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終業式の日に世界が終了したんだが  作者: 青海 原
第三章『東京防衛戦』
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60 暗い会議室と天才児

 高月快斗と永井雅樹がテストを受けている間、御影奈央と秋瀬詩穂は別の部屋に案内されていた。案内人は、御影たちを案内するとすぐに部屋を出て行った。

 部屋の大きさは自分たちが寝かせられていた部屋と同じくらいで、ベッドの代わりに机が沢山ある。ホワイトボードもあり、まるで塾や予備校のようだった。

 二人はとりあえずホワイトボードに近い席についた。


「ここでなにをするんですかね……」


「わからないけど、仲間にさせてくれって言ったんだから大丈夫でしょ、多分……」


 秋瀬の声にも自信がない。それはそうだ。永井が部屋を出て近くの人間に声をかけたかと思ったらすぐにこの部屋へ案内されたのだから。

 その上、流れるままにジェットまで取られてしまった。


「うぅ……」


「大丈夫よ、壁から離れるわけじゃないでしょ?」


「それは、そうですけど……」


 ジェットを連れていく人間にジェットを殺すのかと聞いた際、殺さないと答えた。だからおそらく、会おうと思えば会えるはずだ。

 そう心の中で納得するしか、安心する方法がなかった。


「さて、貴女たちには医療技術を学んでもらうわ」


 無理やりに安心しようとしていたからか、その唐突な声に気づかなかった。

 声の方へ目を向けると、ドアの前に若い、二十代くらいの女性がいた。つり目は自分にも他人にも厳しい性格を表しているようで、秋瀬に似た雰囲気がある。筋肉がついているようには感じられず、ゾンビ騒動以前は普通のOLでもやっていたかのような見かけだった。


「医療技術、ですか?」


「ええ、と言っても、応急処置的なものだけれどね」


 女性はドアの前からこちらへ歩いてくると、二人の机にそれぞれノートとペンを置いた。


「これから私が言うことを全部メモして」


(……ん?)


 御影は笑顔で固まった。

 今、なんて?


