試し斬り
「……本当、ユリウスの言う通り過ぎて怖いわね」
迫りくる敵兵の様子を伺いながら、セシルはゆっくりと深呼吸を一つする。
今回、セシルは紋章兵器ラファーガの試運転として、手頃な小隊を見つけたから一人で潰して来いと命令されたのだった。
一応、近くにブレットをはじめとする精鋭の弓兵が控えており、窮地に陥ることがあればすぐさま援護射撃してくれることになっているが、セシルはそれに頼るつもりは毛頭なかった。
姿を晒し、敵に向かって堂々と名乗りを上げて挑発すれば、向こうから攻めてきてくれるというユリウスの読み通りの展開になったことで、セシルは事前に聞いていた作戦を実行に移すことにする。
「すぅ……はぁ……」
再び大きく深呼吸をしたセシルは、
(……頼んだわよ)
新たな相棒となったラファーガを一撫ですると、ゆっくりと鞘から抜き、刀身が相手の死角になるように構える。
陣形の先頭は、全身鎧に長槍を構えた重装歩兵部隊。
動きこそ遅いものの、その強固な防御力は折り紙つきで、有効な手立ては小型の刃物で間接部位を狙うか、槌等で鎧毎打ち砕くかのどちらかだが、今のセシルには関係ない。
「いくわ!」
裂帛の気合と共にセシルが駆け出すと、五人の重装歩兵たちが横一列に並んで槍を突き出し、隙間がないように大盾を構える。
飛び込んできたセシルがそのまま串刺しになればよし、そうでなくとも初激を防ぐことができれば、後は後ろから仲間たちが彼女を煮るなり焼くなり適度に処理してくれるはずだった。
そんな完璧な防御陣を引く重装歩兵を前にセシルは、
「ふっ!」
ラファーガを下から払うようにして五本の槍を一瞬にして無力化させる。
さらに、槍の残骸の隙間を縫うように進んで距離を詰めると、
「ハッ!」
一息にラファーガを横薙ぎに払った。
「…………おい、何をしているんだ!」
セシルが攻撃を仕掛けてきたことを後方から見ていた隊長は、重装歩兵たちが全く動かなくなったことに業を煮やして声を荒げる。
「小娘が目の前で踊っているだけだろう。とっとと蹴散らせ!」
だが、次の瞬間、重装歩兵たちが一斉に倒れる。
しかも、手にした大盾、装備していた鉄製の鎧毎綺麗に真っ二つにされて、だ。
「な、何だとおおおぉぉっ!?」
驚愕の事態に、隊長の声が思わず上ずる。
傍から見れば、セシルの動きは踊っている。もしくは剣の型を披露していると思われても仕方がない。
本来、物を切断すると切ろうとする対象物からの抵抗がかかる。それは、対象物の硬度によって大きくなり、鉄を切るとなると達人の域に達した剣術の使い手でもそう簡単にはいかない。
だが、ラファーガは刀身の表面にとてつもなく薄いが、硬度の高い風の膜で纏い、それを高速で振動させることでとてつもない切れ味を実現させている。
これがあれば、例え全身を鋼鉄の鎧で覆おうとも、まるでバターを切るかのように簡単に切断できるのであった。
「う、うわああああっ、何だこの女!」
「ば、化物だ!」
目の前で重装歩兵たちを真っ二つにされたことで、兵士たちの間に動揺が広がる。
「失礼ね。誰が化物よ!」
武器を放り捨てて、逃げ出そうとする兵士たちを、セシルはラファーガを振るって次々とバラバラに解体していく。
「あれはまさか……ラファーガなのか?」
セシルの持つ剣の刀身を見て、隊長がラファーガの存在に気付く。
「チッ、あいつめ……しくじりやがりましたね」
紋章兵器を敵に盗られるどころか、その使い手にまでなられるという事態に、隊長はもうこの世にいないであろう仲間の愚痴を漏らしながら部下たちに指示を飛ばす。
「お前たち、あれは我が軍が所有していた紋章兵器、ラファーガです。取り返す必要がありますから、速やかにあの女を包囲しなさい! これは命令です!」
命令、その言葉を隊長が口にすると、兵士たちはすぐさま混乱から立ち直り、武器を構える。
「ラファーガは威力こそ絶大ですが、距離を取ればそこまで怖くありません。多少の犠牲は覚悟して同時にかかるのです」
その言葉に、兵士たちは一糸乱れぬ見事な動きで、あっという間にセシルを包囲する。
(なるほど……たいした統率力ね)
セシルは見た目の割に優秀な隊長の手腕に舌を巻きながらも、これも想定の範囲内であることに思わず苦笑を漏らす。
敵に囲まれた状態にも拘らず笑うセシルを見て、隊長は怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。
「何を笑っているのですか! 皆さん、早く仕留めてしまいなさい!」
その言葉に、兵士たちが一斉に動くの見てセシルは、
(……今だ!)
大きく息を吸って肺の中を空気で満たすと、ラファーガの力を一気に解放する。
瞬間、周辺の空気が全てラファーガに集中し、その刀身が一気に最大の長さ、六メートルまで伸びる。
すると、
「うっ……」
「な、なな…………」
「い…………が」
空気を奪われたことで、呼吸を出来なくなった兵士たちが手持ちの武器を放り出して苦しそうにもがく。
「しまっ…………こ…………」
それは後方に控える隊長にまで及び、彼は空気を求めようと本能で喉元を押さえながら自分の指示が過ちだったと気付く。
(悪いけど、もう手遅れよ!)
兵士たちが混乱の極みにいる中、セシルは最大限の長さまで伸びたラファーガを使って自分を中心に円を描くように払う。
全く抵抗を感じることなく、綺麗に緑の軌跡を描いたセシルが、
「…………ぷはぁっ!」
と大きく息を吐き出すと同時に、セシルを囲んでいた兵士たちの体が、胴の部分で綺麗に真っ二つに割れ、辺り一面を血で染め上げる。
全員でセシルを取り囲んでしまった結果、兵士たちはほんの一撃で全滅させられてしまったのであった。
「……全く、呆気なさ過ぎて、紋章兵器というものの怖さをつくづく実感させられるわね」
この惨事を引き起こしてたセシルは、目の前に広がる光景にぶるるっ、と身震いをする。
そして、むせ返るような血と臓物の臭いと醜悪な見た目に、
「…………うげぇ、自分でやっといてなんだけど、吐きそうだわ」
吐き捨てるように言って口元を手で覆うと、報告に戻るために一目散にこの場を後にした。




