王都侵攻
ミグラテール王国軍とラパン王国軍の両軍は、東と西、左右から同時に王都に向けて進撃を開始した。
「……いよいよなんだね」
王都の東側から収穫を終えた畑を踏み荒らしながら進撃するミグラテール王国軍の中、後方に配置されたセシルは緊張した面持ちで周囲を見渡しながら恐る恐る歩を進める。
これといった境界もないが、明らかに人の手が加わった通路に、散見する家を見ながら、セシルはここが間違いなく人の領域、ラパン王国の王都に入ったのだと理解する。
だが、人のいた形跡はそこかしこにあるのに、人の気配が全くしないことが非常に不気味だった。
しかも、他のラパン王国内の村々とは違い、ここら辺りの家は破壊されたり荒らされたりした跡がないのが不気味さに拍車をかけていた。
試しに一軒の家に入り、中も荒らされていないことを確認したセシルは、首を傾げながら口を開く。
「もう王都に入ったはずなのに、敵が全然出て来ないんだけど……もしかして、全部あっち側に行ったんじゃないのかな?」
あっち側とは、言うまでもなくカルドア率いるラパン王国軍で、セシルは西側を心配そうに見ながら近くにいるユリウスに尋ねる。
「ねえ、あっちの人たち、大丈夫かな?」
「知らん。だが、こっちに敵がいないのであれば、人の心配をしている場合でないと思うぞ」
「……どういうこと?」
「敵がいないということは有り得ない。それなのに敵がいないというのは、配置する必要がないほどの戦力が備わっているということだ」
「そ、それってつまり……」
ユリウスの言葉の意味するところを察したセシルが言葉を詰まらせると同時に、
「あ、あれは!?」
「で、出た、化物だあああああああああああああぁぁっ!!」
前方から仲間たちの悲鳴が聞こえ、セシルは反射的にそちらの方を見やる。
すると、無人と思っていた家の屋根を突き破って全身を黒の鎧で身を包んだ巨人がすぐ近くまで来ていた兵士たちに襲いかかろうとしていた。
全長はおよそ五メートル、体重は数百キロにも及ぶのではないかと推察される巨人は、武器こそ手にしていないものの、その巨躯から繰り出される拳と、足による攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。
言うまでもなく、あの巨人こそが件の巨人化する紋章兵器を持つエバと呼ばれる人物で間違いないだろう。
「落ち着け!」
早くも浮足立ち始めている仲間たちを落ち着かせるため、ユリウスは大声を上げる。
「相手は一人だ。作戦通りに動くんだ!」
「そうよ。落ち着いて。相手の動きをよく見るのよ!」
ユリウスの言葉に続くようにセシルが大声を上げると、少し落ち着いたのか、それまで集団で行動していた仲間たちが三々五々となって散っていく。
固まって行動していてれば一網打尽にされてしまうが、こうして散ってしまえば、少なくとも被害を減らすことはできるというわけだ。
ユリウスも巨人と距離を取りながら命令を出す。
「各自、相手との距離に気を付けながら牽制攻撃を仕掛けろ!」
その言葉に、兵士たちが次々と弓に矢を番えて巨人へと向けて放つ。
四方から矢が雨のように降り注ぐが、全身を鎧で覆った巨人は、顔を手で覆うだけで簡単に矢による攻撃を防いでみせる。
そして、近くで矢を放ち続ける兵士たちに肉薄すると、足を思いっきり振り上げて地面へと振り下ろす。
「う、うわあああああっ」
「……ゆ、揺れで」
「動け…………ない」
幸いにも兵士たちは踏みつけられることはなかったが、巨人が振り下ろした足の衝撃で発生した揺れに耐え切れず、堪らず膝をついてしまう。
そして、その隙を巨人が見逃すはずもない。
「ヒッ……」
顔を引き攣らせた兵士が見たものは、両手を組んで頭の上に振り上げた姿勢でこちらを見下ろす巨人の姿だった。
次の瞬間、唸りを上げて巨人の腕が容赦なく振り下ろされ、凄まじい衝撃音と共に三人の兵士たちが叩き潰される。
「う、うわあああああああああああああっ!」
「化物め! よくも!」
両拳から血を滴らせながらゆっくりとした動作で立ち上がる巨人に、混乱した兵士たちが叫びながら矢を射かける。
だが、冷静さを欠いだ攻撃がまともに当たるはずもなく、巨人は悠然と立ち上がると、叫び続ける兵士たちをゆっくりと見やる。
その瞬間、巨人は肩を上下に揺らして小馬鹿にしたように笑うと、膝を折り曲げてグッと沈み込む。
「…………まさか!?」
その巨体で飛ぶのか? そう思うユリウスの予感は的中する。
巨人は地面を力強く蹴ると、砂埃を撒き上げながら飛び上がる。
天高く舞う漆黒の巨人に、全員が思わず上を見上げる中、巨人は混乱していた兵士たちのすぐ傍に着地する。
瞬間、先程に足を踏み下ろした衝撃とは比べものにならないほどの土砂が舞い上がり、地面がひっくり返されたのではと思うほどの揺れが発生する。
「クッ…………」
その揺れは遥か後方に控えるユリウスにまで及ぶほどで、倒れないように踏ん張ることでどうにか倒れることは免れる。
しかし、それは距離があったから免れただけで、近くにいた兵士たちがいくら普段から鍛えているといっても、その揺れに耐えられるはずもなかった。
そして、揃ってひっくり返り、無力となった兵士たちを全てにおいて勝る巨人が刈り取るのは、赤子の手を捻るように簡単なことだった。
「ヒッ、ヒイイイィィ!」
「うわああああああああああああああああっ!?」
「く、来るなああああッ!」
そこから巨人による、ミグラテール王国軍の一方的な虐殺が始まった。




