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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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71 交錯する視線

 ここにきて、篠崎の苛立ちは最高にまで達していた。視界が明滅するほどに、頭が沸騰しそうなほどに、沸き立つ怒りを抑えて口を開く。


「わっかんねーなァ……。唐突に現れて裏切りってのは、どーいうこったァ……?」


 頭を掻いて自身を落ち着かせようとするが、言葉は苛立ちを隠し切れていない。ところどころで吐息が漏れ、篠崎が興奮していることが見て取れた。

 その様子に竹山はたじろぐ。


「……人を傷つけるのは、良くない……と思う」


「テメーはそんなのが言いたくて、俺の邪魔をしたってかァ? 笑わせんじゃねーよ。俺は今イライラしてんだ、まだ邪魔する気ならぶっ殺すぞ」


 目を逸らした竹山を睨み、苛立ちをぶつけるように足元に電撃を放つ。弾けるような音と閃光が地面を焦がした。たちまち焦げ臭さが鼻を突き、それすら篠崎を苛立たせた。

 はやくこの苛立ちを解消したい。何かにぶつけることで解消したいと、そう思って再び秋瀬の元へ歩き出すが、竹山が遮るように立ちふさがった。

 舌打ちする。苛立つ、苛立つ、苛立つ。何もかもに苛立ち、この怒りを解消すべく、この衝動をぶつけるために、竹山に殴りかかった。

 電気を帯びた拳を竹山は身を揺らして交わすと、反撃しようとボディーブローを狙うが、竹山は拳がヒットする直前に力を緩めた。人を傷つけるのは間違っていると言った手前、仲間を傷つける気にはなれなかったのだ。

 しかし篠崎は竹山の真意に気付けない。むしろ、舐められているのだと感じてさらに憤った。


「テ、メー……舐めやがってェ!」


 篠崎は一度下がり体勢を立て直すと、再び拳を繰り出した。左右の連続した攻撃を、竹山は下がりながら交わすが、反撃はできない。物理的な意味でなく、精神的な意味で。


「な、んでッ……当たんねーんだ!?」


「……単調なんだよ、狙いが読みやすい」


「テメーのアドバイスなんか聞いてねェ!!」


 腰を回して蹴りを繰り出しても交わされ、いよいよこちらの格闘攻撃は当たらないものだと判断した篠崎は、戦い方を変えた。

 自身を加速させるように風を噴射して竹山の背後に回ると、読み通りと竹山がこちらを向いていた。だが篠崎の狙いは背後からの攻撃では、ない。

 足に渾身の力を込めて、地面を踏み叩いた。


「……なっ!?」


「これも、『読めた』か?」


 文字通り地面が割れて竹山の体勢が崩れる。そこを狙って蹴飛ばした。

 飛ばされた竹山は空中で体勢を立て直そうとするが、能力で風を噴射して加速した篠崎の攻撃を受けて再び体勢を崩される。

 篠崎の攻撃は電気を帯びており、一撃が重かった。


「……が、はッ!?」


「はッ、死ねゴラァ!!」


 優位に立ち、優越に浸る。

 連打する拳は全て命中し、確実に竹山の体力を削った。かかと落としで地面に叩きつけると、側に立って汚れを落とすように手を叩いた。


「おいおい、単調で読みやすいんじゃーなかったのかァ?」


 それまでの苛立ちはどこかへ失せていた。優位に立てたこと、自分を馬鹿にした者を上から見下ろす感覚が、篠崎の苛立ちを解消した。

 優越感。

 今の篠崎は、それに浸っていた。


「……間違ってる、よ」


 その醜悪に歪んだ笑顔を見て、竹山は確信する。目の前の男は道を違えたのだと。


「……キョーヤは、間違ってる! 人を傷つけるのは、ダメなんだ!」


「ぶ、くくく……ここにきて漫画みてーなこと言うなよ馬鹿馬鹿しい……。あのな、そーんなクッセェ台詞が通用するような世界はもう終わったんだよ。現実見よーぜ、竹山ァ?」


