駄死にしてしまう可能性の方が高い。
幸いにもファルコたちと一緒にいた者たちは、巨人が敗走するのを見て士気が高まっているので、逃げた巨人と再び相対した時に足が竦んで動けないという事態はならなそうではあった。
それに、巨人は片方の腕と足を失っている。今なら残った部隊だけでも十分に勝機はありそうであった。
「可能ならばあの力、我が軍のものとしたいところだけど……」
そうなれば、今後の戦闘で出るであろう犠牲者を劇的に減らすことができるだろう。
民たちに平和を届けるためにも、今は少しでも戦力は欲しい。そう思うファルコとしては、巨人の紋章兵器を手に入れるためにどうすればいいのか、最も頼りになる親友に相談することにする。
その人物は、巨人の斬り落とされた腕を前に、何やら難しい顔をして唸っていた。
「ユリウス?」
「うん? ああ……ファルコか」
声をかけられたユリウスは、挨拶もそこそこに再び巨人の腕へと視線を戻す。
一体何があったのだろう。ファルコは頭に疑問符を浮かべながらユリウスの隣に並んで質問する。
「難しい顔して腕を睨んでいるけど、何があったんだい?」
「実は……僕たちはとんでもない思い違いをしていたかもしれないんだ」
「思い違い?」
「ああ、これを見てくれ……」
そう言ってユリウスが巨人の腕を指差すので、ファルコは言われた通りにそちらを見やる。
すると、そこにはいまだに赤黒い血を吹き出し続ける腕の断面が見え、ファルコは思わず顔をしかめる。
「……見たけど、それがどうかしたのかい?」
「わからないか?」
「わかんないよ。一体何が問題なのさ」
もう見たくないと顔を背けようとするファルコに呆れながらも、ユリウスは根気強く説明していく。
「そんなに難しい話ではない。人の腕が何からできているのかという話だ」
「何かって……骨とか筋肉とかそういうこと?」
「そういうことだ。そう言われたら僕の言いたいことがわかるのではないか?」
「うう……ということは、また見るのか……ってあれ?」
そこでファルコは、ユリウスが言いたいことに気付く。
「この腕……骨がない?」
普通の腕であれば、骨を中心にそれを覆うように筋肉があるのだが、巨人の腕の中心には、肝心の骨と思われるものが見られなかった。
「まさか……巨人になると骨がなくなるのか?」
「いや、骨がないわけではない。よく見れば骨はある……だが、その数は一つというわけではないようだがな」
そう言いながらユリウスは断面図の各所を次々と指差していく。
「血で濡れていてわかりにくいが、少なくともこの腕には五本の骨があることがわかっている」
「そ、それってどういうこと?」
「それはつまり……」
「この方は他の人間を取り組んで巨人化している。ということですわね」
するとそこへ涼やかな声が響いて、ユリウスたちは揃ってそちらを見やる。
「ごきげんようユリウス様、お兄様」
視線を向けられたプリマヴェーラは、優雅に一礼をしてみせると、ユリウスとファルコの間に入り、ユリウスと自分の腕を絡める。
プリマヴェーラの馴れ馴れしい態度に眉を顰めながらも、ユリウスは彼女が語った言葉の真意を尋ねる。
「おい、プリム……どうして巨人の秘密について知っているんだ?」
「あら、ユリウス様。わたくし、普段から人々の命に触れていますのよ? その辺の機微には、普通の人より詳しいのです」
「そ、そういうものなのか?」
「ええ、そういうものです。わたくし、あの巨人を一目見た時に思いましたの」
そこでプリマヴェーラは、感情の一切を殺したような虚ろな目になる。
「あんな醜い生き物に生きている価値などありません、とね」
そう言ってプリマヴェーラは自分の紋章兵器、エレオスリングに口付けをすると、斬り落とした巨人の腕に回復を施しはじめる。
「おい、何を……」
「少し待って下さい。今、ユリウス様の問いにお答えしますから……」
プリマヴェーラは唇に指を当ててニッコリと微笑むと、回復の光に包まれる腕の断面を指差す。
「ほら、ご覧になってください。巨人の正体が露わになりますよ」
プリマヴェーラの言葉に呼応するように、斬り落とされた巨人の腕がブルブルと震え出したので、ユリウスが何事かと注視していると、
「うわっ!?」
突如として腕の断面から何かが飛び出してきて、ユリウスは驚いてその場から飛び退く。
「…………コ、コホン。な、何が出てきたんだ?」」
思わず驚いて醜態を晒してしまったことを誤魔化すように、ユリウスは慌てて元の位置に戻って出てきた何かを見る。
巨人の腕から出てきたものそれは……
「これは……人の腕か?」
「ええ、そうです。巨人に取り込まれ、巨人の一部されていた人の腕ですわね」
プリマヴェーラはやれやれとかぶりを振ると、出てきた腕の一本をつまらなそうに足で踏みつける。
「ユリウス様、わたくし実は怒っていますの」
「怒る……プリムが?」
「ええ、人をこんな物のように粗末に扱う紋章兵器……そんなものがあること事態、許せませんの」
「…………」
ユリウスから見たらプリマヴェーラの殺人癖も十分に同じようなものだと思うが、同族嫌悪なのか、それとも明確に何か違いがあるのか。とにかく巨人の紋章兵器は、彼女の矜持をえらく傷付けるものだったようだ。
プリマヴェーラは踏みつけていた誰かの手を蹴り飛ばすと、無表情のままユリウスに向き直る。
「ユリウス様、一つお願いがありますの」
「あ、ああ……」
初めて見るプリマヴェーラの冷めた表情に、圧倒されたユリウスは、頷くことしかできなかった。




