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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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宴を抜けて

 それから暫くして、ソルティたちラパン王国軍の女性たちによる踊りを披露する宴が始まった。


 本当なら今すぐこの場にいるリーアン王国軍、全員の首を刈り落としてしまいたいほど憎いはずなのに、そんな素振りを見せることなく、ソルティたちは愛敬を振りまきながら陣営内に用意された舞台へと上がる。

 五人の女性の真ん中に立ったソルティが兵士たちの声援に応えながら、よく通る声で話す。


「皆様、今日は私たちの踊りを心ゆくまでお楽しみ下さい」


 そう言うと、ソルティを中心に三人の女性たちがそれぞれの立ち位置へと別れてポーズを取る。

 残る二人が楽器を構えて演奏を始めると、音楽に合わせてソルティたちが踊り始める。

 牧歌的で伸びやかな旋律に合わせて、ソルティたちは優雅に舞う。


 元々、ラパン王国の村人たちに出された踊りの依頼だったが、この踊りはラパン王国の女性であるなら誰でも踊れるものなのか、その動きは実に堂に入ったものだった。

 半透明の布を使って自分の体を大きく見せるように踊る様は、夜の闇に舞い降りた妖精を思わせる美しさがあり、扇情的な衣装を纏っているにも拘わらず、リーアン王国の兵士たちは下卑た笑みを潜めて、呆然と魅入っていた。


「…………フフッ」


 そんな兵士たちにソルティがしなを作るように手を振ると、兵士たちは魂を抜かれたようにへなへなとその場に崩れ落ちる。

 その後もソルティたちは、リーアン王国の兵士たちの心を優雅な踊りで捉えて離さなかった。



「……見事なものだな」


 ソルティたちの踊りを、彼女たちがいた天幕内から紋章兵器マグナ・スレストを使って見ているユリウスは素直に感嘆の声を上げる。

 一糸乱れぬ見事な踊りに、陣営内の兵士たちはすっかり釘付けになっており、ソルティたちは宣言通りの仕事をしてくれていた。

 その中には、この陣営の大隊長と思われる神経質そうな顔をしたでっぷりと肥えた中年男性も混じっており、口の端から肉片と思われる食べカスが零れていたが、気付いてすらいない様だった。


 ソルティたちが作ってくれた絶好の機会に、ユリウスも応えないわけにはいかなかった。

 ユリウスは再度、紋章兵器を使って見張りたちが踊りに夢中になっていることを確認すると、ブレットの肩を叩いて話しかける。


「よし、僕たちも行くぞ」

「……わかった」


 二人は頷き合うと、音を立てないようにそっと天幕から外へと出る。


 ここから大隊長の天幕へと向かうためには、陣営の大外を迂回して、いくつかの天幕の間を抜けなければならない。

 そこを抜ける時に櫓の上にいる見張りに見つかりでもしたら、全てが台無しになってしまう。

 だからユリウスは全神経を集中して、見張りたちの視線が何処に向いているかを逐一確認しながらゆっくりと進んだ。


 だが、櫓の上にばかり気を取られていたせいで、ユリウスはあることを失念していた。


「――っ、マズイ!」

「うげっ!?」


 ユリウスより先にそのことに気付いたブレットが、ユリウスの首に腕を回してその歩みを無理矢理止める。

 突然、首を絞められる格好になったユリウスは「ゲホゲホ」と咳き込みながら、ブレットを睨む。


「い、いきなり何をする。死ぬかと思ったぞ」

「そ、それどころじゃないって……」


 殺意の籠ったユリウスの視線に、ブレットは狼狽えながらも自信の気付いた一点を示す。


「あ、あれ……あれ見て」

「……何だ」


 遺憾に思いながらもユリウスはブレットの指差す方向を見やる。

 そこには、他の二倍ほどの大きさがある入り口が大きく開かれた天幕があり、今も少数ではあるが人の出入りがあった。

 その手には、酒と思われる壺を持っていることから、どうやらその天幕は、この大隊における厨房のようだった。

 決して人の出入りが激しいわけではないが、いつどのタイミングで誰が出てくるかわからない状況に、ブレットは心配そうに眉を顰める。


「あの前を抜けないといけないのに……ねえ、ユリウス。あの中を見ることはできるの?」

「……できるが、そうなると櫓の上を見ることは難しい」


 ユリウスの紋章兵器、アイディールアイズの右目の能力は、平たく言えば、自分の右目で見る世界を、別の場所に移す能力である。能力が及ぶ範囲は、自分の視界が効く範囲で、閉ざされた場所を除き見ることや、複数の箇所を同時に見ることはできない。

 さらに、厨房の中と櫓の上からの視界を切り替えるのにもそれなりに時間がかかるので、中と外を交互に見るのも得策とは言えなかった。


「じゃ、じゃあ……どうするの? イチかバチかに賭けて一気に駆け抜ける」

「……いや、それはやめた方がいいだろう」


 必要のないリスクを負う必要はない。

 それに、これはある意味ではチャンスかもしれなかった。


「ブレット……」

「な、何?」


 ユリウスの態度に嫌な予感を抱きながらも、無視するわけにはいかないブレットは、おそるおそる尋ねる。


「もしかして、僕にまた無茶な要求するつもりじゃないよね?」

「心配するな。僕はブレットならできると信じている」


 そう言うと、ユリウスはソルティの部下から預かった眠り薬が入った小袋から中身を少し抜き、残りをブレットに向けて放る。

 反射的に小袋を受け取ったブレットの顔が青くなる。


「えっ? ま、まさか……」

「そのまさかだ。行って来い」


 ユリウスはそう言うと、ブレットを厨房の天幕に向けて思いっきり蹴り出す。


「うわっ……とっとっと……」


 ユリウスに送り出されたブレットは、足をもつれさせながらも、どうにか転ぶことは避ける。


「……えっ?」


 だが、そこには調度酒を手に、厨房から出てきた兵士の姿があった。

 突然、目の前に現れた踊り子の衣装を着たブレットに驚きながらも、兵士は冷静に質問する。


「あ、あの君は? 君たちは確か、踊っているはずじゃ?」

「えっ? あ、あの……その……僕……じゃなくて、私、まだ未熟で踊りに参加させてもらえなくて……」


 驚いたのはブレットも同じだったが、どうにか言葉を紡ぎながらここにいる理由を述べていく。


「だからその……皆さんのお手伝いをしろって言われたんですけど、、どうすればいいんでしょうか?」

「そうなんだ。まあ、君は踊ってるより、裏方で荷物を運んでいた方が似合いそうだから仕方ないね」

「……余計なお世話だ」

「ん? 何か言ったかい?」

「いいえ、何でもないです。それで、私はどうしたらいいですか?」

「ああ、案内するよ。それじゃあ、こっちにおいで」


 兵士はブレットに対して特に疑問に思うことなく、給仕の仕事内容について話しながら厨房の中へと消えて行った。



「…………悪いなブレット、後は上手くやってくれよ」


 その隙を突いてユリウスは厨房の天幕の前を駆け抜け、大隊長の天幕目指していった。

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