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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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変わるもの、変わらないもの、変えたくないもの

「ユリウス、大丈夫でしたか!?」


 山賊たちのアジトへ戻ると、ヴィオラが真っ先に駆け寄ってくる。


「ああ、ユリウス。よくぞご無事で、何処かお怪我はございませんか?」

「大丈夫だよ。ほら、なんともないさ」

「本当ですか? 一応、念のために確認させていただきます」


 そう言うと、ヴィオラは人の目も気にせず印ユリウスの体を見たり触ったりして隅々まで確かめていく。


(…………やれやれ)


 ヴィオラの過剰過ぎる反応にユリウスは苦笑するしかなかったが、文句ひとつ言わずに彼女の好きなようにさせてやる。

 何故なら、今のヴィオラにとってユリウスの面倒を見ることが唯一の幸せだからだった。


 あれから本当に色々なことがあった。

 何度も心が折れ、いっそのこと死んでしまおうかと思ったが、その度にヴィオラと二人、互いに支え合って生きてきた。

 ヴィオラがユリウスのことを「殿下」ではなく「ユリウス」と名前で呼ぶようになったのも、二人で生きていくと決めた時にユリウスが提案したことだった。

 いつまでも殿下と呼ばれると、事情を知らない他人が邪推して命を狙われかねないし、実際に王子という立場でなくなったので、ユリウス自身がそう呼ばれたくなかったからだ。

 当初、ヴィオラはユリウスのことを名前で呼ぶことを相当渋ったのだが、長い長い説得の末、どうにか名前で呼んでもらえるようになった。


(だけど……)


 嬉しそうにユリウスの体を検分するヴィオラだったが、よく見ればその目は全く笑っておらず、何かに取り憑かれたかのような光彩を失った目をしていた。

 言葉には出さないものの、ヴィオラがここまで変わってしまった要因を思い出し、ユリウスは悲しそうに目を伏せる。


(僕にもっと力があれば……)


 もしかしたら今もヴィオラは自然に笑うことができたのでは、と思うユリウスだったが、生憎とユリウスの紋章兵器マグナ・スレストに時間を巻き戻すような力はないし、そんな力を持つ紋章兵器があるなんて聞いたこともない。

 もし、そんな力を持った紋章兵器があるならば、ヴィオラを救うために、いや、両親や姉を救うために力を使うだろう。


「はい、大丈夫です。どこも問題ないようですね」


 ユリウスがありもしない妄想にふけっていると、ヴィオラがようやく解放してくれる。

 ヴィオラはユリウスをもう放さないようにとユリウスの腕に自分の腕を絡めると、光彩を失った目のまま甘えるように体重を預けてくる。


「ユリウス、今日も無事に帰って来てくださってありがとうございます」

「当然だよ。だってそれがヴィオラとの約束だからね」

「フフフ、ユリウスにそう言ってもらえるなんて私は果報者です」


 そう言う声音だけは嬉しそうだが、ヴィオラの顔は全く笑っていない。

 その明らかに人としてどこか欠落した態度がまたユリウスにとっては辛く、見る度に心が締め付けられるようだった。

 だから一緒にいる間だけは、ヴィオラの望むようにしてやりたいと思っていた。


 それがせめてもの罪滅ぼしであると信じて。


 ユリウスがアジトの外へ出る時、ヴィオラは必ずといってもいいほどアジトに取り残された。

 その最大の理由は、ユリウスが逃亡を図らないようにということ、そして留守の間に山賊たちのアジトの炊事やら掃除やらの面倒を見させるためだった。

 男所帯だった山賊のアジトは言うまでもなく不衛生極まりなく、そこら辺の家畜の方が余程マシな生活をしているといっても過言ではなかった。


 そんなゴミ溜め同然だったアジトは、ヴィオラが来てから三年の月日を経て、ようやく人並の生活水準にまで達していた。

 それでもまだ、所々に残る悪臭に顔をしかめながらユリウスたち進む先には、ユリウスたちが暮らしているログハウスがあった。

 このログハウスはアジトの中では一番まともな家なのだが、あちこちに苔やらカビといった汚れが目立ち、窓は全て割られたのか適当な板で封鎖され、入り口へと続く階段は途中で抜け落ちてしまっている個所があるなど、あくまでアジト内ではまともな住居であって、清潔とは程遠かった。

