お昼寝大好きグータラボディ
「ウィンダム――百歩譲って、俺に失礼なことを言うのはまだいい。付き合いも長いし、俺はお前がどういう人間なのかちゃんと分かっているからな。でもな、ほかの人にはもう少し気を遣え。トラブルの元だぞ」
店主のロイが改まった口調でそう言った。
互いに付き合いが長いとしても、日々の関わりの中では、相手に切実な思いを伝えるのは意外と難しい。
ふたりは気の置けない仲のようだが、それでもロイのほうには『言いたいけれど、言いそびれてきた』ことがあって、それが今噴き出しているようだ。
ところが。
他人のことはズケズケ批判するが、自分が批判されると絶対に許容できない、意地っ張りウィンダム氏の本領発揮だ。
「おいおい、馬鹿げたことを言うのはやめたまえ。僕ほど気遣いができる賢い人間がほかにいるかい?」
「はぁ? 馬鹿かお前、目を覚ませ」
「愚者はそうやってすぐに腹を立てるな。沸点が低すぎる」
「お前がそんなふうに嫌味ばかり言うから、俺の妹も腹を立てたんじゃないのか?」
ロイが尋ねると、初めてウィンダムが黙り込んだ。
シン……と沈黙が落ちる。
……妹? 皆の不思議そうな視線に気づいたのか、ロイがため息交じりに説明してくれた。
「……こいつは俺の妹と婚約中なんです。でも先日、妹と喧嘩してしまったようで」
「こ、婚約!?」
ユリアがなぜか椅子から腰を上げかける。ロイはユリアの勢いに気圧され、のけ反った。
「あ、ええ、それが何か?」
「こんなモラハラ気質な男が婚約だなんて……」
するとウィンダムがツンケンと声を張り上げる。
「君の妹はちょっと短絡的というか、僕とは合わないところがあるよね」
「は? 妹のどこが気に食わないんだよ?」
「なんていうか、そうだな――僕があまりにも賢すぎるから、脳味噌レベルが凡人の彼女では、知的レベルが釣り合わないというか」
妹を貶されて、ロイの顔つきが変わった。怒りすぎてすぐには言葉が出てこない様子である。
それを見かねたのか、あるいは機は熟したと考えたのか、ルードヴィヒ王弟殿下が口を挟んだ。
「ウィンダム殿、よろしいですかな」
「なんでしょうか、ルードヴィヒ殿」
「あなたは自身を大天才だと考えているようだが、残念ながら、周囲の評価はそうでもないようですね?」
指摘され、ウィンダムがやれやれと肩をすくめてみせる。
「愚者は賢者を決して理解できないですからね。私の賢者ぶりを、愚者たちにもはっきりと分かりやすく示せればよいのですが」
「実はね、私はその方法を知っていますよ」
「失礼――今、なんと?」
「賢者かどうかをジャッジできる、特別なキャンディを持っています」
ルードヴィヒ王弟殿下がニヤリと笑った。
「あなたが本当に賢者かどうかは、この『猫紳士キャンディ』を舐めればはっきりするでしょう」
ルードヴィヒ王弟殿下が懐から小さな缶を取り出した。赤くて平たいその缶を開けると、中にキャンディが十個ほど入っているのが見えた。
「猫紳士キャンディ、ですって? それを舐めるとどうなるのです?」
ウィンダム氏が片眉を上げて尋ねた。
ルードヴィヒ王弟殿下は謎めいた笑みを浮かべ、その問いに答えた。
「これはね、『猫』か『紳士』かをジャッジする不思議なキャンディなのですよ。あなたが本当に賢者なら、見事雑念に打ち勝って、今の気品を保てるはずです。しかしそうでないなら、気ままで理性のかけらもない、怠惰な存在に成り下がります。そう――動くものを見れば条件反射で飛びつき、お昼寝大好きグータラボディ――本能で生きる猫ちゃんのような、堕落した存在に」
「ふ……馬鹿馬鹿しい、この頭脳明晰なウィンダムを、飴玉ひとつで、ただの猫ちゃんに変えられる、とでも? 冗談は休み休み言いたまえ」
ウィンダム氏は気取った手つきで、ピンク色の飴玉をひとつ摘まんだ。
そしてポイ、と口の中に放り込んだ。
* * *
――十分後。
猫耳を頭部から生やしたウィンダム氏が、テーブルの上で正座をして、背を丸めて前のめりになっている。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃー」
ウィンダム氏は目の前で左右に振られる猫じゃらしに夢中だ。
「自尊心の高いウィンダムさんが、皆のオモチャに……!」
それを不憫に感じて、気の優しいマイルズは目を潤ませている。
――しかしマイルズ、あくまでも他人事だと、呑気に構えている場合じゃないぞ。
未来視ができる神様がこの場に存在したなら、そう警告したことだろう。
なぜならばマイルズも数分後、しっかり猫耳を生やす破目に陥るからである……。




