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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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64 トールの雷鎚

 ドン、と雷鳴が轟く。

 放たれたのは電撃。竹山による攻撃だ。

 相対する高月は、これを右に持った剣で真正面から斬り落とす。

 その剣には、ゾンビの能力を無効化する能力があった。


「……な」


「まだまだ!」


 初手を無効化できたことで自信をもった高月はさらに竹山に踏み込む。手に持った二本の剣を振りかざし、突き進む。

 対する竹山も一度目の攻撃が防がれた程度で止まるはずもなかった。

 再び互いの攻撃はぶつかる。

 竹山の攻撃に備え、高月は無効化の剣を構えるが――。


「嘘だろッ!?」


 直後、竹山の放った電撃が。

 広がった。


「こ、のォ……ッ!!」


 前へと進もうとする体を無理やりに屈ませ、体勢を低くする。そうして自分に重なる電撃の『面積』を減らし、無効化の剣でなんとか打ち消す。

 しかし無理な体勢で動いたためかバランスを崩し、転がってしまった。


(そんなのもありなのか……!)


 手をつき、跳ね上がるように起きると、竹山を見た。

 先ほどの電撃は、『広がった』。

 一直線に向かってくるのではなく、いくつにも枝分かれした大木のように広がって向かってきた。

 しかし、自然界の放電現象よりも圧倒的に遅く感じる。というか電撃に対して人の反射神経で反応できる時点でおかしい。


(ゾンビの能力で作られた電撃だから、自然界のものとは若干違うのか……?)


 そもそもゾンビの能力の原理がわからない。それがわかれば、目の前の男を打開する策も練れるかと思うのだが。


「そうこう言っても無駄だな……。今ある手札だけで倒さないと」


 正面から突っ込むのは愚策とわかった。

 であれば、回り込んで斬る。

 竹山の電撃は、一度撃つとそれが消えるまで次の電撃は撃てない。だから、その間に回り込んで、斬る。

 「ふっ」と吐息をこぼし、攻撃の意思を示すためにまずは一歩、踏み込んだ。


「……!」


 高月が攻撃してくると見た竹山は、いつでも電撃を放てるように構える。高月の動きを目で追い、彼が跳び上がるのを見た。

 竹山は高月の行動を見て警戒する。

 空中に上がってしまえばロクに身動きが取れなくなる。高月は、おそらくそれを知っていて跳び上がったのだ。

 竹山は何故、という疑問に答えを出せぬまま、空中の高月に向けて電撃を放つ。


(来た!!)


 高月はそれを待っていた。

 高月は剣の能力を発動させる。

 無効化の剣の能力、ではない。


「……え」


 空気を足場にする能力。

 それを利用し、空中を走った。

 滑空するようなスピードと角度で竹山の真後ろに降りる。


「もらった!」


 電撃を放ってしまった竹山はまだ動けない。今、この一瞬が好機。

 高月は屈んだ姿勢から、斜め上に切り上げるように、無効化の剣を振り上げた。しかし竹山の回避行動も速い。

 高月の攻撃は竹山の頬のあたりに一文字の傷をつけるにとどまった。


「……あれを使うしか……ない」


 ボソッと竹山がこぼす。高月はそれを聞き逃さなかった。

 何かが来る。そう思って身構えて。

 自分の身体が浮いたことに気づいた。


「は」


 次の瞬間、高月は強風に吹き飛ばされていた。


「な――――!?」


 先ほど亀の一撃によって宙を舞ったばかりだというのに、また同じ感覚を味わうことになる。

 浮遊感。

 そして後に訪れる大きな衝撃。


「が、はぁ……ッ!?」


 地面に打ち付けられながらも、高月は思考を巡らす。だが、どう考えても今の現象と電撃とを一つの能力として結びつけられなかった。


(な、にが――――)


 今、高月は風に吹き飛ばされた。

 ずっと電撃による攻撃を重ねてきた敵の生み出した、強風に吹き飛ばされた。


(能力が、二つ? そんなまさか……何かの偶然……)