 それでも一番まともな建物がユリウスたちにあてがわれているのは、ユリウスたちを気遣ってのものではなかった。


 ログハウスの前には、顔に大きな火傷の跡がある大男が立っており、ユリウスたちの姿を認めると、


「おう、戻ったか。早く入れ」


 顎で中に入るように促す。

 大男の手には錆ついた大きな錠前があり、退屈を紛らわすようにガシャガシャと音を立てながら弄んでいる。

 そう。この家がユリウスたちにあてがわれている最大の理由は、この家が中から壊されない程度に丈夫で、外から鍵で施錠してしまえば出られなくなるという体のいい檻として使えるからだった。


「…………」


 ここで男に逆らっても碌なことがないので、ユリウスは男を威嚇するように睨みつけ、ヴィオラを庇うようにしてログハウスという名の檻へと向かう。


 ユリウスが一段抜けた階段を上り、部屋の入り口を開けようとすると、


「おっと、お前にはまだ仕事があるだろ!」


 そう言って、ヴィオラをユリウスから引き剥がす。


「――っ、貴様、何をする!」


 男の暴挙に、ユリウスが怒りを露わにして男に飛びかかろうとするが、


「おっと、お前はとっとと中に入ってろ」

「あぐっ!?」


 その前に男の放った拳がユリウスの腹に深々と刺さり、ユリウスは苦悶の表情を浮かべて膝をつく。


「ユリウス!」


 ユリウスが倒れるのを見て、ヴィオラが慌てて駆け寄ろうとするが、その前に男が立ちはだかる。


「お前にはまだ仕事があると言っただろう。それとも何か? まだ何かグタグタ言って俺の手をさらに煩わせるつもりか?」

「あ……ああ……そ、それは……」


 男に至近距離で凄まれ、手を取られたヴィオラは、恐怖で顔面蒼白となってガタガタと震え出し、抵抗するのは無駄だと悟ったのか、下唇をギュッ、と噛み締める。


「わ、わかりました。仕事に戻りますから、どうかユリウスには……」

「わぁってるよ。ったく、最初からそういう態度でいろっていうんだ」


 男はフン、と鼻を鳴らすと、空いた手でユリウスの首根っこを掴んで吊り上げる。


「……クッ、このっ………………ヴィオラから手を放せ!」


 吊り下げられたユリウスは、殺意の籠った目で男を威嚇するが、


「ユリウス、お願いですからおとなしくしてください!」

「――っ!?」


 ヴィオラに泣き叫ぶように懇願され、思わず身を固くする。


「…………申し訳………………ございません」


 目を見開いて自分を見つめてくるユリウスに、ヴィオラは視線を逸らしながら蚊の鳴くようなか細い声で謝罪する。


「ユリウスのお気持ちは嬉しいのですが、私は自分の仕事に戻ります。ですから、お一人で先にお休みになってください」

「…………ヴィオラはそれでいいのか?」

「そ、それは……」


 ユリウスの問いに、ヴィオラは逡巡したように視線を彷徨わせるが、すぐ隣で男が不機嫌そうに睨んでいるのに気付き、何かに耐えるように目を伏せながら話す。


「…………はい、これも全てユリウスのためですから。私のことはどうかお気になさらないでください」

「……………………………………わかった」


 ヴィオラにそこまで断じられては、戦闘能力に関して全くの役立たずのユリウスはそう返すしかなかった。

 項垂れながら小屋の中へと入ると、自分を閉じ込める為の扉が閉まる。

 続いてガチャガチャと外から鍵がかかる音がすると共に、


「ユリウス……お願いですから、どうか私を見ないでください」


 ヴィオラがそう一言懇願して去っていくのを、ユリウスは背中で聞いた。

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