尊厳の危機
「むにゃむにゃ……もう食べられない…………あぎゃっ!?」
頭から冷たい水をかけられ、リーアン王国の大隊長はまどろみの底から一気に覚醒する。
「…………あ、あれ? 起きられ…………ない?」
だが、体を起こそうとしたところで自分の体が全く動かないことに気付き、慌てたように辺りを見渡す。
すると、
「ようやく目が覚めたか。呆れるくらい、呑気な奴だな」
自分のことを侮蔑するような声が聞こえ、大隊長は声のした方を見やる。
そこには蝋燭を手にした人物……片目を隠し、ラパン王国の踊り子の衣装を身に纏った少女の姿が見え、大隊長は訝し気に眉を顰める。
「おい、お前……ここは何処だ?」
「ここか? ここはこの国の至る所にある狩人や木こりたちが休憩する小屋の一つだ」
「何……だと?」
ついさっきまで陣営の中にいたはずなのに、どうしてそんな所にいるのだ。そう思いながら大隊長は動かせる首だけで辺りの様子を伺う。
少女が持つ蝋燭の火だけでは小屋全体を見渡すことはできないが、丸太を組んで造られたと思われる建物に、壁際に薪と思われる影が多々見えることから、確かにここは森での仕事を生業とする者たちに縁のある場所に違いはなかった。
だが、それでも大隊長にはわからないことがあった。
「それで、どうしてワシはこんなところにいるのだ?」
「単純な話だよ」
その少女、ユリウスは唇の端を吊り上げて笑うと、大隊長が予想もしなかったことを告げる。
「僕たちが、お前の大隊を壊滅させたからだよ」
大隊長を眠らせたユリウスたちは、先ずはブレットの弓を使って櫓の上に立つ見張りを一人ずつ処理していった。
見張りたちもまさか陣営の中から狙撃されるとは思っていなかったようで、最後まで彼等がブレットの姿を認めることはなかった。
そして、地上では殆どの兵士たちが急に襲ってきた睡魔に意識が朦朧とし、ふらふらと重そうに足を引き摺っていたり、着の身着のままの格好で熟睡してしまっていたりと、まともに動ける者は殆ど残っていなかった。
「今回の作戦で、鍵となったのはこいつだ」
そう言ってユリウスは、大隊長を眠らせるのに使った睡眠薬の植物片を見せる。
「これを使って、お前の陣営の兵士たちの殆どを無効化させてもらった」
「そ、それは……そうか、それを使ってワシを眠らせたのだな」
「そういうことだ。お前が奴隷と称している彼女を使わせてもらった。実に楽な作戦だったよ」
「あ、あの、小娘が…………」
せっかく目をかけてやって、殺さずに可愛がってやったものを……と、自分勝手な解釈をしながら大隊長は悔し気に歯噛みする。
「……だが、何故だ。確かにそれは強力な睡眠効果はあるが、我が隊全員に効果を及ぶほどの量を用意するとなると、相当な量が必要なはずだ」
「そうだな。今回、僕たちが用意していた睡眠薬の量は、多く見積もっても十人分あるかどうかだった」
「だ、だったら全員に薬を飲ませる方法など……」
「それがあるんだよ」
ソルティたちが用意した睡眠薬は、比較的少ない量で大きな効果が得られることが特徴なのだが、ある特殊な条件下において使用すると通常の何倍にも効果が跳ね上がる。
「この睡眠薬は、酒と一緒に服用した時に限り、ごく少量でも非常に高い効果が得られるんだよ。その理由は定かではないが、酔いが回ると薬による耐性が低くなるのが原因だと言われている」
かつて、城の書庫で呼んだ知識を披露しながら、ユリウスは皮肉めいた笑みを見せる。
「お前の部下たちは実に簡単に堕ちてくれたよ。慰問に呼ばれた踊り子たちが罠だとは気付かずにね」
「では、あの時振る舞われた酒の中に……」
「睡眠薬が入っていたのさ。といっても、かなり希釈したせいで全員を眠らせることはできなかったけどね」
といっても殆どの兵士の意識が朦朧としており、僅かに残った素面の者や、効果が薄かった者もブレットの矢と、牙を剥いたソルティたちによってあっという間に無効化にされた。
そして、まともに動ける者がいなくなった陣営に火を放ち、奪った馬に眠っている大隊長を乗せてここまで逃げてきたのであった。
「さて……」
密かに大隊長を捕らえて来るだけでなく、所属する大隊すら壊滅させたユリウスは、恐怖で額に脂汗を浮かべている大隊長に笑いかける。
「わざわざお前だけ生かしているという理由は、改めて語る必要はないな?」
「フ、フン……大方我が軍の情報が欲しいとかだろうが、そう簡単に情報が引き出せると思うなよ」
「そうか、なら試してみよう……」
ユリウスが頷くと、大隊長の足元に控えていたソルティが彼の肉厚な足の爪の間に針を突き刺す。
「うぐ……ぐっがああああああああああああああっ!!」
足の先という神経が沢山通った部分への容赦のない攻撃に、大隊長は苦悶の表情を浮かべながら叫び声を上げる。
小屋を揺るがすほどの絶叫に耳を塞ぎながら、ユリウスは再び大隊長に尋ねる。
「……どうだ? 情報を吐きたくなったか?」
「…………な、何のことだ?」
「ふむ、確かに自分で言うだけあってそう簡単に口は割らんか……」
かといって拷問に余り時間をかけるつもりはないユリウスは、少し変わった形の一振りのナイフを取り出す。
筒状の形をしたナイフを手で弄びながら、ユリウスは大隊長にある提案をする。
「これが何だかわかるか?」
「…………」
「答える余裕はないか……まあ、いい。これは中が空洞になっている特別製のナイフだ。形は少し変わっているが……」
ナイフを振りかぶったユリウスは、いきなり大隊長の顔の横、数センチのところにナイフを突き立てる。
「見ての通り、切れ味は中々のものだ。そして、お前が口を割らないのであれば、このナイフをある場所へ突き刺す」
「ある…………場所……?」
「ああ、ここだよ」
そう言ってユリウスは、大隊長の下腹部をトントンと軽く叩く。
次の瞬間、大隊長の顔からさぁっ、と血の気が引く。
「い、嫌だ!」
男の象徴を失う危機に、大隊長は目に見えて狼狽する。
「頼む! それだけは……それだけは勘弁してくれ!」
「ああ……僕もこんなことはしたくない。このナイフで刺すと、血が際限なく吹き出すから、後処理が大変で困るんだ」
「そ、そうじゃなくて……」
「御託はいい。僕の要求はただ一つ……お前たちが保有している巨人の紋章兵器について話せ。それだけ話したら、僕はこのナイフを突き立てることはしないと約束しよう」
「ほ、本当か?」
「ああ、嘘はない。情報を聞いたら僕はおとなしくここから立ち去るから、生き残るかどうかはお前の運次第だ」
最後に「どうする?」と念を押すようにユリウスが尋ねると、
「わ、わかった……お前の要求を飲もう」
大粒の涙を流しながら、大隊長は紋章兵器について話し出す。