「……多分、今……混乱してると思う」


 焦る高月に、少しずつ近づいてくる竹山はボソボソと自身の能力を説明する。敵に手の内を明かすなど、自分の能力に絶対の自信があるのだろうか。


「……俺の能力は『疾風迅雷』……強風と電撃を操る能力」


(バカな)


 そんな無理やりに二つの能力をくっつけたものが、許されるのか。そんな能力まで作り出してしまうというのか。

 ゾンビたちは。

 そして彼らの内に存在する、エニグマは。


「……俺、電撃操るの……下手だったから、キョーヤによく怒られて」


 高月が驚いている間に、竹山はポツポツと自分語りを始めていた。


「……風は得意だったから、切り札にしとけって……言われて」


 竹山は嬉しそうに話す。その姿は、母親にテストの結果を褒められた子どものようだった。

 彼が殺さなければならない敵だとは、いよいよ思えなくなった。


「キョーヤ、というのは?」


「……俺たち『屍の牙』の、リーダー……すごい人……」


「そうですか……」


「……人を傷つけるの、ダメだけど……今度のこれは、キョーヤが言うから……正しいのかなって……」


 それを聞いて、高月は答えに迷う。

 竹山はキョーヤとやらを信じすぎている。それはもはや崇拝に近い。

 だから高月の見解を、つまりは否定を、本人に伝えても良いのだろうか。

 しかし迷いは一瞬だった。


「……多分、正しくは、ないんじゃないでしょうか」


「……え」


「……いくら貴方が信用するリーダーが考えて、この戦いを仕掛けたのだとしても、無関係な誰かが傷ついてしまう戦いは正しくなんてない!」


 広義で言えば確かに全ての人間に関係があることだ。だけれど、今回の『屍の牙』の行動は、明らかに私情が見える。

 意思あるゾンビが人を襲うということは、悪意を持って人を襲うということなのだから、絶対的に悪だ。


「それは、ダメだ。いくら貴方の支持するリーダーが素晴らしい人間だったとしても、それはダメだ!」


「……でも」


「本当は、貴方だって気づいているんでしょう!?」


「…………」


 竹山のことをよく知っているわけではない。触れ合った時間など戦闘中のみだ。

 しかしそれでもわかる。

 彼がいつも迷っていたことは。


「貴方は自身の行動に疑問を抱いていた、違いますか!? 違わないはずだ。なぜなら……」


「…………」


 断言する。


「貴方の目を見たから。貴方が僕と戦う前にみせた、戦いたくないと訴えるような目を、僕は見たから!」


 理由はそれだけだ。

 しかし絶対の確信があった。


「貴方は、指摘しなければならなかった! 貴方のリーダーに、それは間違っているのだと、指摘しなければならなかった!」


「……それは」


 高月は言いながら、自分にこんなことを言う資格があるのだろうかと思う。

 だけど、高月はヒーローの背を追ってきた。

 サニーマン、風見晴人の背を追ってきた。

 彼だったらきっと、竹山が間違っていることを指摘しただろう。そしておそらく、救った。

 なら高月は、ヒーローの背を追う高月なら、どうする。


(糾弾する資格があるかどうかは問題じゃない。今、目の前に間違ってしまった人間がいるのだから……僕はきっと、この人を救わなければならない!)


 竹山との距離を、詰める。


「……くっ」


「行くぞ、竹山さん!」


 駆け出した高月を近づけないために、竹山は電撃を放つ。大木のように大きな、雷の塊。高月はそれを、回り込むようにかわす。

 そのせいで詰まっていた距離がまた開いてしまった。


「……喰らえ!」


 竹山は逆に、小さな電撃を放った。これは速い。高月の反応速度をもってしてもギリギリだった。

 だが高月は止まることはできない。

 今の高月は、進むことしか考えられない。


「うおおおおおおおおおおお!!」


 次々に放たれる電撃を斬り伏せ、竹山に向けて一直線に駆ける。

 右に持った無効化の剣をしきりに動かしたせいか、右手首が悲鳴を上げているが構わない。

 高月の全力をもって、その距離を詰める。


「……お、れは……ッ!」


「貴方自身は、そして貴方の考えは間違ってない! 間違っていたのは、その考えを他人に伝えなかったことだ!」


 敵は目前。

 剣が届くか届かないかほどの距離まで来た。

 しかし逆に言えばそれは、相手の攻撃も届くということ。


「……お、おおッ!」


 竹山はきちんと狙いを定めずとも当たると踏んだのか、出力だけを大幅に上げた電撃を放つ。大雑把に放たれたそれは、しかし圧倒的な殺傷能力を有していた。


(あと一度くらい、使えるか……!)


