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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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初めての感情

 翌日、ユリウスたちミグラテール王国軍は、予定通りラパン王国の王都を視界に捉えるところまでやって来た。


 ラパン王国の王都は、農業が盛んな国というだけあって、何処まで広がる麦畑の中に建てられた広大な敷地面積を誇っていた。

 長閑な風土を示すように、王都を守る城壁というものは存在せず、代わりに農業用の堀が格子状に張り巡らされた隠れるところが殆どない地形になっていた。

 流石に城を中心とした城下町部分にはある程度の密度があるようだが、攻めるにも守るにも一苦労しそうな地形だった。


「報告は以上となります」

「ありがとう。次の指示があるまで待機していてくれ」


 部隊の展開が完了したという報告を受けたファルコは、報告してきた部下たちを労うと、一人にして欲しいと言って部下を下がらせる。


「はぁ……ふぅ……」


 一人で王都が見えるところまでやって来たファルコは、呼吸を整えるために大きく深呼吸を繰り返す。

 ここに至るまでどうにか大きな被害を出さず連勝を重ねてきたが、今日の戦いはこれまでの戦いとは一線を画すものとなる。

 カルドアをはじめとするラパン王国軍との初めての共闘作戦、それも以前に戦ったラファーガを持つ部隊とは比べものにならないほど強力な紋章兵器マグナ・スレストを持つ者との戦いが待っているのだ。


 果たして、今日の戦いでどれだけの命が散ってしまうのだろうか。


 全員の命を預かる者として、一人でも多くの命を救いたいと願うファルコにとっては、これから非情な命令を出さなければと思うと心苦しくて仕方なかった。



 そんな風にファルコが物思いに沈んでいると、


「どうした? いつもながら表情が暗いぞ」


 ユリウスが隣にやって来て、無遠慮に話しかけてくる。


「いつも言っているだろう。指揮官がそういう暗い顔をするなって」

「わかっているよ。わかっているんだけど……」


 ユリウスに咎められても、ファルコの表情はまだ優れない。


「ユリウスのことを信じていないわけじゃないけど……誰も死なないで勝つのは無理なんだろうなって思ってさ」

「当然だな。そんな方法があるならとっくに提案している」

「……だよね」


 そう言って肩を落とすファルコを見て、ユリウスは小さく嘆息する。


(この男は本当に……)


 何処までもお人好しなファルコに、ユリウスは半ば呆れながらも、仕方ないなと苦笑いを浮かべる。


(……ちょっと待て。今、僕は何を考えた?)


 思わず脳裏に浮かんだ考えに、ユリウスは出かがった感情を抑えるように口を手で塞ぐ。


 ユリウスの頭に浮かんだ考え。それは、軍師としてファルコを支え、彼の手助けをしてやろうという想いだった。

 復讐しかないと思っていた自分の中に、そんな感情があったことにユリウスは驚く。

 つい先日まで、ファルコとプリマヴェーラを都合のいいように使い、自分の糧にしたやろうと思っていたはずなのに、この心境の変化はどういうことだろうか。


(……わからん)


 初めてともいえる感情の変化に、ユリウスは戸惑いを覚える。

 ファルコのところまでやって来た数カ月で、何が変わったのだろうか。

 あるとすれば、この兄妹の王族とは思えない無防備な振る舞いと、セシルたち仲間との日常だろうか。

 確かに仲間たちと過ごす日々は、忘れかけていた平和だった城の生活を思い起こさせることもあるが、それによって故郷を奪った連中に復讐を果たしてやりたいという想いは微塵も変わっていないし、いざとなったら連中を斬り捨てることに躊躇いはない。


 では、一体何が変わったのだろうか。ユリウスがそう考えていると、


「でも、正直、ユリウスが来てくれて助かったよ」


 ファルコの心底安心したような声が聞こえる。

 一体何事かとユリウスが眉を顰めると、ファルコは肩を竦めて苦笑する。


「僕が迷った時、必ずと言ってもいいほどユリウスが現れて励ましてくれるからね」

「別に励ましているつもりはないぞ」

「まあ、確かに遠慮は無さ過ぎるけどね……でも、僕にとってはそれが一番ありがたいんだよ……」

「ありがたい?」

「ああ、そうだよ。だって……」


 ファルコは照れたように頬をかきながらも、優しい声音でユリウスに想いを告げる。


「僕にとってユリウスは、大切な友達だからね」

「……えっ?」

「えっ? って何だよ。酷いな……」


 まさか聞き返されるとは思っていなかったのか、ファルコはふて腐れたように頬を膨らませる。


「僕はずっとユリウスのことを友達だと思っていたのに、ユリウスは僕のことを、路傍の石か何かだとしか思っていなかったのかい?」

「あ、いや……その……そうだな。僕もそう思っているよ」


 ファルコと同じように顔を赤くさせながら、ユリウスは自分の感情の変化について、腑に落ちたと思った。

 いつの頃からか自覚は全くなかったが、ファルコのことをヴィオラと同じように自分のテリトリー内にいることを許していることに気付いたのだ。

 そういう存在を「友」と呼ぶものであることは知っていはいたが、改めて言われるまでユリウスはそのことに気付かなかったのだ。

 自分の中で決して揺るがない復讐という思いとは別に、ファルコの誰もが笑って過ごせる国を創るという、夢物語のような願いを叶えてやるのも悪くないと思うようになったのは、ユリウスの中でファルコという存在を友として認めているからだった。


「…………」


 その変化が自分にどのような影響を及ぼすのかはわからないが、今は目の前の戦いに集中するため、ユリウスはせめてもの気休めをファルコに言ってやることにする。


「そういえばな……」

「うん、何だい?」

「実を言うと、誰も死なないで勝つ方法がないわけではない」

「本当か!?」

「ああ、しかも二つもある」

「何と!?」


 驚き、目を見開くファルコに、ユリウスは底意地の悪い笑みを浮かべながら言ってのける。


「単純な話だ。先ずは今すぐ後ろを振り返って国に帰ることだ」

「…………」

「そしてもう一つは、相手を一網打尽できるような紋章兵器を用意すればいい」

「わかった。僕が悪かったよ」


 そこまで言われて、ファルコはそれが質の悪い冗談であることに気付き、咎めるように睨んでくるユリウスに向かって謝罪する。


「そんな簡単な話が無いということはよくわかったよ。もう、こんな弱気なことは言わないからそういう冗談はやめてくれ」

「フン、最初からそうしていればいいんだよ」


 ユリウスはファルコの肩を叩いて頭を上げさせると、真剣な表情になる。


「だが、実際問題。今日の戦いは、かなり厳しいものになる。死者も百や二百では済まないだろう。だが、それでも僕がいる限り、必ずやお前に勝利を届けると約束しよう」

「……ああ、期待しているよ。友よ」

「ああ、任せてくれ…………その、友達だからな」


 そう言って二人は頷き合うと、それぞれの役割を全うするために別れていった。

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