「……じゃあ! キョーヤの目的は何!?」


 竹山は、彼にしては珍しく声を荒げた。その言葉に、篠崎は言葉を詰まらせた。


「……キョーヤは東京を落とすって言った時、何でそうするのか言わなかった。俺は正しいことをするんだって……そう、思って……なのに!」


 竹山は拳を地面に叩きつける。竹山が初めて篠崎と出会った時、彼はもっと優しい人間だったはずだ。

 それがなぜここまで歪んでしまったのだろう。


「……なんで、なんでこんな!」


「テメーには……」


 篠崎は既に笑ってはいなかった。

 解消したはずの苛立ちが蘇り、さらに増幅して、篠崎を襲った。


「テメーには、わかんねェよ! 絶対にな!」


 そう、篠崎が東京を襲ったのには訳があった。他人には言えない、言いたくない訳が。竹山は知っているはずで、知っていてそれを訊いたのだ。

 それは、篠崎が堕落した理由であり、原因である。そこを突かれて、憤らずにはいられなかった。


「クソッ、死ねよ! 死んじまえ、クソ野郎が!!」


 春馬にやったように、再び足を振り下ろす。子どもの癇癪のように、踏みつけ、踏みつけ、踏みつけて。

 ふと、目の前に少女が立っていることに気づいた。


「その人から、離れてください」


 茶髪の少女ははっきりと、言った。





※※※





 自分に何ができるのかを考えていた。

 今まで大したことをしてこなかったからこそ、何ができるのか、今一度考え直していた。

 結論から言ってしまえば、何もできないのだろう。何かに長けているというわけでもない自分が何かを成すことなどできるわけがない。

 だとしても、見過ごせない状況がある。

 何もできないとしても、無駄だとしても、馬鹿だと罵られたとしても、そこに立ちたい状況がある。

 それは、正義を踏みにじられた時だ。

 正義を訴える者が、悪に踏みにじられた時だ。

 あってはならず、許されない。

 だから、御影は前へ出た。


「その人は、きっと正しいことを言っています。だから、離れてください」


 臆することなく、言い切った。


「……来ちゃダメだ! 逃げて!」


 倒れる竹山は慌てて言うが、もう遅い。ここまで来て逃げられるものか。御影は、背を向けはしなかった。堂々と篠崎を見据えていた。

 だが篠崎は、御影の予想とは全く異なる言葉を返してきた。


「アンタ、名前は何つーんだ?」


 何を言っているのかわからなかった。

 なぜこの状況でその台詞が出てくるのかわからなかった。

 困惑していると、篠崎は驚いたように続けた。


「アンタ、まさか『ミカゲ』って名前じゃあねーよなァ?」


「……は? いえ、私は御影奈央ですけど……それが何か?」


 名乗ると、篠崎は「ハッ」と乾いた笑みを漏らしてさらに驚いた。

 竹山から足をどけて、呆然としていた。


「マジかよ……こりゃ、さっさと終わらせねーとな……」


「あの……」


 わけがわからず、御影は混乱した。

 どういうことだろう。なぜ自分の名前を知っているのか。いや、それ以前にこの男は御影のことを御影以上に知っているというのか?

 考えるだけで気持ちが悪くて、身震いした。


「……離れろ、だっけか?」


 ニヤリと笑いながら、篠崎は口を開いた。


「んじゃー、代わりにアンタを貰うぜ」


 それはどういう意味だと問おうとして、その瞬間には既に目の前に篠崎がいた。その手が伸びて、御影の手を握ろうとする。

 一瞬だけ、迷いがあった。

 無論現状から察するに選択肢などないのだが、それでも一瞬だけこの男の元には行きたくないと思った。

 他人のことを助けようとしていながら、自分可愛さに一瞬だけ迷った。

 この男の元に行ってしまったら、何をされるのだろうか。考えるだけで涙が出そうになる。けれど、それが誰かのためになるならば。

 そう思えば、勇気が出た。

 そうして、篠崎の手を――。









「殺すぞ」









 ――低い、声が。

 御影にもわかる殺気があって、声が聞こえた瞬間には既に、篠崎は視界にいなかった。篠崎が吹き飛ばされた音すら後から聞こえてきた。

 全てを理解するのに十秒を要した。

 そうして理解する。目の前に誰が立っているのかを。


「何もされてない? 痛いところはなさそうだけど、大丈夫?」


 目の前に現れた少年は、篠崎を真横に吹き飛ばした後、御影の肩を抱いた。そうして御影が何ともないのを確認すると、少しだけ微笑んだ。


「よかった。大丈夫みたいだね、御影さん」


 その微笑みは、漆黒だった。


「風見、先輩……ですか……?」


 本当にそれが彼なのか納得できなくて、訊いた。

 以前、似たようなことがあった。学校の体育館で風見と再会した時だ。あの時も、御影はゾンビとなってしまっていた風見を彼だと認識できなかった。

 今も、それと同じことが起こっている。

 少年は、漆黒のまま笑いかけた。


「そうだよ、久しぶり……ってほどでもないか」


 そうして少年は御影から目をそらすと、すでに起き上がっている篠崎を睨んだ。その瞳は氷のように冷たくて、灯りのない夜よりも真っ黒だった。

 篠崎は立ち上がると、風見を睨む。

 彼らの視線が交錯した。


「下がってて、御影さん。ここは俺が何とかするから」


 風見は背を向けて言う。

 その黒い立ち姿には、以前のヒーローのような堂々とした雰囲気がなくなっていて。

 代わりにどこまでも暗い、怒りだけがあった。

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