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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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虜囚の末路

 ブレットという大きな犠牲のお蔭で、ユリウスは難なく大隊長の天幕まで辿り着くことができた。


 辺りに誰もいないのを確認して、ユリウスは天幕内へと足を踏み入れる。

 十人以上が寝そべってもまだ余裕があるほど広い天幕内はしんと静まり返り、ここから見る限りでは誰もいないようだった。


「…………ふぅ」


 一先ずの無事を確認し、ユリウスは安堵の溜息を吐く。


「となると次は、隠れられるところを探さないとな……」


 部屋の奥に置かれた小さな今にも消えそうな蝋燭を見つけたユリウスは、中の状況を確認しようと、蝋燭が置かれた燭台へと手を伸ばす。

 燭台を手にしたユリウスは、そのままぐるりと天幕内へと目を向けたところで、


「――っ、うぐっ!?」


 突然、何者かに押し倒され、燭台を取り落としてしまう。

 誰もいなかったはずなのにどうして? 驚くユリウスに、さらなる衝撃が走る。


「……うむっ!? うむむむむっ!?」


 ユリウスが何かを口にするより早く、押し倒してきた何者かがユリウスの口を自分の口で塞いできたのだ。


(なっ!? こ、こいつ……僕の舌を……)


 その何者かは、口内に自分の舌を入れてくると、蛇のようにユリウスの舌を蹂躙し、唾液を流し込んでくる。

 誰とも知らない唾液を無理矢理飲まされたところで、


「うむぅ…………ぐっ……このっ、離せ!」


 ユリウスはようやく我に返り、覆い被さってきた何者かの腹部を蹴り飛ばして自由になる。


「はぁ……はぁ……クソッ!」


 口の中の不快感に顔をしかめながら、ユリウスは奇跡的に消えなかった蝋燭を燭台にそっと置いて覆い被さって来た人物を睨む。

 その人物は、ユリウスと同じ年の頃の一糸纏わぬ少女だった。

 顔立ちはかなりの器量よしで、街を歩けば男たちが放っておかないほど魅力的だが、スタイルはまだ少女のあどけなさを残す控えめなものだった。

 疲れているのか、若干やつれた様子の少女はユリウスの視線に気付くと、地面に平伏して謝罪の言葉を口にする。


「も、申し訳ございません」

「……何?」

「戻ったら、口付けをするように仰せつかっていたのですが、私に何か不手際がありましたでしょうか? お、お願いします。何か間違っていたのでしたら謝罪しますから、もうぶたないでください!」

「…………」


 これは一体、どういうことなんだ。

 ユリウスは目の前で平伏し続ける裸の少女にどう対応したものかと思案するが、このままでは目のやり場に困るので、近くに積まれたシーツと思われる布を一枚引き抜くと、少女の頭から被せてやる。


「えっ……」


 驚き、目を見開く少女にユリウスはぶっきらぼうに声をかける。


「お前は一体誰だ? どうして僕に襲いかかってきた?」

「お、襲いかかってきたなんて……とんでもないです……ってあれ?」


 そこで少女は、ようやくユリウスが踊り子の衣装を着ていることに気付き、自分が間違った人物に覆い被さったことに気付く。


「あの、あなたは……えっ、男の子なの!?」

「男で悪いか? それより、お前は何なのだ。どうしてこの天幕内にいる」

「えっ、そ、その……私は……」


 そこまで話したところで、少女の目に見る見る涙が溜まっていく。


「うぐ…………ひぐっ…………」


 何か辛い記憶を思い出したのか、少女は嗚咽を漏らし始めると、そのまま大泣きしてしまいそうになるので、


「チッ……」


 ユリウスは慌てて少女に手を伸ばすと、口を塞いで大声を出せないようにする。


「いいか? 僕はお前に危害を加えるつもりはない。だが、大声を出して誰かを呼ぶなら別だ。痛い目に遭いたくなければ黙っていろ。いいな?」

「…………」


 ユリウスの脅しに、少女はこくこくと頷く。


(…………だが、どうする?)


 このまま少女を解放したら、大声を出して誰かを呼ばれるかもしれない。その可能性は否定できないが、ユリウスはそれはないと踏んでいた。

 何故なら、少女の涙が嘘だと思えないからだった。


「……はぁ」


 こんな決断を下してしまう自分を甘いと思うが、ユリウスは少女に話を聞いてみることにする。


「それで、君は一体誰なんだ?」

「はい、私は……」


 少しは落ち着いた様子の少女は、自分の身の上話を始める。



 少女は、ラパン王国の国境付近にあった村の出身だという。

 そんな、田舎の村のごく普通の少女の人生は、突如として現れたリーアン王国軍によって壊されてしまう。

 村の人間が虐殺され、自分も殺されるところだったが、この大隊の大隊長に見初められ、ただ一人命を救われたという。


 だが、せっかく助かった命だったが、そこから少女の地獄が始まる。


 大隊長の傍付きとなった少女に与えられた仕事は、彼女のという人格を無視した筆舌に尽くしがたいものだった。

 何か気に入らないことや、機嫌が悪くなると大隊長は容赦なく少女に暴力を振るい、汚い言葉を常時浴びせかけてきた。

 さらに夜になると、大隊長は少女の体を求め、拒むことすら許さなかった。

 それだけでなく、自分の天幕にいる間は服を着ることすら許さず、誰かが訪ねて来たら、その者を手厚く迎え、奉仕するように命じたという。


「だから、あなたが来た時、私は寝ていたんだけど、無視したらまた酷い目に遭わされると思って……」

「そうか…………」


 再び泣き始めた少女を見て、ユリウスは大きく嘆息する。

 気が付けば血が滲むほど自分の手を握り締めていたことに気付き、ユリウスは冷静になるように何度も深呼吸を繰り返す。


(こいつは……ヴィオラと同じなんだ)


 決して逃れることのできない状況に追い込み、その尊厳を踏みにじる。いつか見た山賊たちと同じやり口に反吐が出る。

 受けた傷は決して癒えることはないだろうが、この少女をどうにか救い出してやりたい。ユリウスはそう考え、少女へと話しかける。


「おい……」

「は、はい、何でしょう?」

「この状況から抜け出したいか?」

「えっ?」


 ユリウスの思わぬ一言に、少女は大きく目を見開く。

 驚き固まる少女に、ユリウスは射貫くような視線で少女に問いかける。


「お前が何でもすると言うなら、僕がお前を助けてやるが……どうする?」

「そんなの……決まってます」


 言うまでもない。これまで光彩を失っていた少女の目に光が灯る。


「お願いします。私、何でもします!」

「そうか、決まりだな」


 少女の決意に、ユリウスは大きく頷いた。

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