 これはさすがに高月の剣では防げない。迷った高月は、腰の辺りのボタンに触れた。

 非常時防御機能。

 亀の攻撃で舞った時でさえ高月の身体へのダメージを消した機能。そう何度も使えるものではないが、一度くらいは機能してくれるはず。

 その賭けには、勝った。

 高月はついに、竹山の電撃を防ぎきった。


「おおおおおおおおおおおおおお!!」


 剣を振りかぶる。


「……く、そぉ!!」


 竹山は最後の切り札である風を、この至近距離で発動した。

 焦っているのか、単純に竹山の側から高月の方へ流れる風。

 しかしそれは今までのどの攻撃よりも、重い気がした。


(だけどッ!)


 退けない。

 止まれない。

 まだ、進める!

 高月は右の剣ではなく左の剣を振る。

 空気を足場にする剣。

 これで自分の前方の空気を足場に、つまりは壁にしてしまえば。

 風は、防げる。


「せやぁぁぁああああ!」


 ドン、と衝撃があった。

 風と壁がぶつかった衝撃だ。

 高月は、竹山を超えた。



「届けええええええええええええええ!!」



 剣を振るう。

 目の前の人間を、救うために。

 そして。

 振るわれた剣は、竹山の顔の横で止まっていた。剣風が竹山の髪を揺らし、切れた髪が数本、はらりと落ちる。

 高月は、勝利した。





「すみません、僕には……貴方を殺せない」


「……うん、いいよ……助けてくれて、ありがとう……」


 座り込んだ竹山と高月は、互いに背を預けて休息していた。


「……俺も、もう誰も傷つけたくないから……キョーヤを追うよ……」


「わかりました。僕は、貴方に出会わなかったことにしておきます」


「……ははは、気をつけて………」


「はい」


 笑いながら言葉を交わし合うと、竹山は不意に立った。


「……それじゃ、俺……キョーヤを探さないと……」


「そうですか。では僕も、仲間を探します」


「……わかった」


 高月も立ち上がると、互いに背を向けて歩き出した。

 再び、出会うことがあったとしても、もう戦うことはないだろう。竹山はおそらく、これからも正しくあり続ける。

 そして高月も、そうありたいと思う。

 だからきっと、次に出会った時は味方として共闘できるはずだ。

 そう信じて進んだ。別れの言葉は、交わさずに。





※※※





 しばらく進むと、生存者の死体に紛れてちらほらと仲間たちの死体が見えてきた。その死体を一人一人確認していると、三人目の人の無線が反応した。


「おい、生きてるか!」


「四条さんですか?」


 勝手に無線機を手に取り、通話する。


「そうだが、お前は?」


「新入りの高月です。無線機が落ちていたので……」


「……そうか」


 敢えて無線機の所持者が死亡していることは伝えなかったが、伝わってしまったらしい。意外と勘のいい上司だ。


「今、お前のいる位置から北西の方に少し行った辺りで複数の強いゾンビ反応があった。生き残りたちを集めて向かわせるが、先に偵察を頼めるか」


 ここから北西というと、来た道を戻ることになる。


「了解です」


 返事して無線を切ると、立ち上がった。

 複数の、ということだから竹山ではないだろう。では、本格的に『屍の牙』が動き出したということか。

 戦闘直後のせいでだるさが残る身体を動かし、四条の指示した場所へ向かった。

更新遅れました、すみません。

ですが次回で長かった高月側の話も終わります。終わるというか、焦点がまた風見晴人に戻るだけですが。

もしかしたら次回から風見晴人の話に入るかもしれません。

お楽しみに!

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