たった一人の戦争
ラパン王国の各地にある村々では、今日も新たな支配国となったリーアン王国の兵士たちによる略奪行為が行われようとしていた。
「よ~し、今日はこの村から始めていきましょうか」
肉の上に肉を重ねたような巨躯の持ち主の男が、領主から手に入れた地図を指差しながら周りに控える小隊の部下たちに指示を出す。
「金目の物と、食料は全て没収しなさい。後、労働力になりそうな男と、売れそうな女は全て生かしたまま捕らえる必要があります。ただし、老人と子供は全て殺してしまって構わいません。使えませんからね」
「隊長、一つよろしいですか?」
「何でしょう?」
「その、女たちは、つまみ食いしてもいいですか?」
「……死なない程度にしておきなさいよ?」
その言葉に、周りの兵士たちから下卑た笑い声が上がる。
最も、命令を出した隊長の鼻の下もだらしなく伸びており、これから行われることが決してろくでもないことであることは容易に想像できた。
男たちはその後、襲う村の順番の確認を行うと、目的の村に向けて行軍を開始した。
今は戦乱の世で、敗北した国が辿る末路としてはよくある光景だった。
これから行われる略奪行為も、そういったよくある出来事の一つ――
そうなるはずだった。
「ん?」
最初に異変に気付いたのは、哨戒任務を行うため、本隊より少し先行して動いていた分隊、六人の歩兵たちだった。
自分たちの前方、百メートル程の先で人影が村への道を塞ぐように立っていたのだ。
日差しを受けてキラキラと輝くブロンドに、長い髪を頭の上で二房に分けて下ろす、所謂ツインテールというシルエットから女生と思われる人影は、腰には剣を吊るし、鉄の胸当てを装備していた。
その見た目から女騎士であると思われたが、どうしてたった一人でこんなところにいるのかがわからず、歩兵は頭を捻る。
何せ相手が立っている場所は、完全に開けた平原のど真ん中。何処かに伏兵が潜んでいる可能性も低いし、いたとしても救援が来る前に女騎士を仕留めて逃げるのは容易だ。
こんなところに女騎士が馬も連れずに足っている理由があるとすれば、村から依頼を受けて護衛をすることになったから。そういう可能性もあるが、どう考えても無謀の極みを言わざるを得なかった。
「どうする?」
「どうもこうもないだろう」
相手は一人に対し、こちらは六人。相手の実力は未知数だが所詮は女。全員でかかれば、一溜まりもないだろうと算段をつける。
ならば、後は襲いかかるだけなのだが、彼等も腐っても軍人。必要最低限の任務はこなす必要があった。
「というわけで誰か一人、報告に戻る必要があるな」
「え~、俺は嫌だぜ」
「俺だって嫌だよ。もしかしたらあの女、とんでもない上玉かもしれないじゃないか」
「それは誰だって思うさ。だからここは……」
「じゃんけんか……まあ、仕方ないな」
「恨みっこなしだからな」
そう言うと、男たちは「せ~の」と掛け声を併せてそれぞれが手を出す。
やがて、
「あ~っ、クソッ! こうなったら一刻も早く戻るから、壊さないでとっておけよ!」
じゃんけんに負けた兵士は、恨み言を吐きながら報告のために駆け足で去っていった。
「女が一人、私たちの進路を塞いでいるですって!?」
報告を受けた隊長は、あまり聞いたこともない種類の報告に、戸惑いの表情を浮かべる。
報告をする兵士も、自分が阿呆なことを言っているという自覚があるからか、すぐさまフォローするように自分たちの方策を伝える。
「はい、ですが相手が一人でしたので、その女を始末することにしたのです。ただ、念の為にと私が報告に戻った次第であります」
「…………なるほど。ちなみにその女の器量は?」
「遠目で確認しておりませんが、かなりの上玉かと……」
「かああああぁぁっ! そいつはいけません!」
隊長はよく肥えた腹を揺らしながら大声を出すと、流れてきた汗を拭いながら捲し立てる。
「私、こう見えて強気な女を屈服させて、ヒィヒィ言わせることに無上の喜びを感じる性質なんですよ。あなたたちがそれを先にやってしまったら、私の愉しみが薄れてしまうじゃないですか!」
「えっ? あっ、はぁ……すみませんでした」
「まあ、リーアン王国兵としては合格点ですからその件は不問にしますが……行きますよ?」
「ど、何処にですか?」
「決まっているでしょう。その女騎士のところです。今すぐに! さぁ!」
唾をまき散らしながら叫んだ隊長は、ぶるぶると震える腹を押さえながらどたどたと女騎士がいる場所へと一目散に駆け出した。
流れる汗と格闘しながら隊長が女騎士のいるという場所に辿り着くと、そこには既に多くの部下たちが見物に来ていた。
しまった。出遅れた。そう思う隊長が部下を押し退けながら前へ進み出ると、
「な、何ですか。これは……」
目の前に広がる光景を見て、驚愕に目を見開く。
そこには打ちのめされ、身包みを剥がされて泣き叫ぶ女騎士の姿はなかった。代わりに、体を真っ二つにされて転がる五つの死体とそれに見向きもせずにこちらを睨む女騎士の姿だった。
「……し、信じられません」
五人がかりで挑まれても、傷一つ負わずに完勝するだけでなく、死体の全てを両断するほどの威力を見舞うとなると、女騎士は底知れぬ実力の持ち主であることが伺えた。
すると、隊長の姿を認めた女騎士が、自分の胸に拳をぶつけてよく通る声で名乗りを上げる。
「私はミグラテール王国軍の騎士、セシル・クラージュ! 正義の名の下に、お前たちに誅を与えに来た!」
「なんと…………まあ」
セシルの言葉に隊長は驚き半分、呆れ半分という顔になり、周りの部下たちからは失笑が漏れる。
敵を前にわざわざ名乗りを上げ、これから自分が成そうとすることを堂々と宣言する前時代的な騎士をこの目で見るとは思わなかったのだ。
「しかも、正義の名の下に……ですか」
虫唾が走る言葉に、隊長の表情が厳しいものに変わる。
自分たちの行いが決して人に褒められるものではないことは重々承知しているが、あんな年端もいかないような小娘に責められる言われもない。
「……どうやら少しはやるようですが、調子に乗り過ぎですね」
隊長はセシルのことを敵と認識し、完全にこの世から抹消することを決める。
「あなたたち、あの小娘にリーアン王国の怖さを……一人で集団に挑むという愚かさを思い知らせてやりましょう」
最後に肥えた腹をたぷん、と揺らして「陣形!」と檄を飛ばすと、部下たちが「応!」と応えるように陣形を組む。
「それでは……突撃!」
隊長が命令を下すと、総勢六十名ほどからなる小隊が、たった一人を押し潰すために地響きを上げながら動き出した。