「時間がないから、さっそく軽い怪我の応急処置に入っていくわ。まず……」


「いやいやいやいや」


 ホワイトボードあるのに書いてくれないんかい。

 そんなツッコミは、さすがに控える。わざわざ時間をとって講義してくれるのだ。

 だとしても、最初に自己紹介くらいあってもいいだろう。

 すると、女性も御影の顔を見て何かを察したのか、「ああ」と呟くと。


「やっぱり、忘れないように最初は緊急時のことを叩き込んだ方が良かったかしら?」


 この人何も察してない。


「自己紹介です! 自己紹介しましょう!」


 御影が手をバタバタと振り、話を進めようとする女性に抗議する。

 すると女性は御影の言葉を予測していなかったとばかりに四方へ視線を走らせる。


「な、なによ……自己紹介? じ、時間がないって言ってるでしょう?」


「それにしてもまず名乗り合うのは礼儀というものでは?」


 なぜか唐突に慌てだした女性を見て、秋瀬はすかさず攻撃。反撃も予測してなかったらしく女性の頬を冷や汗が伝う。

 やがてつり目を伏せ、小さな声で呟く。


「う、う……こんなの聞いてない……」


 なにこの人可愛い。

 厳しそうに見えて意外と押しに弱いっぽい。

 とりあえず、御影と秋瀬は落ち込んだ女性をなだめる。


「私は三原絵理。医療部隊の隊長よ」


 案外早く立ち直った女性――三原は、先ほどまで晒していた醜態を忘れたかのように凛として振る舞っていた。


「御影奈央です」


「秋瀬詩穂です」


 互いに自己紹介を交わし親交を深めようとするが、元に戻ってしまった三原の調子は変わらず固く、上手くはいかなかった。

 応急処置だけ習い、三原が上司に呼び出され、自動的に解散となったため、御影たちは部屋に戻ることにした。





※※※





「『新政府』に加入したいという生存者たちはどう?」


 真っ暗な会議室じみた部屋に、子どもの声が響く。無音の部屋だったためか、その声はよく通った。


「戦闘部隊に所属させる面々は第二部隊隊長と第三部隊隊長に一任しております。彼らからは問題ないとの報告を受けました」


 子どもの声に最初に答えたのは、第一部隊『キラー』の隊長、二村純也。


「医療部隊に所属する二人も飲み込みが早く、問題はありません」


 次に答えたのは医療部隊隊長、三原絵理。


「そっか、よかったぁ」


 子どもは、安心したように息を吐いた。


「彼らは大事な人間だから、気をつけないとね」


 そしてぴょんっとイスを下りると、リモコンを手に取った。ボタンを押すと、壁の一面にプロジェクターの光が当たり、画像が映る。


「特に、彼女は」



 ――御影奈央。



 その場の一同は頷く。

 彼女こそが、計画の要。

 そして、その場にいた狩野は眉間に皺を寄せた。


(この子、どこまで知っているんだ……?)


 この『新政府』を立ち上げ、エニグマ研究と同時にパワードスーツなどの兵器も作り出した天才児であることは知っている。

 そんなことは不可能だと思いながらも、この子の姿を見ていると、なぜだか何でも可能にできるような気がした。

 だが、この子は知りすぎている。

 おそらく、御影奈央がただの『使徒』でないことも見抜いているだろう。


(こんな人間を出しぬかなければならないのか、私は……)


 狩野にも目的がある。

 そのためには、彼を出しぬかなければならない。

 そう思うとため息が出た。


「さて」


 そんな狩野の思いを知ってか知らずか、子どもは笑顔で話を変えた。


「『屍の牙』がそろそろ来るね」


「アジトと思われる場所のピックアップは完了しております、奇襲という選択肢もありますが」


「ありがとう二村くん。でも、遠慮しておくよ。もしも普通の人間がいたら、間違って殺しちゃうかもしれないからね」


「そうですね、了解です」


 早とちりする二村を止めつつ、子どもはリモコンを操作した。

 画像が切り替わり、周辺地図が表示される。


「近々、彼らは攻めてくるだろう。ぼくらはそれを迎え撃つ」


 画像に『屍の牙』が使うと思われるルートのパターンがいくつか表示される。


「彼らは多分、今までにない強敵だと思うから作戦をちゃんと練らないと負けちゃうかな」


 言いながら、子どもはまたリモコンを操作した。機械に触れたいのか、先ほどからリモコンをずっと持っている。こういうところは子どもらしい。


「強敵は三人。金髪の男と狭間っていうお兄さん、それからすごく強いお姉さんだね」


 画面に挙げられた三人の画像が映る。どれも戦場で撮られたものだからか画質が悪い。が、一目でどんな姿なのかはわかった。


「一番右の女が、この前第一部隊が交戦したとかいうやつか」


 そこで四条淘汰という男が口を挟む。彼は主に第二部隊の人間を育てる、戦闘コーチ的な人間だ。

 彼自身は第二部隊の隊員でもあるのだが、第二部隊隊長の春馬よりも立場としては偉い位置にいる。


「なんでも、逃げられたとか。最強部隊がそんなんで大丈夫なのかぁ?」


 四条は言いながら二村へ向ける。


「問題ありません。もとよりあの時は討伐が目的ではありませんでしたから。そんなことを考える暇があるなら第二部隊の新しい隊員の育成方法でも考えた方がいいのでは?」


「けっ、倒せる時に倒さなくてどうすんだっての」


「倒す必要がなかった、それだけです」


「意味分かんねぇなぁ。倒す必要がない時なんてねぇだろ」


 四条と二村が睨み合う。二人の視線は真っ暗なこの場所に光を灯しているようだった。

 パン、と子どもが拍手をすると、二人は睨み合いを止めた。


「そこまで。全く、すぐ喧嘩するね二人は」


 呆れるように言いながら、画面に目を向けた。


「さて、どう出るんだい? ……『屍の牙』」


 子どもの視線は、金髪に注がれていた。

少し遅くなりましたすみません。

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